多摩川の空
え?国蝶のオオムラサキ、世田谷に今出現?
いいえ、昨日は代休が取れた義父の娘のリクエストで多摩動物公園へ。そこの昆虫生態園での一枚。今まで3度多摩動物公園へ来たけれども、なにしろこの蝶の大温室が一番好きなのだ。初回は娘と共に来たもう30年も前のこと。温室内をヒラヒラと飛び回る約2,000頭の蝶たちの美しさ、のどかさ、愛らしさに目も心も奪われたっけ。2回目は義父の娘と来たわけだが、それも13年くらい前で、今回初めて老人割引を受けた。なんだかうれしくないような、うれしいような。
行きは私が好きな旧甲州街道をメインにして行った。帰りはそれこそ30年ほど前に何度も通った日野のスタジオからの帰り道である川崎街道をメインにした。ただしそのルートは30年ぶりではなく、14年ぶりであった。2012年、Mooさんの仲介で大町市の高校生たちを急遽お教えするようになったときに、中央高速に乗る前、調布から乗らずわざわざ八王子インターから信州へと向かったのだった。もちろんそのときは16年ほど前のことが懐かしかったからだ。
その30年ほど前の日野でのレコーディング・セッションからがっちゃんがG Stringに加入してくれたのだった。
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しかしね、田舎出身の者たちにとって東京・多摩地区は本当に馴染めるところでね。まさに「多摩なんて田舎モンばっかりじゃん」などと言うヤツがいるけれど、上等だ。その通りだと言ってやるよ。23区の狭い空の下、ゴチャゴチャ暮らしているのが都会人だって言うなら全くそれで結構だよ。
私が狛江に引っ越したのも、直前まで環七近くの高円寺南という「ほんたうの空」がないところに暮らしていて病みそうになったからなんだ。その頃よく遊んだ向ヶ丘遊園近くに家を持つ「後輩」のクルマに乗って、狛江市をよく通過した。そのとき、東京にも空があると知ったと言っていい。
田舎っていうのはね、つまり、広い空が望めるところ、ということなんだよ。
帯広の在郷から上京したがっちゃんが最初まず多摩地区住人となったのは幸運だったのではないか。そのスケールは十勝地方の空にはもちろん比べるべくもないけれど、もし23区に最初から暮らしていたら、きっと閉所恐怖症的な症状が出ていたのではないかと思うよ。
彼は最近まで数年城東地区、もっと言えば濹東で暮らしていた。そしてやはり多摩地区へ帰ってきた。
私が住む世田谷区は23区でもっとも緑多いと言ってよかろう。つまり他の22区とそう簡単に一緒にしてほしくはない区なのだ。多摩川の流域の地区があって、広い空もある。同じ世田谷でも池尻や三軒茶屋とかはもう渋谷エリアとも言ってよく、大都会だけれど、東は玉川田園調布から西は喜多見まで、多摩川の流域、あるいは多摩川がつくり出した国分寺崖線上の町は田舎者でもホッと息がつける場所なのだ。(ただし崖線上の街は凄まじくハイソだけれど。)
がっちゃん、多摩川の歌、一緒に奏で合いましょうね! (いつ?)


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