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3月, 2026の投稿を表示しています

多摩川の空

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え?国蝶のオオムラサキ、世田谷に今出現? いいえ、昨日は代休が取れた義父の娘のリクエストで多摩動物公園へ。そこの昆虫生態園での一枚。今まで3度多摩動物公園へ来たけれども、なにしろこの蝶の大温室が一番好きなのだ。初回は娘と共に来たもう30年も前のこと。温室内をヒラヒラと飛び回る約2,000頭の蝶たちの美しさ、のどかさ、愛らしさに目も心も奪われたっけ。2回目は義父の娘と来たわけだが、それも13年くらい前で、今回初めて老人割引を受けた。なんだかうれしくないような、うれしいような。 行きは私が好きな旧甲州街道をメインにして行った。帰りはそれこそ30年ほど前に何度も通った日野のスタジオからの帰り道である川崎街道をメインにした。ただしそのルートは30年ぶりではなく、14年ぶりであった。2012年、Mooさんの仲介で大町市の高校生たちを急遽お教えするようになったときに、中央高速に乗る前、調布から乗らずわざわざ八王子インターから信州へと向かったのだった。もちろんそのときは16年ほど前のことが懐かしかったからだ。 その30年ほど前の日野でのレコーディング・セッションからがっちゃんがG Stringに加入してくれたのだった。 * しかしね、田舎出身の者たちにとって東京・多摩地区は本当に馴染めるところでね。まさに「多摩なんて田舎モンばっかりじゃん」などと言うヤツがいるけれど、上等だ。その通りだと言ってやるよ。23区の狭い空の下、ゴチャゴチャ暮らしているのが都会人だって言うなら全くそれで結構だよ。 私が狛江に引っ越したのも、直前まで環七近くの高円寺南という「ほんたうの空」がないところに暮らしていて病みそうになったからなんだ。その頃よく遊んだ向ヶ丘遊園近くに家を持つ「後輩」のクルマに乗って、狛江市をよく通過した。そのとき、東京にも空があると知ったと言っていい。 田舎っていうのはね、つまり、広い空が望めるところ、ということなんだよ。 帯広の在郷から上京したがっちゃんが最初まず多摩地区住人となったのは幸運だったのではないか。そのスケールは十勝地方の空にはもちろん比べるべくもないけれど、もし23区に最初から暮らしていたら、きっと閉所恐怖症的な症状が出ていたのではないかと思うよ。 彼は最近まで数年城東地区、もっと言えば濹東で暮らしていた。そしてやはり多摩地区へ帰ってきた。 私が住む世田谷区は23区で...

2026 弥生二十九日日記

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昨日成城4丁目と喜多見9丁目に挟まれた野川へ桜を見に自転車で行き、次に狛江へ。 狛江在住時、元和泉1丁目の泉龍禅寺隣の弁財天池緑地で出会った、ミズキの木の若葉の美しさ。久しぶりに会いに行った。 それから同・2丁目五本松付近の桜並木へと足を伸ばした。 すると着信音。チラッと見るとがっちゃんから。自転車運転中ゆえ開けるのは後回しにしたが、帰って見てみると、 この添付画像と、<ここが18歳からの安らぎの場>という趣旨の本文があった。ここは調布市染地2丁目の多摩川・二ヶ領用水上河原堰だ。狛江五本松から1.5kmほど上流。この堰の上流側は波がほとんど立たず、夕焼け空を鏡のように映すすばらしい場所なのだ。この画像が昨日のもので、がっちゃんとニアミス(?)していたのかは敢えて返事では問わなかった。 「18歳から」というのは、がっちゃんが帯広近郊から上京して以来ということ。調布市布田の音楽学校へ入り、プロのギタリストになるべく勉強を開始した歳だ。そこでドラムを学ぶスティックと知り合ったのだ。 私は五本松から下流方向(東)へ移動した。つまりは世田谷・二子玉川や羽田方向ということになる。上の写真は、冬枯れの景を数ヶ月前撮ったのと同じ場所、アングルで撮影したもの。 そして数日前書いた狛江高校敷地西南端の「なんのことはない場所」を通って、砧へと帰って行った。 春風そよ吹く佳い昼下がりであった。 花見する我もあなたも また一年

ナフサ枯渇で医療崩壊が起こるぞ

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  昨夜砧公園へ行った。夜桜見物とかというつもりではなく、単に運動のため、歌を唄うためだったが、さすがに幻想的とも言える美しさにシャッターを切った。 * まず、私は菅野完氏のファンではないことを断っておく。彼のYouTubeにおけるウィークデイの生放送番組は10分と続けて見ていられない。間が嫌い、比喩が下品で嫌い、視聴者を「お前」呼ばわりで大嫌い・・・他にもいろいろ理由があるが、書くのはやめておく。ただし、彼の批評論評は鋭く、その批判精神に基づく行動力も抜群で、そこは頭が下がる。 * 中国大使館に現役の自衛官が刃物を持って侵入した事件は本当に深刻だ。高市首相も小泉防衛大臣もタイミングを逸してコメント、しかも「遺憾」だけ。謝罪しない。「遺憾」は欧米人に対してなら「ごめんなさい」の方の「We are sorry」の意味だと逃げることもできるけれど、相手は漢字を生み出した国だ。「遺憾」では謝罪というより「憾みを遺す」、つまり「残念だ」でしかない。 逆のことが起こったらどうだ?在中国日本大使館に中国軍軍人が刃物を持って侵入したら? 本当に我らが首相様も防衛大臣様も「程度・能力が低い(菅野氏のペットフレーズ)」。中国憎し、中国は脅威ということでこうしたこと(台湾有事は日本の有事発言も入れて)を繰り返して一体どんな国益につながると言うのか。 昨日新宿で、高市政権反対、「中国ごめん」デモがあったそうだ。Twitterで、そのデモ集団の中に入ってきた排外主義者たちに対し「レイシスト帰れ!」とシュプレヒコールが巻き起こった様子を撮ったビデオを見たが、なんとその声の主体がどう聞いても若い女性たちだった。頼もしい。 イランとの交渉をしない高市。日本のタンカーがホルムズ海峡をきっと渡れるのに渡らせないままにしているのはイランではなく交渉を持ち掛けない日本政府であるらしい。それゆえ、医療用機器や用品に欠かせぬナフサが入らないままになっていて、このままいけばまもなく人工透析を受けている人たちや、1型糖尿病の患者さんらを中心に絶望的な状況が訪れてしまう。また石油の備蓄分も必ず枯渇する。 中国人嫌いは結構だ。好きにしろ。しかし、持ちつ持たれつのグローバル経済(自民党も推進してきたろうが!)において、昨日も書いた、一国家国民や民族を無謀に大きな主語にして、己の偏見と狭い視野だけで日本の全国民...

なぜそう単純化できるのか

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昨日の仙川、向かって右側が成城1丁目、左側が砧7丁目。東宝砧撮影所の建物がいずれの側にも在る。1958年の狩野川台風でこの川が氾濫したとき、三船敏郎さんが所有するモーターボートを出し孤立してしまった住民を救出したというのは成城界隈では有名な逸話だそうだ。ちょうど『隠し砦の三悪人』のロケ中で、しかし台風のため休みになっていた折のことだそう。成城警察から感謝状を贈呈という話になったが、三船さんが固辞、マスコミにも話すなと言ったのだとか。 そんなこともあって、写真のように後に護岸工事が行われ、岸辺がなくなってしまっている。この仙川は世田谷区鎌田3丁目で野川に合流、その野川は同・玉川1丁目で多摩川に注ぐ。二子玉川駅のすぐそばである。なお水源地は多摩の小金井市貫井北町3丁目で、標高が68mほどという。世田谷区の平均標高は32~35m辺りというので、その落差で仙川は流れているのだ。 * 菅野完氏の「切り抜き」動画をチラッと見たら、彼が神戸にてタクシーに乗り、その運転手さんとの会話で、「弱者」というものの典型を見たというような話をしていて興味深かった。 運転手氏は中国と韓国に強く当たる高市さんを「ようやっている」と大いに支持していると言ったそう。なにしろこの2国を叩いてくれれば快哉、ということらしい。そして「むずかしいことはよう分からんけど」と言いつつ、あの高市訪米も成功だったと褒めたという。 菅野氏は、「そうですかね。トランプんとこへ習近平や中国の悪口、台湾のことを話しに行ったのに、イランの話ばかりさせられて帰ってきてますやん」と応じ、運転手氏は「なにしろ俺は(高市が)中国と韓国のことをガツンと言うてくれたらええねん」とおそらく気色ばんで言うと、菅野氏は「そうね、田舎の弱い人ってそういうこと言わはりますね。」 するとなんと、その運転手氏が「ウワアアアアア!」と奇声を発して固まってしまったそうなのだ。そして途中でそのタクシーを降りた、と。 自分の嫌いな者(たち)を叩いてくれる人を応援するという図式、これが今の日本でも、アメリカでも、イギリスでも、どこでも大いに見られるのではないか。その叩く者も応援する者も「弱者」だと菅野氏は言うのだろう。 私はいつも思う。中・韓の人々をなぜ一緒くたに語るのかと。どこの国の人間だろうが、善人も悪人もいるに決まっている。民族的に一様にいけ好かない人ば...

何のことはない場所だけれど

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1週間くらい前に撮った、登戸を望む狛江市元和泉の多摩川土手からの風景。もう何千回と歩いたり自転車に乗ったりして走ったその土手道。朝昼晩、深夜を問わずだ。そのたびこの川辺の空間に包み込んでもらった。 この写真を撮った日、私は特に好きだと思える場所があることに気づいた。そこは都立狛江高校の敷地の西南端、下の写真を撮った木立があるところだ。 この写真はもう13年以上昔に撮ったのだが、その時私を包み込んでくれた空間、空気感をよく憶えている。新年明けて、その夕暮れに散歩に出たときのことだ。 木に止まっているのはカワラヒワで、囀りもせず、本当に静かな夕暮れだった。 そのときが殊の外慕わしいものになったのは、生活が満ち足りていたからとか、そういうことではない。<この時空>に包まれるために過去の全てが推移してきたようだと瞬間に思える安らぎがあったからなのだ。 元日の夕暮れ 鳥も 黙しをり

ありうる最悪を想像し、その芽を摘もう

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  想像力だ。 上のような長閑で平和な光景が一瞬にして地獄絵図になる様を想像してみてくれ。そんなことしたくないさ、でもそんなことが起こっているんだ、起こってきたんだ、世界の至るところで。 みなさん、ただ、あなたたちの一人ひとりが、そういう道に進む可能性のある未来を選ばないと肝に銘じるだけでいいのです。 私は、たとえばイランの何の罪もない160人とも言われる生徒児童を殺しておきながら良心の呵責のかけらさえ示さないトランプやヘグセスを心の底から呪います。戦争にはつきものだくらいにしか思っていない。しかも、自分らから奇襲して仕掛けた戦争なのです。 そんな二人がいまだに合衆国大統領であり、戦争省長官なのです。 子ども大量殺人犯が、威張っている。 こんなことが今の世に起きるとは想像だにしていなかったですよ、私は。だから、みなさん、最悪の中の最悪の事態を想像して、芽があれば摘み取るしかないのです。 新たな5.15や2.26も段々絵空事ではなくなってきましたよ。

一年ぶり道産子の友人と会ふ

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昨日自分で「会心の句」とか言っておきながら、「春」と「椿」で季重なりではないかということに気づいた(嘲笑)。 伐られずに 空き地の隅の 藪椿 直してみたが、あ〜あ、良くなったと思えない。 大体、季重なりは絶対的タブーではない。 やはり、 伐られずに 空き地の春や 藪椿 でいいとしよう! * 昨日は北海道北見から我が友人「冨の介さ(ん)」が高校教員としての春休みを利用し上京、夕食を共にした。この上京はここ数年恒例化しており、前回は洒落て同じ「きたみ」でも世田谷区の喜多見の中華屋でお会いしたが、今回は日頃のご愛顧に感謝して(笑)用賀のちょっとだけ高級な日本料理屋で歓待した。「こんないい店でご馳走になって、年末の新巻鮭に今度はイクラもつけないといけない」と彼が言い、笑い合った。 彼と知り合ったのはもう40年近く前、下北沢の某塾でであった。彼と私は父親が進歩的な人という共通点があり、これについては帯広の在郷出身の「がっちゃん」も同じである。ここ数ヶ月で夕食を共にした友人二人がいずれも道産子で、開明的(!)家庭で育った人物というのは単なる偶然なのだろうか。 東京は思つたよりも寒いと言ふ 道産子の友 花は四分咲き

2026 弥生雑記

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  おととい、二子玉川の河原で出くわしたヤマトシジミ。前翅幅せいぜい1.6cmくらいの小さな小さなシジミチョウ科Zizeeria属の蝶々だ。英名がgrass blueとのこと。左斜め手前にもう1頭(学術的な数詞で失礼します!どうしても「匹」とは数えたくなくて)いるけれど、翅を閉じているので分かりにくい。土の上、2頭で何をしているのだろう。 * 伐られずに 空き地の春や 藪椿 数日前掲げた句だ。ふつう「拙句」と謙遜するが、これは会心の作だ。むろん専門家からは拙句だと言われるかもしれないが、「会心」とは自分の心に会うことだから、よく出会えたと自賛できるということで、「これでいいのだ」。 何かしらこれから経済活動が行われる都会の更地の片隅で、日本固有種の、しかも本来は山深いところに咲く藪椿、その花が、伐られぬままになった。 誰も褒めてくれないから意地になって再掲だ。 * Peter Barakan氏はイギリス人(とは云え、国際色豊かな出自)で、70年代からDJや作詞家、評論など、日本でさまざまな仕事をされてきた。私もEUROXでMick師を通じてお会いしたことがある。 去年9月末、Barakan氏と偶然駒沢公園ですれ違った。 https://kingreguythmnemo.blogspot.com/2025/09/blog-post_28.html そして今、彼はTwitterで高市訪米について、クXDonaldをもちろん込みで大いに批判している。「パヨク外人」と貶められるのをもちろん覚悟で。 @pbarakan 尊敬しています! * 昨日は娘とその長女、2月に3歳になったばかりのIと久しぶりに会ってきた。Iは私のことを「ひろしおじいちゃん」と呼んでくれて、懐いてくれている。某ファミレスで会ったのだが、隣に座った老婦人2人から再三Iの愛くるしさを褒めていただいた。そして親子三代「似ていらっしゃるわね」と。 爺バカ、極まる。

Enough is enough

起きてTwitter(今Xなのは重々承知)を開くと、読売の世論調査なるものがトレンド入りしていて、なんと69%が高市の訪米を評価するとかでゲンナリどころかもう世捨て人決定というくらい厭世気分が高まり、さらにクX・トランプが、 Now with the death of Iran, the greatest enemy America has is the Radical left, Highly incompetent, Democrat Party! (ヤツの文のまま) 「今やイランの死により、アメリカにとって最大の敵は、極めて無能な過激左派の民主党となった!」 とテメェのsocial mediaに書きなぐっていたとの記事を見た。正しく「Democratic」と綴れない、あるいは綴らなかったのはどうしてか知らないが、いずれにしろ無知か邪悪、あるいは両方のヤツの心根の反映だ。これは事実上第二次南北戦争開始宣言ではないか。民主党支持者は、熱心な者、そうでもない者も含めて米国人の半分はいる。 一体いつまでアメリカの良心派たちはこんな怪物を野放しにしているつもりか。

Sheath

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Son: Dad, rough day, huh? Dad: Oh, you mean the time I took care of that woman from Tokyo? Son: Yeah. You were being way too nice to her.            Looked like she was your girlfriend or something. Dad: Come on! You know exactly what kind of women I'm into. Son: And young girls, too. Don: Stop being nasty.  She's what you'd call an easy target.          If you're even a little nice to her, she'll shower you with gifts. Son: Yeah.  They're going to give us a huge sum of money, right?           I'm sure I'll get a share, Dad. Don:  All they know how to do is throw money our way.  Pathetic. Son: Haha.  Dad drops a 'pathetic' on the Japanese?   They're cooked, right? Don: You ain't gettin' shit from my estate, you hear me? などと、あの人でなし2人を揶揄する英語skitを書いてみたが、虚しい。 * もう季節が巡ってしまうので初春から仲春の花木、木蓮の写真を載せておこう。 4日前くらいに撮ったものだ 。奥の高いビルはNHK技研。 春分を迎えあと3ヶ月で夏至、それから3ヶ月で秋分、そしてそこから3ヶ月で冬至だ。あっという間だぞ。 Kく...

「ジャパン・イズ・バック」

ちょっと考えてほしい。 高市PMがトランプが仕掛けたイラン戦争を事実上支持したということで、ホルムズ海峡を日本への原油タンカーが現状でも通れていないのに、長期的にも今回旗幟鮮明にしたことで完全に絶望となりました。 今回のPM訪米を成功だと言っている方々、それでいいんですか?まさか、イランを完全にこの世から消し去れば大丈夫だとか思っている?そんな残虐なことを考えているの?まさかですよね。 備蓄しているのが枯渇するのは200日から210日後と言われています。どうするんですか?ロシア産は地政学的に無理ですよ。アラスカのはフルで入っても需要の1割だそうですよ。 石油が入ってこなければ運輸関連は軒並み廃業の危機、漁船も漁に出られず、プラスティック製品も生産停止・・・石油が原料として使われていないのは天然素材100パーセントの服と木製家具くらいで、あとはみな石油なしでは作りようがないのですよ。 何が「ジャパン・イズ・バック」だ。1945年にか?

I'm OK, Don, I'm a frog

ルッキズムと言われるだろうが、高市さんのfacial expressionsの全てが気持ち悪くて3秒と見ていられない。「元米国議会立法調査官」を名乗って確かテレ朝の国際ニュースもので彼女がコメンテイター(?)デビューをした頃から苦手な顔だった。自己顕示欲がありあり見えるのだ。 世界を今混乱に陥れている基本racist大統領にやはり媚を売り、なのにバカにされ(彼女の下手な英語を聞いていて、「優秀な通訳がいるじゃないか」と暗に通訳を使えと言われ、「奇襲にかけては日本よりよく知っている者がいるか」=Who knows better about surprise than Japan?などとすら面前で言われて)、あの得意の人を見下した目つきで肩をすくめることもせず、伸び切った鼻の下をさらに伸ばし、素っ頓狂な顔つきをするだけ。 そしてあのracistでpedophileで子供殺しで犯罪者の愚か者こそ「世界に平和をもたらす」などとおべっかを言っているのだ。およそ先進国と言われる国々のうち、こんな金魚の糞のようなリーダーはいない。「sycophant」という英語があるが、彼女を見ているとそう言いたくなる。私がもしあの記者会見場にいられるほどエライjournalistだったなら、その単語を叫んで、追い出されていたろう。 なにしろ、あの会見、右の人がよく使う「国辱」そのものじゃないのか。

藪椿

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  上用賀のおそらく藪椿。 街に棲みて 今を生きをり 藪椿 とは、私の処女作に近い句だ。旧ブログで詳しく書いたけれど、もうない。 ヤブツバキは、大昔のNHKの番組で日本原産、黒部峡谷で発見されたとかなんとかと聞いた。それが都会の庭に植えられるようになったのはいつ頃からだったのか。越中黒部ではないが、會津の山間の宿場町に生まれ育った私は自分を藪椿に喩えられるかと思った。東京に出てきて、東京の空気を自分の歌で振るわせる・・・。その夢は20歳代半ばには叶った。一時的であったにせよ。感謝しかない。 * この上用賀の椿が咲くところのすぐ近くに1995年にOMNICHRONISMをレコーディングしたスタジオが在った。大きくていいスタジオだった。今はもうない。 この写真の空き地がその場所だったかもしれないが、確証はない。 伐られずに 空き地の春や 藪椿

また媚びてきます。

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  靖国神社のは知らないが、砧公園の桜は開花した。ポツポツだから気象庁基準ではまだというところかな。でも世田谷通り大蔵団地脇のソメイヨシノはしっかり十数輪咲いていた。東京、開花宣言でいいだろうよ。 心ウキウキか?いいや、もちろん桜とまた出会えたことを喜ばぬはずはないのだけれど、あっという間に葉桜になって、初夏になって・・・と考えると切なくなるよ。 * これまで、たとえばトランプなんかを支持する人というのは不勉強だと書いてきた。さらに付け加えれば、そういう人たちは想像力もほとんど発達しなかったと言ってよかろう。 イスラエルの首都テルアビブに雨霰とイランのミサイルが降り注ぐビデオがTwitterに毎日のように上げられている。AIによるfakeではないものだ。イスラエル自慢の「アイアン・ドーム」は事実上抑止力になっていないのだ。むろんイランの首都のテヘランにもアメリカとイスラエル連合軍のミサイルが撃ち込まれている。 これを日本に擬えれば、東京のど真ん中にミサイルが次々撃ち込まれているということだ。さらに湾岸諸国に在る米軍基地などもやられているから、横須賀や横田、岩国や嘉手納などもミサイルやドローンで破壊されていることに比せられる。 想像してみてくれ。そんなことが起こっていいのか? 山添:イランを非難する一方で米国とイスラエルを非難せず、トランプ大統領に対して攻撃中止を求めていない理由は何ですか。 高市:トランプ大統領とはこれからお会いをいたします。以上です。 異常です、だ。シャレにもならん。 X: 今日米粉鯛焼きを賞賛するtweetを上げましたね? 高市:はい。何か問題でも? X: 米粉より「米紛争」のことについてじゃないんですか、今というタイミングでは。 高市:(キッとなって)これから米粉鯛焼き2つ目を食します。以上です。

どっちだってええやん

仮想国会質疑&答弁 X: お世継ぎは男系男子と決まっているということの根拠は? 旧姓高市(戸籍名山本早苗): 伝統だからです。 X: 伝統?じゃあ、推古、皇極(重祚して斉明)、持統、元明、元正、孝謙(重祚して称徳)、明正、後桜町と、いずれも男系女子8人の女性天皇がおられたことは伝統ではないと? 旧姓高市: 男系ですよね。女系じゃないから許されたのです。 X: 愛子さまも男系女子ですが? 旧姓高市: だって他に男系男子がいるじゃないですか、足りているんです。 X: 直系から離れても、そして国民の8割が愛子さまを天皇に望まれているのに? 旧姓高市: 伝統はやはり男系男子です。 X: 首相はでは伝統に従ってなぜ山本首相ではないんですか? 旧姓高市: だって私長年高市でやってきましたから。突然山本首相じゃ山本権兵衛(ごんべえ)と混同されたりしますし。 X: 明治大正の男の政治家じゃないですか!間違えようがない。ちなみに「権兵衛」は「ごんのひょうえ」という読みもありますよ。 旧姓高市: なんか意地悪やなあ。どっちだっていいじゃないですか。 X: 名前について「どっちだっていい」んなら、選択的夫婦別姓、いいじゃないですか。 旧姓高市: 話のすり替えでは? X: そうかなあ。 旧姓高市: <こんじょう>天皇に男子のお子様がおられない以上、とにかく次は皇嗣様、その次はそのご長男である・・・ X: ちょっとお待ちを、首相。今何とおっしゃいました? 旧姓高市: <こんじょう>陛下に男子・・・ X: それ、「きんじょう」と読むんですよ。そんなことも知らないであなた皇室のことを云々してきたんですか?あなた本当に保守政治家なんですか? 旧姓高市: ・・・「こんじょう」でも「きんじょう」でもどっちでもええやん!通じりゃええねん。も、めんどくさ。選択的夫婦別姓、ええやないか。通したる! X: 今上天皇の長子、男系女子の愛子さまが次代天皇に御即位されますよう、そのことにも旧姓高市首相のお力添えを賜りますように。質問終わります。

善友

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先週金曜砧公園のクヌギの木が、美しいまさに若芽色を見せてくれていた。 タイの高名なお坊様のお言葉だそう・・ 1去る者は追わない 2他人は自分を映す鏡 3幸せな人は友達が少ない  4苦手な人とは仲良くしない  5相手の気持ちを憶測で考えない  6人を変えようとせず自分を変える  7嫌なことは断る勇気を持つ いろいろと考えさせられるが、今回は3について。 これの対偶は「友達が多い人は幸せではない」となる。すごい言説だが、なにしろ3自体が真なのかどうか分からないので、その対偶だって怪しい。けれどではなぜタイ仏教の高僧はそんなことを言うのか。まず「友達」の定義の問題ではある。 お釈迦様はたとえ一人でも「善友」こそが大事で、数の問題ではないというようなことは言われているし、また質の悪い友人が数多くいるくらいなら自分独りの方がいいともおっしゃっているよう。 要は友人とは数(量)より質なのだと言いたいのだ。そして質の良い友人というのは得難いから、つまりタイの高僧はちょいとこのことを敷衍して3と言うのだろう。 ではブッダの言われる「善友」とはどんな行動をとる人か。 ・難しいものを与える(与えにくいものを与える) ・難しいことをする(しにくいことをしてくれる) ・耐えがたいことを耐える(苦しい言葉や状況を耐える) ・自分の秘密を明かす(信頼して秘密を打ち明けてくれる) ・相手の秘密を守る(絶対に漏らさない) ・苦難の時に見捨てない(困った時に離れない) ・相手の不幸を喜ばない・繁栄を喜ぶ(相手の成功を素直に喜び、失敗を悲しむ) いやあ、そりゃこんな友がいたら幸せだし、そんな友は得難いよなあ。また、私もだれかの「善友」にはなれそうもないか・・・。

そろそろ落椿毎日掃除という日々が来る

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今朝。昔植木等さんが住まわれていた邸宅のカナメモチの生垣。 ネタニヤフ死亡説が流れている。未確認だし、撹乱情報かもしれない段階であってもTwitterでは喜ぶ人多数。もちろんイスラエルに散々酷い目に遭わされた人々だ。 私は自分を絶対平和主義者とまでは言わない。そこまで神仏がかっていない。それでも、ある人が殺されて喜ぶということはできない。 たとえばクルマや自転車などひどい運転をする者に対し、咄嗟に「死んじまえ!」と独り叫んだり、心の中で呪ったりすることがある。その途端後悔する。そんなことの繰り返し。本当にそういう無謀運転者が事故に遭ったりしたら動転する。救護もしよう。しかし他人を巻き込んでいたなら、まずは被害者を救護するだろう。平等には扱えない。それでも加害者が瀕死なら順番は後でも救おうとするだろう。 * 風邪を引かれたという我が国の最高行政官殿は、「Derangedトランプ」と近々会うことになっているそう。戦いが終わっていなければ掃海のために自衛隊を出すことはないとすでに国会で答弁しているそうだが、ほとんど悪魔化している「boss」、「Yeah!」と叫んで顔面口だらけになるほどの笑みと共にツーショットを撮った宗主様とどんな会談を持つのか。 * さっき震度1か2くらいの地震があった。何だか嫌な予感がする。外れろ。

縁なき衆生は

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『銀河鉄道の夜』で、3次元世界にいるジョバンニの方が4次元世界にいる者たち、つまり死者となった者たちと違い、「どこでも行ける」という趣旨の記述がある。 「逆だらう」と私は舊假名遣ひでつぶやき、賢治さんはいわゆる幽霊を見たことがないのだな、と思った。 花巻市内を宮沢賢治記念館から望む 賢治さんが科学の人であったのはよく知られていること。そして同時に敬虔過ぎると言ってもいいくらいに法華経に帰依してもいた。日蓮宗は霊魂の存在を認めているようだが、賢治さんはどう思っていたのだろうか。 私にとっては、銀河鉄道に乗るカンパネルラたちこそが「どこでも行ける」霊魂であり、第4次元、すなわち時間軸(?)上も碍するものなく移動できる。 そうじゃなきゃ、私が17歳のときの経験が説明できないのだよ。 「そんなの気の迷い」、「え?担任教師も含めて6人で見た?集団催眠状態だな」、「たとえ見えたとしても、それは何らかの物理的現象であって」・・・。 そういう解釈をする人は、それでいい。

三月雑記

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  昨日、砧公園の木蓮。もうほとんど散ったけれど。 モクレン科の花木はおしなべて好きだなあ。モクレン、コブシ、タイサンボク、ホオノキ。 * 花鳥風月に入れ込む日々は戻っていません。本当に、「そんな場合じゃないだろ!」と自制してしまうのです。 国家権力を握ると戦争だ自衛だと称して大量殺人しても許されると思っている<人でなし>のせいです。神仏よ、自然よ、摂理よ、彼らに罰を与えたまえ。 * Mooさんが「近江牛が当たる」というCMかなんかのセリフについて、「あたる」が「もらえる」の意味になる富山弁の人、越中人として、おもしろい一文を昨日記しておられました。私が何より笑ったのは、その方言のことよりまず私が一昨日その近江牛ステーキ弁当を食していたというその奇遇です。義父の娘がどこかの百貨店での滋賀=近江の物産展か何かで買ってきてくれたのです。 そして牛肉に劣らず喜んだのが近江・湖南市の「山上(やまじょう)」製漬物!大好きなのです。 近江はおそらく私の先祖さんにそこ出身の人がいると確信している土地。昔旧ブログで書いたけれどおそらく蒲生氏郷ないし石田三成関連の人。 と言いつつ、今のNHK大河ドラマはひとつも見ていない。秀吉が苦手すぎるからです。

Adventureなき余生にて

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庭の乙女椿が満開となっています。 * https://www.youtube.com/watch?v=wInKrN1Igtw&list=LL&index=23 この「口コミ」は非常に興味深いのです。老後に友達はいらない、というもの。交友を遮断して、自分の趣味などにのみ残された時間を遣っていくという考え方ですね。交友はもう余生を過ごす身には煩わしい、鬱陶しい、面倒臭いと。中には交際費として支出する金がない、年金が少ないから、というのも。 まずね、出不精になるんですよ、私の場合はね。そういう老人、多くないですかね。メイジャーな飲み屋街まで出ていくのに乗る電車の中、そして着いてからの雑踏がひたすら疎ましい。人口密度なんて測るのもバカバカしいような田舎がいいなと思うリタイア組は多いでしょう。 若い頃ウキウキして歩いた渋谷や新宿、池袋なんてもう本当に船乗りにとってのバミューダ・トライアングルくらい忌避する場所です。 Mooさんのお宅へお邪魔した旅の道中、Kと幸夫ちゃんにはどうしてそれほど繁華街を嫌うのかを有体に話しましたっけ。 若い頃、私にはthe center of Tokyoに属せるはずだという自信があったのです。會津の片田舎生まれの若者ではありましたが、Mick師匠にデモテープを認めていただいて、青山で出会い、まもなくEUROXの一員として六本木や銀座で録音をするようになり、G Stringとしての第2のデビューでは、事務所は赤坂ですしね。録音は六本木、上用賀、そしてミックスはロンドンのAir Studiosですよ。そういう場所が自分の<仕事場>なら、「I belong here!」と自分も大都会の一人だと思ってしまう。とすればそこを行き来するファッショナブルなTokyoitesと自分は同等なのだなどと自惚れてしまう。そしてそこにはadventureがいっぱいだと興奮する日々でしたよ。 今は昔。 砧公園も多摩川も平日の閑散ぶりが好ましく、さらには夜中出かけて行って、人っこ一人いない闇の中歌を歌う。Mick師を囲む会はこの頃は1年に一遍、登戸や和泉多摩川という半田舎(失礼)で集まるのです。このあいだガッチャンと飲んだのも地元砧の焼き鳥屋。Kとは八幡山や彼の地元新井薬師辺りの店です。 もうadventureもない、そしてそれを望みもしない歳となって、不特定大...

事故というより未必の故意

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上は世間を最近騒がせた砧公園のソメイヨシノとヒマラヤスギ。とは云えこの2本が倒壊したのではない。しかしこの写真を撮った直後に立て続けにこの2本の同類が近くで倒れた。 Accidents will happen.  高校一年生の時、willを未来の助動詞ととって「事故は起こるだろう」と訳すしかなく、なぜ「事故は起こるものだ」という格言の訳になるのかさっぱり分からなかった。もちろん今は分かる。 3.11である。大地震、大津波はまさにwill happenの例だったが、原発のメルトダウンは起こってはならない事故だった。為政者や技術者たちが、そして原発からの電力を利用した東電管轄内の利用者たち(私も含む)が、事故は必ず起こるものという真理を軽視した結果としか言いようがない。 軽視が悪質度を増し、未必の故意までいく場合もある。Mooさんが書かれていた、富山市の、氏の馴染みの交差点で起きた自動車事故は、ほとんど事故というより未必の故意による殺人と言ってもいい。同じような準殺人は、数年前世田谷区用賀の246号交差点で起きている。信号を無視し猛スピードで交差点に進入したクルマに吹き飛ばされ、タクシー運転手の方が<殺された>。 福島第一原発の「事故」も主に為政者と東電の未必の故意の結果だったと言って差し障りがあるか。2006年、共産党の吉井秀勝議員が「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を提出。 この中で、地震や津波による外部電源喪失、非常用電源の故障、冷却機能の停止が炉心溶融を引き起こす可能性を具体的に警告していたのだ。 ところが当時安倍第一次内閣は、総理大臣名義で「日本の原子炉施設は外部電源に加え、非常用所内電源を備えており、冷却が可能」「(スウェーデンで起きた非常用電源の故障など)同様の事態が発生するとは考えられない」など、安全性を強調し、具体的な追加対策を講じなかった。 誰か責任とったっけ? 去年九月、常磐道を仙台まで北上した際、線量計が道路脇に設置されている福島第一原発立地自治体及び隣接自治体数市町村を通ったが、大熊町とかでは放射線量が今でも周辺自治体のより1桁や2桁違っていたのに驚き、恐怖したものだ。 * さて、今日忘れもしない14:46、黙祷を捧げよう。

もうだめかもしれないね

不勉強な者および知らないことを知らないと言えず謙虚になれない者の社会における発言権が拡大したと思えるのは私だけだろうか。 ちょうど身体能力では到底普通の人間が敵わぬ者がいるように、思考能力でもそういう優れた者がいる。それはもう、如何ともし難い。例えば、100メートル走17秒台の者はどんなに努力しようが9秒台のスプリンターに追いつきようがない。脚が遅い者がでは陸上短距離界のことについて云々しようとするだろうか。また云々したところで誰がその論の説得力を感じようか。同じように、思考力並外れた人間に、脚が速いだけが自慢の者が複雑な問題の解決法を語り合うことができるはずもない。 民主主義の恐ろしさはそこにあるだろう。今のところ最も合理的で理性的な政治システムだとは思うけれど、「民」が暗愚であったら、暗愚主義になってしまう。ナチも表面上はワイマール憲法下の選挙を通じて政権を獲ったと言える。(ただしその得票率は37.3%だったし、その選挙もすでに共産党への弾圧など、恐怖政治下のことだったから公正とは言い難かった。また議会がヒトラーを首相に選んだのではなく、ヒンデンブルグ大統領から任命された。) そのヒトラーが思考能力に長けた、知らないものは知らないと謙虚な指導者であったはずがない。彼の狂信でなんと軍民合わせてドイツは700万ほどの国民を失った。さらに他国の軍民合わせて1,500万〜2,500万人の範囲で殺戮したのだ。 もう二度とこんなことは起こり得ないと思えるほど、人類は暗愚がもたらす恐怖、悲惨を体験したはずだった。 ところが、どうだ。人類は「進化」したか? Trumpの発言を、ほぼリアルタイムでTwitterで確認している。ほとんどどころか間違いなく狂気ないし暗愚からのものだ。こんな大統領を世界で最も先進的だったはずの超大国が抱えている今、なのだ。

全員よく頑張った

短信。(誰に?) 高3生、今日の発表で全員が第一志望に合格ということになった。 すべて人に自慢できる(彼ら彼女らはしないけど)大学だ。私も久しぶりに過酷な授業運営となったが、報われた。

イッちまったなあ、MNEMO (グハハ)

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2日前、世田谷区大蔵の「やっちゃば広場」で満開を迎えていた河津桜。 * 私が有神論者であるのはもう何度も表明している。とは云え、まさか白髭のおじいさんを神と思っているはずもない。究極仏(我々のこの宇宙ではつまり釈迦牟尼)さまも神である。こうなると汎神論だが、そうではない。スピノザの「神即自然」やペレニアル哲学、インド哲学の梵我一如、そして本邦なら本地垂迹説の考え方に与する。 ちなみにアインシュタインもスピノザの考えを支持している。 イスラエルの神とイランの神の戦いと称して殺し合う今だ。スピノザもアインシュタインもユダヤ人だぞ。まずは仕掛けた方のネタニヤフよ、同胞の偉大な先輩を見習え。 * Mooさんが氏のこれまでの主に公的な歩みについて書き連ねておられる。八十路に入られたからそれを契機に来し方を振り返っておられるわけだろうが、一つの区切りをつけておられるとも言える。 私もやたら過去のことを思い出す。理由は主に「暇になったから」だ。振り返ると、何か達成したかという視点を持ちがちだ。しかしそういう視点だけで回顧反省するのは素朴すぎるのではないか。何かを達成したと思えるから人生有意義で、何かについては中途半端にしたとか失敗したとかと認識して人生無駄にしたとするのは愚かではないかと思い直すのだ。 自分の善い行いが後世につながれていくのはもちろんうれしいことだ。しかし「うれしい」と感じる主体はすでに他界しているのだ。そんなことを感じる主体でなくなっていても、いいではないか、つながっている、自分の為した善なることの影響が続いているという事実があるだけでいいのだと思える人は強者だ。 私はこの世を去った後も「うれしい」と感じる主体であり続けると思っている。同様によろしくないことをした自分の罪も引き受けたままになるとも思っている。仏教は「無我」と言うし、お釈迦様に逆らえるはずもないが、しかし、私は意識は常住だと思えてならないのだ。仏性は不滅なのだ。あるいは量子意識理論(ペンローズなどによる)。そして私自身の根拠としては、18歳になる直前だったか当日だったかにした心霊体験が大きい。 人間は、自分がしたことが後の世でどうそこに生きる人々、動物、植物に影響しているのかを確認しなければならない存在なのではないかとすら思う。それでうれしかったり、罪悪感に苛まれたりをいわばずっと繰り返す。そして...

人間サンクチュアリ

 砧公園で桜の木が倒れて七十代女性がケガをしたという。お気の毒なことだ。軽傷とのことらしい。お見舞い申し上げる。 そこはサイクリングロードの北西端で、私も頻繁に通る。サイクリングロードとは云え、joggersやwalkersも通り、数としてはそちらの方が自転車乗りより多い。 枝が落ちることはしょっちゅうだから、私も常日頃は気をつけている。今回は倒木だから深刻だ。管理事務所(都)も毎日木の状況を確認しているのだろうけれど、万全ということはあり得ない。 同じ目に遭いたくないなら、木立の下や傍に近づかなければ良いのだけれど、危ないからと公園から樹木を取り去ったら一体何に憩いを見つけると言うのか。快を得られるところには必ず相応のリスクがあるというのは真だ。風光明媚なところは、火山地帯だったり、洪水危険地帯だったり、熊が出たり。美しい海岸や臨海の保養地には津波や高潮のリスクがあり、さらには鮫に食われる不幸もあり得たりするところもある。 私はもちろん今回のことで砧公園を避けたりはしない。都立公園の中でも出色の類であり、23区内の都立公園ではおそらく一、二を争う緑豊かな人間サンクチュアリだ。

伊藤二冠A級昇級

  何にも浮かれられない日々だけれど、昨夜は伊藤匠二冠のB級1組最終戦を観ずにはいられなかった。9割方負けだったのだが、最終盤大逆転で勝利、10勝2敗でA級昇級となった。 相手は2番目に好きな澤田真吾七段だったので複雑な想いはあったけれども、なんとその最終盤、伊藤二冠は負けても同時に対局開始していた他のB1組のライバル二人がすでに負けており、昇級が確定していた。それを知ることなく(おそらく)、ギリギリ大逆転で勝って文句なしの頂点カテゴリーへの到達を果たしたのだ。 世田谷区弦巻の大天才、おめでとう! * 一方同い歳の愛知県瀬戸市の大天才藤井六冠は、不調を託つ。有力棋士たちの総研究、総攻撃がいよいよ六冠を苦しめ出した。先陣は伊藤二冠、まず叡王城と王座城を落とした。彼により藤井難攻不落説が完全に揺らぎ、永瀬、増田がそれぞれ王将城、棋王城陥落を目指し続いているのだ。将棋界は群雄割拠の様相を帯び始めている。 * 群雄割拠、戦国時代で、将棋界はなんと低迷するという予測がある。「パックス・藤井ア=Pax Fujiia」の天下泰平、彼の人気継続こそ将棋界の繁栄なのだ、と。一理あるけれど、ではPax Fujiiaが続くマンネリが本当に安定した将棋界活況をもたらすのか。 囲碁界は今本当に手酷いことになっている。棋戦が2つ3つと消滅しているのだ。長兄が世話になった会津中央病院が主催していた女流棋戦の立葵杯もそのひとつ。賞金700万円だったか。日本棋院はこのまま行けば立ち行かなくなり、今や市谷の本部を売り出す羽目に陥っている。一力遼さんの国際的な活躍も焼け石に水のようだ。女性棋士も世間の下世話な耳目を集められていない。 娯楽多様化の時代、将棋と囲碁がいつまで、どこまで、一定の数のファンを集められるのか、考察が必要だ。

No a la guerra

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スペインの社会労働党党首で首相のペドロ・サンチェス氏の、トランプ政権によるイラン先制攻撃への批判、国際法、国連憲章遵守の姿勢、呼びかけ、またNATO加盟国であっても米軍に基地使用をさせないという毅然たる態度に心から敬服している。 「Pedro=ペドロ」は英語流ならPeterだ。ラテン語petrus、ギリシャ語petros、いずれも「石、岩」を意味する語から由来する。「岩男」くんや「巌」さんなどに匹敵する。 一方非道な戦争を仕掛けた男はpedophileだ。同じ「ped」でもこちらはギリシャ語pais=子どもの属格paidosが変化したもの。「phile」は「愛する」であり、合成してどういう意味になるかはお分かりの通り。Pedophile Trumpとでも改名すればいい。 なお、Donaldはケルト語系統の名で、詳しくは書かないが、「世界の征服者」の意味という。ロシア語の「ウラディミール」と同じだ。 あ〜あ。

哺乳類でなし

今はAIによって作られたり、改変されたりの映像や画像が氾濫していて、中には全くリアルにしか見えないものもあり、そうした高精度なものの数もどんどん増加している。 動物モノのもそうなので、先ほどSNS上で見たものも眉に唾してリピートした。本物のようだった。 その動画はこうだ。中国かどこかの農家の前庭にある方形の溜池に、その農家のよちよち歩きの幼児が過って落ちる。すると近くで繋がれていない雄牛(角があったので。ただし、雌牛でも角は生える。人が雌牛のは矯めてしまうことが多いという)がすぐに察知し、猛烈な勢いで溜池へダイヴする。見事なことに、ちゃんと角が幼児に当たらぬようにし、しかも自分の左肩と溜池の端の間を狭め、幼児が浮くように。 驚いた。 孟子の「怵惕惻隠(じゅってきそくいん)の心」はよく知られている人間性善説の根拠だ。井戸に落ちそうな子を見て、咄嗟に助けようとしない者などいない、と。それはいよいよ本当だと思う。牛すらそうなのだから。いや、「すら」という助詞を使って牛を貶める気はさらさらない。正しい助詞は「も」である。 しかし、そういう心を持たぬ人間はいる。確実にいる。そういう人でなし、<哺乳類でなし>が核兵器を使える立場で何人かいる。今その者たちのことを毎日のように私たちは見聞きしている。

The Eye Booger Telling the Snot to Respect Him

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大谷さん、好きだよ。尊敬もしている。でも、国威発揚モノのゲームにシャカリキになる彼についてはそうでもない。「ナショナル」より「クラブ」での彼が好きなんだ。岡野治雄ちゃんがレッズを本気でサポートし、「侍なんとか」には全然熱狂しないのと同じだ。 で、今だ。ふだん世田谷周辺の四季の移り変わりを写真で撮って、ロクでもないことを毎日書いている爺の俺が言うことじゃないだろうが、3次大戦が懸念される今、 WBC三昧なんて全くありえない。もちろん野球のことばかりじゃない。人類の深刻な状況を 知らんぷりしてナントカ三昧に<国民的に>耽っていられるか?俺はいられないから、どうだ、この頃俺が書くことに花鳥諷詠の「か」の字もないじゃないか。え?そんなのなくたって一向に構わん?ああ、むろんそういうことさ。しかしなんで一部のアホによる人類史上稀な暴挙のために自分の日常を壊されなければならないというのさ。 小林秀雄はすぐれた批評家だ。講演の書き写しとかだと話があっちこっち行くけれど、保守派論客としての筋金は半端な強度じゃない。しかしね、彼が戦中翼賛的態度をとったことについて敗戦後に「俺は反省する気なんかない」と言い、その理由の一つに「祖国の戦争に協力するのは、国民として当然じゃないか。コスモポリタン的な中立的判断による戦争協力反対などということは、日本国民としてありえない話だ」と言ったことにはどうしても得心できない。つまり彼は「日本人」であって、コスモポリタンではない、だから<いくら愚かな戦争であれ>、日本政府が推進するなら協力して当然だと解釈されてしかたがないことを言ったのだ。 「日本人」だからこそ、無謀な戰で「國體」を壊してしまふやうなことには反對すべきであつたと余なら言ひ返してゐたであらう! * これについては笑うしかない。 ペドファイルのドンは、イランを自由にするんだとよ。

Merciless Killers, Don & Ben

トランプははっきり、境界性パーソナリティー障害あるいはナルシシズム性パーソナリティ障害を患っていると言ったら、精神科医でもないのにと非難されるだろうか。 そもそも、元大統領夫妻をゴリラとして描くAI動画を出して罵倒したり、自分に反対する国民たちに排泄物を空から投下して嘲笑うmovieを作って喜んでいる米国大統領などいて良いはずがない。どうかしているのだ、彼、そしてそれを止めない取り巻きたち。 今イランの猛烈な反撃でトランプは焦っているに違いない。さらなる暴発が憂慮される。アメリカ国民の中でもこのイランへの攻撃に賛成する者は相対的に少数らしい。では多数派はなんとかこれ以上の暴挙を食い止めねばならない。 去年6月、トランプはバンカーバスターでイランのウラン濃縮施設などを「完全に破壊した」と言ったではないか。それゆえ今回の先制攻撃(国際法違反)の理由はなかったはずで、己に関するEpstein Filesへの関心を逸らすことが本当の理由だったのではとすら思える。 情報が錯綜し、またfake newsのあまた発せられており、困惑するだけだけれども、児童生徒であれ、赤ちゃんであれ、トランプとネタニヤフの愚かな決断で失われなくてよかった命がすでにこの世を去っている・・・ その事実で言える、あいつらは人殺しだ!

Awful...The World Being Ruled by the Fools

政府がバカすぎて、もう呆れ果てて、そして究極には花鳥風月を愛でる生き方が否定されているわけであって、極楽蜻蛉の私はどうしていいか分からない。 KOIZUMI Jr.は今朝の会見でアメリカとイスラエルのイラン攻撃を政府として支持すると言った。憲法前文の精神は一体どこにあるのか?アメリカのやることなら、そのリーダーがたとえ「deranged(多くの米国民がヤツに使う形容詞)」でも追随するというのか。 情勢分析も何もない!ただ一点、武力による現状変更には反対するという大原則に従って非難するだけだろうに。そしてそうせずに支持する?! 俺はなんという情けない政府の下で暮らしているんだろう。 爺が四季の変化を愛でて暮らすお気楽ではあるが人畜無害な日々の大元、すなわち平和を、脅かすどころか現実に壊している者たちへの憎悪で私は苦しい。