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It's only power that counts

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  ちょっと構図が変なのは分かっているんだけれど、下に余計な物があって、それを避けると、中央に置きたい雲から青空が覗く大好きな図柄がこんな位置になってしまいました。 * 昨日西山女流四冠についての記事で、彼女を既に正式な棋士・四段としてしまいました。四段としてフリークラスに所属するのは来春4月だそうです。事実誤認なので訂正しておきました。 そしてXでは彼女へのバッシングがひどい状況です。もちろん、彼女を棋士に推し上げる新制度(と言っていい)が事実上の女性優遇のものとなってしまっている側面が否定できないがゆえの正しい批判もあります。私も女流棋戦だけの成績で正式な棋士に推挙することは逆差別だと複数回ここで書いてきました。それでも、西山さんへの個人攻撃のような投稿は批判ではなく、中傷の類であり、許されないことです。 批判すべきは将棋連盟の執行部、および新制度を賛成多数で容認した総会出席者(全員棋士)の知謀のなさです。将棋ファン以外でも、全員とは言わずとも、大方が納得する棋士養成制度を守るないし創るべきでした。奨励会三段リーグのみをそれとするか、それプラス現行のようにいわゆる「編入試験」も含めるかで良かったとする意見は間違っていません。 女流棋士の最高タイトル白玲戦で5期その称号を獲得すれば「永世名人と並ぶ偉業」だなどと連盟が言うのは牽強付会もいいところだと<本当の>将棋ファンなら思うはずです。 藤井聡太という大天才の登場で何とか囲碁界とは人気面で差をつけてはいるものの、その藤井ブームが一段落しつつある今、日本棋院などのような憂き目(資金難で超一等地の市谷本部ビルを売却する計画あり)に遭わぬよう「どうにかして話題作りを継続しなければ、女性にももっと将棋を普及させねば」という焦りが悪手や緩手を招いてしまう危険は常にあったし今もあるのです。 何度も書きますが、西山さんが14勝4敗で三段リーグを抜けられていたならと悔しくてなりません。そんなすばらしい「棋士の卵」だったからこそ、「女性棋士第一号」は彼女であっても私は依存はないのです。編入試験も2勝3敗で、あと1勝でした。本当に口惜しい。 しかしだからこそ、女流タイトル5期獲得で棋士とするのは飛躍に過ぎる。しかも女流棋士との<兼務>可能というのだから、なんとも甘い話ではないでしょうか。女流タイトルの賞金は「男性棋戦」のそれと...

Why can you be so vain?

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先程、日没ちょっと前の大山を岡本3 丁目から撮った。 * Xを見ていたら、あの泉ピン子氏の悪口が話題になったことの関連からだろう、岡本3丁目に住まわれる「大物シンガー・ソングライター」MYさんの暴言集なるものが投稿されていて、読んで驚いた。昔から私、彼女のことは好きになれないできた。あの方はかの日本最長内閣総理大臣さまのシンパでもあられたし、H市出身なのにとにかくurbane and sophisticatedな音楽をモノされる方で、一流か超一流じゃなきゃ相手にしないわ的な、および体制の上層の人としか交わらないわよ的な雰囲気を私が<勝手に>彼女に感じていたものだ。その「暴言」の全てに裏付けがあるのかについてはもちろんXの投稿では心許ないけれど、ラジオなどで相当にお高くとまった発言はされていたようだ。 中でも短大や商業高校生や卒業生への差別的言辞(その学祭に呼ばれたくないとか、聴かれたくない、など)は、もし本当に吐かれていたなら「アーティスト」としての矩を超えた傲岸さと言わざるを得ない。(あくまでもし本当なら、だ。) 先程もそのMYさん邸の前を通った。まあ、アーティストの屋敷だから並ではない体裁にしたのだろうけれど、それを踏まえても私の趣味で言わせてもらえば乙な家とは到底言い難い。周辺の他のお屋敷はみんないい感じなのだがなあ。 この屋敷のことについては、ファンの方がいらしたら失礼。率直な感想なのでお許しを。 * Trump率いるアメリカの共和党が民主党に中間選挙で「惨敗」した。当たり前のことがやっと起こったとしか思わない。昔のQueen Elizabeth IIのと並び、世界の英語学習者の鑑となるような演説をひとつもできないままの現職アメリカ大統領を今も戴いている(!)かの国の知的水準の後退・衰えに心痛めてきたここ十数年(彼の第一次政権時も含め。途中バイデン政権があったが)だ。やっと大ブレーキがかかった。 * 追記だ。しんぶん赤旗主催の57期新人王戦三番勝負において、永井大三段(奨励会員・22歳)がなんと今やB級1組所属の若手の超強豪である藤本渚七段(21歳)を2勝1敗で今しがた破り、史上二人目の奨励会三段棋士(の卵)の優勝となった。 こんな三段が前期三段リーグで9勝9敗なのだ。どれだけ「正規ルート」で棋士になることが難しいことか、あらためて知らされる。そんな今日、女...

大好きな四人と同じ地域に暮らして

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  昨日の砧公園北西端のモミジバスズカケノキ(?)。 * 世田谷区長が大場啓二さんだった昭和末期から平成初期、区長の「新春対談」で森繁久彌さん(千歳船橋在住)、植木等さん(砧在住)、仲代達矢さん(岡本在住)、加藤剛さん(成城在住)のそれぞれが、それぞれの年に話をされているビデオをYouTubeで<発掘>した。私はこの四人の方がすべて好きで、うれしくお話を拝聴した。例えば、 https://www.youtube.com/watch?v=Vwh1QSlNY4g&list=LL&index=5 みなさん、区長さんも含め、もう他界されているけれど、例えば仲代さん・・・ご自宅近くの砧公園や静嘉堂文庫、岡本公園を歩くのが好きだと言われているが、私もそこらを歩いているときに親しみを感じると共に、<仲代さんを感じる>。 昨日は大蔵の国分寺崖線下の緑地を歩いたけれど、仙川のほとりの大蔵5丁目は『七人の侍』の、村人が用心棒とする浪人を品定めするシーンを撮ったところ。そこで浪人役の若き仲代さん(1953年当時19歳)は黒澤監督からダメ出しの連続を喰らい、たった2、3秒の歩くシーンだけを撮るのに半日かかったのだ。 (このことが屈辱で、1961年『用心棒』での卯之助役のオファーを断り続けたのだが、「こんないい役をなぜ断る」と訝る黒澤さんに直接口説かれた。仲代さん「監督は覚えてないかもしれないけど、『七人の侍』でエキストラをやりました。」黒澤監督「あの時のことははっきり覚えている。お前がちょっと面白そうだったからこそ、撮影に半日かけたんだ。」仲代さん「仕方ない、出ようか。」) この大蔵5丁目まで、仲代さんのご自宅(無名塾)からゆっくり歩いて25分くらいか。そこまで仲代さんが後年散歩されたかどうかは知らないけれど、15分もあれば到達する仙川まではきっと何度も歩かれたはずであり、そこでその甘酸っぱい思い出を咀嚼されたこともあったに違いない。その気分に、私もなったりするのだ、変な話だが。 大好きな四人が暮らし、愛した世田谷区砧地域に暮らしていることを本当にうれしく、光栄に思う。

平和な祝日

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  砧公園内のある花壇には、昨日シクラメンが植えられていた。シクラメンはいいよなぁ。冬到来って感じがするし、冬至とChristmas、そして年の瀬がいよいよだって思わせてくれる。 * さっきその砧公園や大蔵運動場へ自転車で向かっていたら、後ろから私に呼びかける声が。聞き取れず、「はい?何でしょう」と自転車を止めるとその声の主もブレーキをかけた。「野球場はどこでしょうか。」40歳代前半と思われるママチャリの女性だった。砧公園にも大蔵運動場にもそれぞれ野球場があるのでどっちだろうと私は一瞬迷ったが、この近くのとその方が言うので、了解して道順を案内した。 運動場東側入口の横断歩道のところまで追走して行って、「ここから入って、突き当たったら左側ですよ」と念押ししてあげた。 その後私は岡本の方へと向かい、途中松任谷正隆さんが自ら車庫で高級車を洗っているのを見て(笑)、運動公園へ南側入口から入って野球場そばを通ると、女性が私に手を振っているではないか!しかも両手で。「え?」女性にこんな風に手を振ってもらうなんていつぶりだろう! 先ほどのママチャリ女性だと気づくのに2秒はかからなかった。「見つかりました。」同じセリフを彼女は文尾を下げ口調で言い、私は上げて同時に言った。そして互いに爽やかな(!)笑顔で「では」と別れていった。 * Xでは戦争の悲惨な動画に多く触れる。アルゴリズムは私がこの手の動画をよく見るのをちゃんとご存じだ。これでもか、これでもかと言う感じで人が死んでゆく。ウクライナで、イエメンで。 こんな狂気が同時に起こっている中、大蔵運動場は野球少年やテニスを楽しむ人などでごった返している。寒くも暑くもない、絶好のスポーツ日和。 日本国憲法のおかげだぞって、どれくらいの人が意識しているものか。多数だと思いたい。

山茶花究さんていい役者だったよね

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  上用賀でおととい撮った日没後の東の空。こういう雲、つまり積雲のちぎれたのが本当に好きだ。そして翳った青空を背景にしているのもいいね。ね。ね? * 十一月に入ってしまった。また「Time flies like an arrow」的なことを書くのか?やめとく。 * 12.12だけれど、姉とその孫(19歳大学生、ドラマーとして成長中)、さらに次兄夫婦も来てくれることになった。うれしか。爺さんsinger、一層がんばっつぉ(がんばるぞ、の會津弁)。 * 変な夢ばっかり見て不愉快な朝を迎えることここ数日。「ああ、現実でなくてよかった」というようなやつ。なんだろう、何があったんだろうか、あっしの脳内。内容はしかしほとんど覚えていない。覚えておこうという気もない。夢日記でもつけていけばおもしろいことに気づくか。ま、でもいいや。面倒くさい。 * 山茶花が咲き出した。 これは東名高速用賀の入口脇の砧公園東端に咲くサザンカ。 好きだなあ。至るところに咲いているから凡庸な花と思われてしまうかもしれないが、本当に美しい花木だよ。 垣越しに山茶花散りし小溝かな 漱石の弟子で科学者の寺田寅彦の句。 山茶花に暫し見惚れる配達人 今おらが作った。1999年の師走、おらは貧して宅配のバイトを半月ほどやっただ。そん時さ、上用賀の馬事公苑南東の端にある交差点脇に山茶花が咲いていて、冬日を浴びて輝くその美しさに目を奪われたんだっちゃ。「貧すれば鈍す」にはならず、「ボロは着てても心は錦」というような自分を励ましただわ。うん、まず山茶花に励まされ、花に励まされる自分はまだ大丈夫と自らに檄を飛ばしたんだわ。

かういふのに美を見出すあっしは

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  砧公園中心から見て北北西へ300mくらいのところに谷戸川に架かる小さな吊り橋があり、昨日そこを渡っていて、その橋の板(床版)に落ちていた葉っぱや花びらの位置的はもちろん色彩的併置(juxtaposition)が見事だと思い、写真を撮ろうとしていたら、中学生だか高校生だか、制服姿の女の子が吊り橋の反対側からやってきてちょっとドギマギした。以下、架空の会話・・・ 「あ、あ、邪魔んなってごめんね。」 「・・・。」 「この花びらと落ち葉のjuxtapositionが見事だなって思って・・・。色と位置の対照の妙って言うかさ。」 「???」 「あなたも普通の道を使わず、わざわざ砧公園内の道を使って下校・・・かな・・・しているんだから、木立とか好きなんだよね。」 「・・・ただ最短距離だからなんですけど。」 「え?あ、そう。」 「カメラ下向けてて、キモいんですけど。」 「そ、そげなっ!ね、ね、見て、ほらこの今撮った写真。いいでしょ?」 「はあ?どこが? やっぱキモいんですけど。ふん!」 実際は気立てのやさしそうな子でしたよ。

漢意も大和心も

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  またちばてつやさんの話だけれど、旧満州で印刷会社に勤めておられた父親、そして母親兄弟と共に、1945年の敗戦時過酷な体験をされたという。暴徒化した現地中国人に襲われたが、同僚のやはり中国人・徐集川さんに匿われて難を逃れた。 惻隠の情とは孟子のことば、「惻」も「隠」も「痛む、憐れむ」の意を表す。特に「惻」は「こころ(りっしん扁)」に「そば、傍」だから、不幸な目に遭う人を間近で見て湧き起こる心、ということだろう、意味がとてもよく分かる漢字だ。(「隠」についてはよく分からなかったが、調べてみると「慇」の代用=仮借らしい。「慇懃(無礼)」のあの「慇」だ。「痛む、同情する」の意味だ)。徐さんの行為はまさに惻隠の情の為せることだった。 https://x.com/siegmund69/status/2115424132846514261/video/1 中学生の頃だったか、いわゆる「残留孤児」を養ってくださった中国東北部の現地の方々が示された寛大さに私は心打たれたものだった。 反漢意(からごころ)を宣長の崇拝者たちが執拗に抱いたけれど、極端はいつでも危険だ。もう一方の極端ばかりかそれからのグラデーションすら否定する愚か者が生まれてしまう。孔子・孟子の思想を一体誰が全面否定できようか。「惻隠の情」に中国人も日本人もない。「もののあはれ」が「大和心」なら、なおさらではないか。