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仲間たち

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  今朝、成城3丁目不動橋よりの西の空。自転車に乗っていても切る風が蒸し暑く、早々に帰宅ということになった。これは今夏初めて・・・と言いつつ、夏は暦上終わっているのだった。 * Kは何とか無事だった。軽度熱中症にかかって点滴2回の後、やつれ切って荻窪の現場、そして昨日はさらに出向くには難儀な武蔵野市だったかの現場へ。熱中症以外の新たな不調原因があるらしいことを仄めかすVlogを上げていた。 Vlogの更新こそが彼の生存証明。ほっとしてLINEを交換した。「さすけね」というようなことだった。「差し支えない」ということ、I'm all rightということだ。そう彼が言っている以上、少し長めに休めよと言うしかなかった。まもなくお盆でそうできるとのことだった。 * がっちゃん(ギタリスト嘉多山信君)からもLINEが。北海道の話だった。昔の仕事仲間で今は定年後嘱託で教員を続けている「冨の介さ」からも先日「北見は最高気温17度」とのメッセージをもらった。二人の道産子の友人。おもしろいタイミングで消息を伝えてくれるのが共通。 がっちゃんとは住むところが比較的近いから、祖師ヶ谷大蔵や成城学園前辺りで都合が合えばチビチビやりながらまた気軽に話せる。「冨の介さ」は年一回(春休み期間が多い)東京に来られるが、そのとき旧交を温める。 * そろそろ12.12のmusic partyの構成を考えねばならない。 私と奏でてくれる岡野治雄くん、がっちゃん、そしてスティック(杉山靖幸)のカルテット。川口功くんとKなどがメンバーとなっているGGJというバンド。そして願わくば幼馴染のKMくん&その仲間。そしてトリ(?)は・・・Mick師匠の「転石集団」。 どう並べようか。 ギリギリ来年の話ではないから、鬼も笑うまい。

立秋直前雑記

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  81回目の広島原爆忌。 もう31年も前の夏だったか、初めて広島に行き宿泊したところが爆心地近くのホテルで、つまりちょうど半世紀前の「ここ」での阿鼻叫喚の地獄絵図を想像してしばし眠れなかったことを思い出す。 想像しろ、想像しろ。それだけだ。 人類はいつでも最大限愚かになりうる生き物なのだ。 阻止せよ、阻止せよ。 それしかない。最悪の阿呆が核のボタンを押す前に。 * 長時間の仕事、本当に参る。 しかしKの過酷な労働に比べればなんというeasyな仕事だろう。Kよ、絶対に無理をせず、長く休んでくれ!

蝉聲(せんせい)

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  先ほど撮った砧公園バードサンクチュアリ、東の空 * 昨日夕方やはり砧公園へ行き、南端の木立でとうとうヒグラシの初音(私にとって)を耳にした。ありがたい。そう、ありがたいのだ。また聞けたのだから。 ヒグラシの聲が遠く聞こえるその木立 昔、旧ブログで「日本の霊性と蝉」と題して一文を書いたことがあった。歌人河野裕子のことを書いたが、そこで引いてはいないけれど、彼女の死期迫る中の短歌、 八月に私は死ぬのか朝夕のわかちもわかぬ蝉の声降る がある。痛々しく、切なく、哀しい。 彼女は1946年生まれ、がんに罹り、64歳で逝った。蝉は彼女にとって生涯にわたる主要な歌のモチーフだった。遺歌集の名はずばり『蝉声(せんせい)』だ。 上の歌からずっと遡って、子を産んだ時も、彼女は しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ と歌っている。 私が去年九月初旬に帰郷した際、我が家の菩提寺墓所は蝉の声がしていなかったと思うのだが、どうであったか。初秋とは云え、暑い中の墓参りには(その日は確かに非常に暑かった)私としては絶対降っていてほしかった蝉時雨を浴びることがなかった失望感のようなものを覚えた記憶がある。 旧ブログ以来何度も掲げる、我が父と私の合作の句、 蜩の聲止みてより風一陣 「蜩」は「ひぐらし」である。父母そして長兄が眠る墓で蝉の聲を聞くことなく去年の墓参は終わった。不思議な気持ちだった。 この八月、また墓参をするけれど、どうだろうか、蝉は鳴いてくれるか。 「蝉はこの世とあの世が互いに貫入するところで鳴く」というのが、私の持論だ。

法はあるらしい

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  今朝はなんと涼しかったことか。今年の夏は明らかに去年まで数年もしかすると十数年に渡った夏とは違う。六月の総体としての涼しさもそうだったけれど、梅雨明けしても猛暑が九月末くらいまで続くのが当たり前だった昨年までの長期傾向が見られない。 福島県では「やませ」が吹いて昨日は福島市のある地域が全国一最高気温が低かったという。北海道の諸地域よりもだ。東北はまだ梅雨明けが宣言されていない。立秋まであと3日、もしかすると梅雨明けのなかった珍しい夏になる。 それはいいとして・・・。 * またKのことだけれど、案の定軽度の熱中症に罹っていた彼は点滴をしてもらい、発熱と食欲不振をなんとか克服したと言う。昨日のVlogで彼はそう報告しつつ、私のおとといのブログ記事を紹介していた。 https://www.youtube.com/watch?v=qEllX2D-QYI 猛暑・酷暑日の炎天下作業・肉体労働は、放射線量が高い原発などでの作業に準じる労働時間制限があって然るべきだ。強い日射に長時間曝されることが危険であることは誰にとっても明らかなのに、法規制やそれに伴う措置はどうなっているのか。 調べてみたら、 労働安全衛生規則第612条の2というのがあるのだった。 * 環境条件  WBGT値(暑さ指数)28度以上、または気温31度以上の場所 作業時間 連続1時間以上、または1日4時間を超えて実施が見込まれる作業出張先や移動中の作業、非定常・臨時作業でも条件を満たせば対象になります。通風の良い屋外作業の場合、天気予報や環境省の熱中症予防情報サイトなどで判断することも可能とされています。 事業者の義務内容対象作業を行う場合、事業者は次の措置を講じなければなりません: 報告体制の整備 作業者が熱中症の自覚症状を感じた場合や、他の作業者に熱中症の疑いがあることを発見した場合に報告する体制(連絡先・担当者など)をあらかじめ整備する。 実施手順の作成 作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察・処置など、症状悪化を防ぐための措置内容と手順を作業場ごとに定める。 関係者への周知 上記の体制と手順を、作業に従事する者に周知する。これらの義務は、労働者だけでなく、同一場所で作業する一人親方などにも準じて対応が求められます。違反した場合、労働安全衛生法に基づき6カ月以下の懲役または50万円以下...

他地域を蔑む貧困なる精神

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  去年の今頃撮った成城3丁目から喜多見、狛江、川崎市多摩区、丹沢と富士を望む一枚。 * ごめんなちゃい・・・またMooやらKやら関連記事っす。 Mooさんの今のblog体裁で、ページの左上に太平洋に面する東北3県のシルエットがレイアウトされています。我がふるさと福島県はそのうちの1県ですが、Mooさんの意図は、「東日本大震災」の主な被災県となった福島、宮城、岩手のことを忘れまいということなのだと思います。また宮城・仙台は、氏が東北大生として4年過ごされた青春晩期(?)の思い出の地でもあるから、また震災直後と言っていい時期に安曇野から救援物資を運んだ女川町があるのも宮城県ですからね。 その「東北3県シルエット」の一番下が福島県で、その西北の端が私が生まれ育った西会津です。北は山形県、西は新潟県に接しているのです。 私の故郷はいわきやあの第一原発立地地区の双葉・相馬などのいわゆる「浜通り」と呼ばれる太平洋に面する地域から程遠く、むしろ新潟市の方がはるかに近く、日本海側に在ると言ってもいいほどです。福島県の構成は明治政府の恣意的な区分によって為されており、やつらが勝手に「朝敵」とした會津は、県庁も県の中央に在る郡山市ではなく甚だ行きづらい宮城に近い県北の福島市に置かれ、嫌がらせを受けたのです。 福島県というああいう歴史的、地理的、文化的、気象学的にもバラバラな地域を合体させる際、県都は当時最も歴史あり、県内最大規模の藩であった會津若松にするのが至当でしたが、勝手に西に寄りすぎとし(そりゃあそうだ)、ならば県中央の郡山にするかと思えばそれも含め薩長などの藩閥政府はどちらも許しませんでした。 MNEMOはそんな150年以上前の話を恨みがましくよく書くなあとお思いの向きもありましょう・・・。 んだげんじょ、史実を探れば探るほどに、理不尽ばっかなのシ。明治政府の全てを否定するっつぅような狭小な精神がらゆってんではねぇのシ。しかし徳川憎しの「西軍」諸藩が新政府をつくる際に人身御供、人柱のように會津を扱ったごどに対しては、そういう話を聞かされる度に怒りが湧くのよシ。 あの第一原発の事故も、長州出身を自慢する安倍氏(故人)が第一次内閣の時、津波による全電源喪失がありうるとされた国会での質疑で「ありえない」と一蹴したごどで、結局後に最悪の事故を招いてしまったと言えんだがらなシ。...

武器だ核だと

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  今朝、砧公園に朝日が当たり始め、木の幹が赤く光る。Morgenrot、赤富士、ならぬ赤幹。 * KやMooさんのことをここのネタに頻繁にするのは憚られるのだけれど、昨日見たKのVlogでは切歯扼腕どころか怒りが湧いてきてどうにもならなかった。 彼がここ1ヶ月あまり現場としてきた荻窪のとある市道での工事がいよいよ最終段階に入り、部分的ではあるが通行止めの日を迎えたのだ。それにより、道路に面する整形外科医院へのアクセスも大幅に制限されてしまう。クルマで来られる患者さんは遠回りも苦ではないが、徒歩で来られる特に老齢の患者さんにはその迂回も普段の5倍とかの距離となり、しかも炎天下、関節などに疾患を持っておられるのだから、ほとんど苦行となってしまう。 Kはずっと以前からこの日が来るのを恐れていた。気に病んでいた。そして実際にその日が来て、心痛めたのだ。しかも何時間も殺人的な暑さに耐えながら。 朝日川柳の「武器だ核だと雑魚寝の国で」がbuzzった。熊本でまた避難所の不整備状態が繰り返され、国民が苦しんでいる一方で、Koizumi Jr.らが「国と国民を守るため」と本末転倒的に武器輸出入だ核三原則の見直しだなどと言って血道を上げている。酷暑下、今苦しむ国民のことをなおざりにして! このことはKの心の痛みも伴う炎天下作業と何ら関係がないように思えるが、そうではない。数時間も作業したら熱中症は確実というような真夏の作業をしなければいけないような工事をさせてしまう厚生労働行政とは一体何なのか。実質、「稼ぎたいなら働け。そういう労働でしか糊口を凌げないのだから自己責任で炎天下でも働け」ということなのだ。「倒れた?だったら労災下りるから。日雇だってな。いい国だろ。」 炎天下(例えば気温30度以上の)作業は極力させない法規制が必要だ。どうしてもさせるならしっかり管理者が熱中症対策をした状況下で例えば上限2時間とかにする。その日当は通常と同額とする。施主にはそういう過酷な気象条件で働かせてしまう対価を大きく見積もる必要が生じるようにするのだ。また猛暑期の工事等は高くつくがゆえ仕事が減ってしまう場合は「猛暑時助成金」を出すべきだ。 そんな金はない? 武器だ核だと熱中症の国で

Another homerun or 100-mph fastball from him will never excite me

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  おとといの朝の空、世田谷区砧4丁目。 * 大阪弁がもっぱら用いられるYouTubeチャンネルのビデオを見ていて、例えば「変だ」という形容動詞を、形容詞の「く活用」で「変くない」などと言ってしまう恐ろしい日本語破壊があちらの若者に蔓延しているのに気づいた。「そんなん私に言うの変くない?」などと若い大阪女性が言うのだ。 こちらはもう全国的広がりを見せて久しいけれど、「僕的」とか「あなた的」などという的外れな「的」の使用も<普通に>市民権を得ている。そう、この「普通に」もほとんどfillerとして用いられ、「normally」とか「usually」と英語に置き換えても意味を成さない。まあ、これはアメリカ人も「literally(=文字通り)」をほとんど文字通りの意味なくやたら連発するのだが。まあ、これは「just」の代わりなのだろうけれど。 ちょっとおもしろいのは、大阪人たちも「うざい」を使っていることだ。「うざい」は東京多摩地区の方言として知られており、23区はもちろん、全国に広がったのだ。 言語は絶えず変化する。それは分かっている。そして年寄りはその変化について行けず、また眉を顰めるものだ。私もその例。私の日本語世界がもはや「昭和ことば」などと言われ、嘲笑われる日は近いか、もう到来しているのだろう。 * しかたがない、のだろうか。スポーツと政治は別物だ、なのだろうか。私は大谷翔平選手がトランプと歓談し、満面の笑みで握手をしていた動画を見て大いに失望した。 アメリカ大統領は実質的に無辜の人間を殺す命令をしても殺人者ではないという特権でも持っているというのか?例えば2026年2月28日の米空軍によるイラン南部ミナブの小学校攻撃で百数十人の児童生徒を殺しておいて、トランプは謝罪のことばひとつも発していないのだ。誤爆だったとかの言い訳は全く通用しない。 さらに彼がpedophileであることも明らかだ。 たとえ球団としての表敬訪問だとしても、私はあんな人間に媚び諂うことはもちろんできないし、礼儀だと言われても、握手はしない。失礼だと非難されるのならそれでいい。 大谷さんはもうすでに娘の父親となっている。イランの娘・息子を殺された親たちの気持ちが分からないはずがない。そしてもしそういう<大統領による殺人事件>のことなどを知らなかったのだとしたら、あまりの情弱ぶりにこ...