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エノキ好き仲間

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  先ほど、成城4丁目の緑地で撮ったエノキの新緑。 Das Aprilwetterとはドイツ語で「四月の天気」すなわち「変わりやすい、気まぐれ」と福テレ空ネットの齋藤氏が言っていたが、Wikiで調べてみると、「三月の風と四月の雨は五月の花をもたらす」というようなことしか書かれておらず、「気まぐれ」などというようなニュアンスはないように思えた(Wikiには日本語対応のページがなかったので英語版で読んだ)。 日本ではこの頃「春に三日の晴れなし」の諺通り。そして風も強い雨の日を挟んで今日は快晴。気温は高いものの冬晴れのようだった。春霞がないから、富士山もくっきり見えた。清々しい! と書きつつ、昨日私は午後7時ごろに砧公園を歩いていたのだが、その直後とは言わないが、2時間も経たないうちに<また>倒木があったそう。大蔵通りは塞がれ、一時通行止めになったという。気をつけて歩いてはいるが、これで4本目の倒木であるはずで、なかなか深刻だ。 そんな新たな倒木のニュースを知らぬまま今日は成城の方へpotteringに出た。木立があれば吸い寄せられるカブトムシやクワガタムシのような私は、倒木には一層注意せねばならぬ。 今回のpotteringでの椿事は、成城7丁目の仙川沿いでアカボシゴマダラが3〜4秒私にまとわりついてきたこと。エノキの葉を食べるこの蝶、私が数十分前にエノキの若葉を愛でていたことを知っていたか。(笑)「エノキっていいよね」って言っていたような気がする。 * Deranged トランプと変節おべっか野郎のヴァンスが、イランの文明を破壊するなどと核兵器使用を仄めかしていたが、御用報道機関FOX Newsにすら疑義を呈され、またぞろTaco Trumpとなって数百万回目の恥晒しとなった。もう、本当、許してくれ。Impeach the two blood-thirsty morons!

原風景への馴染み、強し

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クスノキの赤い葉の絨毯の上にポツンと2脚のベンチ(砧公園) * Twitterを開くと、あの「piece of shit(失礼)」の<もぼれた>発言が私のTL上で列をなしている。「もぼれた」とは會津弁でderangedのこと。意味は何となくお分かりでしょう。一体いつになったら米憲法修正25条を発動するのか。 * 昨日たまたまBSで「Cycle Japan」を見た。惜しいことに出発点の大町から糸魚川までの部分は見逃したが、「北アルプス」を長野側つまり東から、新潟糸魚川で北から、そして富山、岐阜・飛騨で西側から見る自転車での旅だった。見ながら思い出したのは、幸夫ちゃんの「なんで飛騨山脈を『北アルプス』などと言うのか」という義憤。明治期、イギリス人冶金技師で考古学者でもあったWilliam Gowland (1842-1922)が「Japanese Alps」と呼んだことからその命名を有り難がったわけですね。(笑ってしまいます。今私が飲んでいるのはSuntory「南アルプスの天然水」だから!) 3000メートル級の山々が南北に約100km連なるところに近接して暮らすのは私にはきついかもしれない。高峰は気高く勇壮ですが、時に怪異、妖異であって、あまりに圧倒的なのです。高山が私にとって優美だと思えるのは遠く離れて見るからなのです。まさに故郷の飯豊連峰がそうで、我が家から30kmほど離れており、しかも「北アルプス」の山々より平均でおそらく1000メートルは低い。 上の写真のような標高差関係と位置関係が私にはデフォルトなんですね。 Mooさんは富山市の生まれ育ち、市の中心部から立山連峰までは25kmから30kmほどだと言いますから、私の生家から飯豊連峰までとほぼ同じながら、なにしろ立山連峰の最高峰は大汝山で3,015m、飯豊連峰最高峰大日岳は2,128mですからね。 Mooさんの今の長野県池田町のお住まいだと、常念山脈前衛峰有明山まで10km程度、しかもその山は2,268mの標高ですから、まさに迫っている!(池田町の市街地の標高が600mくらいということはありつつも。) 世田谷区の河岸段丘上(例えば成城や岡本)から丹沢山系までは45~50kmあり、最高峰蛭ヶ岳は高さ1,673m(神奈川県最高峰でもある)。富士山までだと約90kmです。いずれも十分離れていて、私には<快適>。 「北...

2025 卯月雑記

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昨日はどんよりとした曇天だったが、前日土曜が雨だったからだろう、最後の花見を是非ともという人たちで砧公園は賑わっていた。とにかく外国人比率がすこぶる高かった。韓国・朝鮮や中国系の人々もおられたろうから、誇張でなく4割が外国人という感じだった。 そんな中、私はクスノキの赤い葉と緑の葉の対照を愛でていた。 * 藤井名人に明後日から挑戦する糸谷八段(もうすぐ九段)のインタビューがおもしろかった。17歳でプロ入りという天才なのだが、何と現役棋士のまま大阪大学に進学、哲学を修士課程まで修めた変わり種だ。母方の祖父が「マル経」の大学教授だったということで、哲学に馴染むところがあったのだろう。 その糸谷さん、Heideggerが専門だったらしい。ハンマーを例にした道具(Zeug)の存在様式の話とHubert Dreyfusの論を引きつつ、AIと将棋(棋士)のことを話していた。難解ながら非常に興味惹かれる。 日本将棋連盟の理事としても多忙な彼が、Heideggerianの棋士としてどうあの大天才と勝負するのか、非常に楽しみだ。 * 唐突ながら、最高の役者は誰かと訊かれたら、私はもちろんいろいろな名優を思い出すが、TVドラマ『Vera』(原題:Vera、邦題:『ヴェラ~信念の女警部~』)の主演女優Brenda Blethynだ。この大ヒットドラマはSeason 14で去年大団円となった。Vera-shaped lossは甚大だ。

だからどうした2発

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  旧ブログでも書いたことだがー 上は、Mooさんが在京時代に住まわれた町田市能ヶ谷、そこへ十数年前の麗らかな春の日に写真を撮りに行った際の一枚。この頃諸葛菜(ショカツサイ)別名オオアラセイトウの花にことのほか愛着を感じていたのだった。そして柿若葉。 まずはショカツサイだが、1999年から2005年まで、新宿区箪笥町、佐土原町、そして千代田区富士見に住んだのだけれど、川崎市登戸への職場へ行くのに中央線を使い、春のみのことだったが、線路脇にこの紫の花が至る所で咲いているのを窓外に見て6年(2000年から)間通った。陽が当たったときのこの花の神々しいほどの紫色に目を奪われぬ人はまずいないのではないか。 町田市能ヶ谷は非常に広い街区であって、この写真を撮った場所をMooさんはきっと知るまい。能ヶ谷街区の北西端を走る鶴川街道から右折して農道を北進すると人家がほとんどない山間(やまあい)に入る。今はどうなっているか分からないけれどね。 大昔、そこで星を見たことがあったんだなあ。すばらしい暗闇だから、星がよく見えるんです。そこへ辿り着いたのも、その暗闇を探してのことだったんです。なんのゆかりもなかった。 奥多摩とかを除けば、東京都でこんなド田舎はないっていうくらいのところだったから、昼にはきっと超絶なほど長閑な風景があるだろうって、今度は写真撮りで再訪したわけです。そして光る諸葛菜と柿若葉を撮った。 この能ヶ谷は、小田急小田原線では柿生(川崎市麻生区)が最寄駅になります。「柿生」ですから、柿の木が多くあって当然というところ。この地名は、「禅寺丸柿」というそこの特産甘柿が有名だったがゆえ、明治22年の町村制施行時に周辺10村を束ねる名前として「柿が生(な)る」里としたのだといいます。 柿若葉はまるで他の若葉とは違う緑色をしています。陽光の反射度が断然高いという感じ。季題にもなる、独特の若葉です。 私の大好きな柿の木は、調布市入間町に在ります。成城4丁目の野川から、そう、400mというところかな。 だからどうした。 はい、みなさん、諸葛菜、柿若葉、どうぞ鑑賞してくださいね。 * おととい、世田谷区の星、伊藤匠叡王・王座が叡王戦第一局で勝利。タイトル防衛に幸先の良いスタートを切りました。 相手は齋藤八段で、伊藤対齋藤。六冠は藤井。今若手ナンバーワンで、順位戦をノンストップでB...

Turn on, Tune in, Drop Out

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成城4丁目、野川端の大規模「マンション」脇のケヤキ並木、いよいよ緑を帯びてきました。 昨日はちょっとだけ久しぶりの晴天でしたが、教材作りに追われて(木金はそうなってしまう)、自転車で少しだけ散歩(すなわちpottering)しただけでした。惜しかった。今日は雨がちだし。 * https://www.youtube.com/watch?v=fAtNivqiLlI このvideo、Beatlesのアルバムとしての最高傑作についての一般の評価が時代の変遷につれて Sgt. Pepper's になったり、いわゆる White Album や Abbey Road 、あるいは Rubber Soul や Revolver になったりする揺れについて社会学的視点から考察したというもので、興味深かったのです。 Sgt. Pepper's については、旧ブログで何度も書いた記憶があります。 1967年の五月、 Sgt. Pepper's が発売されたのです。その夏、次兄の同級生が私もよく行く川で泳いでいて溺死しました。心臓麻痺だとかいろいろ言われましたが、詳細は分かりませんでした。以来その川へ通じる木立や草むらの暗がりを歩いていると、当然それまでの「泳ぐぞ!」という高揚感はゼロに近いほどに薄れました。そしてこのアルバムの音楽的そしてヴィジュアル的画期性がそのまま不気味さにつながったのです。 Sgt. Pepper's がポップ・ミュージックのそれまでの有り様を根底から変えてしまったアルバムであったことは疑いありません。どれほどのドラスティックさだったかと言えば、まあ、小さな具体例ですが、Beatlesの大ファンだった長兄がこのアルバムを境に、その難解さ、進化のし過ぎにファンをやめてしまったほどです。 世は「サイケデリック・ムーブメント」、「ヒッピー文化」の時代になっていました。Beatlesが牽引したところもありますが、なにしろ彼らの音楽以前にすでにAllen Ginsbergらの「ビート・ジェネレーション」など、ドラッグ、特にLSDが若者たちに普及したことが大きかったようです。特にJohnとGeorgeはハマったようで、服用中の幻視などを曲にしていったのは疑いない。またGeorgeはインド宗教にも同時に傾倒し始めた頃で、きっと「瞑想」は凄い体験にな...

WAR IS OVERだろ

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東京はもうハナミズキが開花しています。(昨日撮影) * 私には、すでに東京に住んでいることに伴うメリットのうちほとんどが意味のないものになっています。それどころか、私の今の厭世主義的傾向と花鳥風月の歌唄いとしては、田舎にこそ住むべきだと言えます。 関根安里くんは、諸事情もあるのでしょうが、丹沢山系の近くに今は住んで音楽活動を続けています。彼がどう言うのかは分かりませんが、私には羨ましい環境です。 KのVlogで彼がその関根くんのアトリエに赴いたという回のものが上がっています。 小田急のロマンスカーに乗っての訪問、ほとんど旅です。これまでのVlogでは体の不調を訴えるばかりの彼ですが、すっかり健康そうに見えました。よかった。 東京に暮らすメリットは、今は娘と孫の近くにいられるということ以外本当に思いつかない。ただし、私の住む世田谷区砧地域は、緑多く、広い空もある、多摩川が造り出した土地であって、それはもう愛着があります。それはしかし「東京に暮らすメリット」ではありませんよね。 シンガーとして世に出ようというなら、若い頃はもう東京在住あるいは少なくとも南関東在住でなければなにかと不都合でした。レコード会社や高名なスタジオに日参できるような距離にやはりいたいわけです。ライブ演奏する「コヤ」についても集客しやすい都心とかに近くないとね。さらにロックなんかやっていればそれなりfahionableでなくてはならぬわけで、東京に住んでいてこそ、そのための刺激を日常的に受けるんですね。 今はね、多摩動物公園に老人料金で入れる身ですよ。 * Bruce Springsteenが反トランプで命を懸けて歌っていますね。すばらしいと思います。トランプは彼をこき下ろしていますが、本当に歌を、音楽を愛する人は、イランのいたいけな子どもたちの命を奪っておきながらなんらの反省もしないあのクソ・トランプをその1点でだけでも支持できるはずがないじゃないですか。 Yoko Ono Lennonはどうしたんでしょうか。90歳を超えているからもう公に出られないのか。その割にJohn Lennon生誕85周年記念時計などを売り出している。どういうことなんでしょうね。 新高2のNさんは、 IMAGINE の歌詞の「Imagine no possessions」のところで、「絶対に無理」と首を何度も振りましたっけ...

ちっぽけだけれど

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昨日、花曇りのNHK技研遊歩道。 今日は花冷えでんな。 * Mooさんの最新記事にはなんだかしんみりした。1969年に自死した立命館大学生高野悦子の遺著となった『20歳の原点』の内容をめぐるMooさんの思いだ。学生運動が国を揺るがした60年代後半から70年代初めまで、Mooさんも大学を、日本という国そのものも、より良き、より正しき姿に変えようと東北大学で努力した一人だった。しかし、氏は高野悦子のように「(権力側の)物理的な力に対し(自分の)物理的な力をもって闘っていく」とはならず、あくまで非暴力で体制変革を目指したのだった。 それでも学生運動は「鎮火」してしまった。偏に国民からの大方の支持を得られなかったからだ。安田講堂での学生と機動隊の攻防戦の様子をTVで見つつ、リベラルな我が父親すら小学生だった私に「あんなことはしないでくれよ」と言ったのをよく覚えている。 Mooさんが関わった東北大学の学生自治会がどう総括したのか私は知らないが、なにしろ全体として学生運動が失敗に帰して、その過激な運動の流れとは一線を画した「代々木系」に属した氏ではあったけれど、当然失意し、落胆したはずだ。その悄然とする日々、Mooさんを理解し、支えてくれたお母様のことが末尾に書かれていてしんみりしたのだ。 しかし、過激な方に走った高野悦子の、 「ああ、人は何故こんなにしてまで生きているのだろうか。そのちっぽけさに触れることを恐れながら、それを遠巻きにして楽しさを装って生きている。ちっぽけさに気づかず、弱さに気付かず、人生は楽しいものだといっている」 という言葉は重い。 人はみんな「ちっぽけ」だろう。どんなに影響力ある人物に成り上がっても、せいぜい数十年の命を生きる知的動物にすぎない。必ず死ぬ。自然には勝てない。 自分がちっぽけであることは知っていて、しかしだからこそ、人生は楽しいものだと言ってなきゃやっていけない人もいるんだよなあ。装い、なのかもしれない。けれどね、ちっぽけな自分が大きな自然と対峙して、そして包まれて、「ああ、このために生きてきたんだ」と思える瞬間、私は装っていないんだよ、高野さん。