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Life can be short or long; Love can be right or wrong

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先ほど夜明けの二子玉川運動場。用賀方向を望む。 * おととい大幅に記事を削除したわけだけれど、何について書いていたかと言うと、YouTubeで信じ難いほどにPVを稼ぐ或る男女間トラブル解決系(?)チャンネルにハマってしまって、いろいろと考えたことだった。(これは大阪人によって運営されており、「探偵ナイトスクープ」の匂いがする。とても大阪・関西チックだと思う。) さすがに老境に入って幾星霜、そのチャンネルで扱うような男女のことは完全に他人事になっている。とは云え、人生大転換の瞬間を迎える<血気盛んな現役たち>の正に若気の至りに歯軋りするのだ。「younger」だった自分を彼ら彼女らに重ね合わせつつ。 * John主導の曲、 She Said She Said の歌詞に「When I was a boy, everything was right」という一節がある。事の善悪を考えることがまだない、あるいはほとんどない「boy」であった時代、叱られればそれがwrongであり、褒められればrightだったわけだけれど、まずとにかく自分を囲む「世界」はただ見たまま、聞くまま、感じるままだった。そうできている「世界」を受け入れるだけ、よって善いも悪いもないが、それはひたすらそのままrightであって、「善い」というよりは「正しい」=「間違っているとは言いようがない、そう判断する経験も能力もない」状態だったのだ。 そして一体いつから私は事の善悪をしっかり見つめ、判断できるようになったというのだろうか。「しっかり」などこんな老境にあってもできていないように思える。一生そうなのかもしれない。

記事大部分削除して再掲

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  今朝は蒸し暑いけれど、過酷なほどではない。昨日の空(↑)とは一転、どんより。こうだからこっちは梅雨明け宣言されてへんのやな。 追記 上の記事に続いて書いたことがありましたが、読み返して自分で気分が悪くなったので削除しました。悪しからず。

本当の朝敵は

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  昨日の朝、近所で撮った、私を泣かせる空。 * 太郎さん、やはり「新選組」という名をつけたのが仇になりましたね。私は會津の生まれ育ち、あの幕府に殉じた、というか、主君に忠義を尽くした真の「侍」集団に同情的にならないのはむずかしい。 しかし例えば彼らの敵であった「西軍」諸藩の土地で「新選組」を名乗る政党が大きな支持を得ることはやはり、いくら幕末から160年ほどの時間が経っていても、むずかし過ぎたと思う。それは會津で「薩長土肥連合」というような名の政党があったとして、どんなに高邁な理想を語られようと絶対に(!)大きな支持を得られることはないだろうというのと同じ。「全国区」には端からなれない党名だったと言えなくはない。 あなたは大河ドラマで新選組十番隊組長原田左之助を演じたことで、義に生きた男たちへの共感を強いものにしたのでしょうね。よく分かります。しかし彼らの「活躍」に會津を滅さんとまで思った「西軍」兵士も多かったでしょう。 あなたは同志・副長格の大石あきこさんと共に引退し、党名も変える決意をされた。それでいいと思います。長い間ご苦労様でした。レガシーは残る。ちょうど新選組のように。どうぞ治療に全てをかけてくださいね。 * もう一人の「太郎」さん。あなたは今回の皇室典範改正を主導した人らしい。姪がいる宮家は、その姪が当主となって存続、なのに天皇陛下のご長子敬宮さまは天皇家の当主とはしないという理屈は一体どういうところから出てくるのか。 旧宮家の男系男子は、宮内庁の公式答弁(2026年7月10日、衆院議運委員会で緒方禎己次長が答弁)によると、天皇陛下との血縁は36親等から38親等と明言。これは皇室典範改正案(旧宮家男系男子の養子縁組による皇族復帰)に関する質疑での発言だ。 血縁の濃さは、36親等で約0.000000001455%(2の-36乗に近い極めて薄い血縁)という計算になる。共通祖先は室町時代(1428年頃、伏見宮系・崇光天皇の子孫)まで遡る、と。  この「男系男子」を姪の宮家の誰かと結びつける?これは皇統簒奪だろうに。 朝敵だ。君側の奸だ。

文月雑記 2 (2026年)

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  小田急の喜多見操車場の屋根(?)の上は公園になっていたり、植栽されていたりで、緑いっぱい。そしてこの辺りで一番の広い空を見せてくれる場所。 * 山本太郎さんが政界引退。悲しい。「新選組」という名が不吉だったか。あの武闘集団同様、短い命だった。毀誉褒貶あっても、彼のような傑物が現れた日本はまだ大丈夫かと思ったが。一体政治とは、政治家とは、民意とは、何だろう。 * Mooさんのお家の近くに野生のラン科植物ネジバナ(モジズリ)の群生ができつつあるようだ。氏がこれからもっと大きくしようと思っておられる。すばらしい!冒頭で書いた喜多見操車場近くの草地にも昔は咲いたものだったが、もう影も形もない− − −   その場所にフィットネスクラブが建ってしまってから。 KはVlogで、杉並区荻窪の作業現場付近にサクラの木の枝が道路に少しはみ出ているところがあって、ダンプなどが通る際に当たってしまい、折れてしまう危険があった、と言う。その木の持ち主のおばあさんが、Kに「切ってもいいよ」と言ってくださって、さてKの個人判断でいいのかと思案し、また「隊長」の了解が取れても、サクラはウメと違って枝を伐ることは普通しないから、切ったら切ったで「癒合剤」という腐りを防止する薬を塗らねばならず思案していたところ、その珍しい薬剤を持つ同僚と作業員仲間たちがしっかりその手順を踏んで、処理をしたとのことで、Kは喜んでいた。 我がブログでの植物ネタをMooさんとKからいただきました。 * 当然「パンタレイ」=諸行無常の理を免れぬ、しかも「 万世一系」でもない Y遺伝子を尊び、今上天皇のご長子敬宮様を軽んじ遠い遠い親戚の 男性を天皇にしようという信じ難い悪法を成立させようとする者たちに満腔からの怒りをぶつけたい。 * さて、午前4時が近くなってきた。自転車乗りに出かけるかね。

堂々たるone of them

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  ちょっと前に撮った成城の丘、夜明けの空。 その成城と喜多見の野川べり、歩く人がみな高齢者で笑ってしまう。そう、自分も含めて。そして思い出した---- 2005年から2010年代前半くらいまで、当時狛江に住んでいて、多摩川の土手道早朝ウォーキングでほぼ必ず会う引退校長先生風のご老人だ。すれ違う時「おはよう」と挨拶してくださった。2010年代後半になるとあまりお会いしなくなって心配していたら、白いマスクをして、いかにも病と共に生きていらっしゃる風で、足取りももちろん軽快に程遠いものがあった。それでも再会を喜んでいたら、世田谷へ越す2018年には全くお姿を見ることがなくなったのだ。 2005年とかならもちろん私はまだ中年、多摩川土手道を歩くご老人たちを見て、「いやあ、爺ちゃん婆ちゃんばっかだなあ」などと、自分はそうでない立場で感嘆していたものだ。そのときのご老人たちの多くは天に召されたであろう。 野川端の道で今朝すれ違ったご老人たちは多くが私と同世代なのではないか。昭和30年代前半生まれだ。もちろん20年代生まれの方も多かろうけれど、<主流>は30年代生まれと見た。私は<今>、堂々たるone of them!

時を超えて 夢は進む

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今朝、久しぶりの朝の青空だじょ。It feels like years since it's been clearは大袈裟ざますが。 冒頭の空の青が現れる20分前くらいの夜明けの空。撮ったのは桜新町1丁目で、治雄ちゃんとスティックと3人でDeafening Daphneの活動をしていた頃(2001年〜2007年)、Plus One Studiosの駐車場が在ったところだ。 この2人プラスがっちゃん(嘉多山信くん)と12月12日に奏で合える日が待ち遠しい。すぐだよ、ほんと、5ヶ月なんてあっという間に経つ。 たどり着くには 遠すぎる 垣間見るには 高すぎる ラジオは終わり あの歌がこだまする 果てない闇に 落ちてゆく僕の声 あの空 あの虹 忘れない 1994年頃、スティックとがっちゃんとも一緒に歌った我が『虹に刻んだメロディー』の歌詞です。 茜に染まる あの雲も 一番星の 織姫も 二度と還らぬ この瞬間を歌う 悲しく響け 僕にはふさわしいから この時 この空 忘れない 時を超えて 夢は進む 終わることない調べ奏でて 虹に刻んだメロディー 儚く消えても It's my life スティック、がっちゃん、この歌歌ってもいいですか? 治雄ちゃんもコーラスしてね。

鵲の橋

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  写真は大昔撮った花巻を流れる北上川の、宮沢賢治さん命名の「イギリス海岸」。オニグルミの木がたくさん生えているのは、賢治さんが生きられた大正昭和の頃と同じ。 その大正や昭和初期は、ほとんど日本全国どこででも晴れた夜は満天の星空だったはず。賢治さんもこの「イギリス海岸」で数え切れぬほどの回数、星見をしたことだろう。 今日は新暦の七夕。旧暦で今日は五月二十二日。旧暦の七夕は今年は八月十九日だ。この時期に七夕を迎えてしまう最大のデメリットは、多くが曇天や雨天の夜となってしまうこと、すなわち肝心の星がかなりの確率で見られないということ。 「人間には、自分は時空をはみ出している存在だという感受性を持っているか、自分とは時空の中の物体だと思っているか、この二種類しかいない」 大峯顯先生がフィヒテのことばをご自分で翻案されたものだ。それを受けて、 「私はその二種類を、詩人であるか詩人でないかという仕方で分けました」 と池田晶子さんが応じている。(『君自身に還れ』2007年刊 本願寺出版社 p18) そしてこの本が出版されてすぐに池田さんは星になられた。 今晩も星は見られそうにない。彦星も織姫も東京の地上からは雲に覆われて見えない。 アルタイル(=牽牛=彦星)とヴェガ(=織女=織姫)は互いに14〜15光年ほど離れているし、天の川を渡って年に一度の逢瀬を楽しむには、光速を超える旅をしなければいけない。しかしそんな<不粋>なことを言わず、そして雲の遥か上でのその二つの星のrendez-vousを想像することができるのが人間というものだ。 もし雨の夜となったら、カササギが天の川に橋を架けて、愛し合う二人を逢わせてくれているのだと想像しよう。