政治にも世界基準はある
起きるのが40分遅かった。目が覚めて窓外を見たとき、この写真の雲はもっと茜色だった。開けたところでその雲を撮るには遅過ぎた。残念。 * Mooさんの記事を拝読しつつ、実際今の政府・与党自民と維新、そして諸々の右寄り政党により急速な「戦前化」が起きていることを同じように憂い、そして思うのだ。 「世界基準」というのは確実にある。少なくとも、今の民主主義を幾多の人々の血を流して打ち立てていった欧米諸国の、その制度を創り出した人々の良心がある。EUは根底にその良心を抱えている組織だと私は信じている。アメリカは今シッチャカメッチャカになっているけれど、「自由主義陣営」でそのトランプ主義の歯止めをしているのはEU諸国だ。大航海時代以降遅くとも第二次大戦前後まで植民地主義の欧州人たちがいかに酷いことをしたかは今は問わない。なにしろ今、ヨーロッパ=EUはまちがいなくその反省からの理念の基に、たとえ完璧な一枚岩ではないとしても、統合されている。EUの今の人権や環境への考え方とその実行力はまちがいなく世界をリードしている。それが「世界基準」だと私は見ている。 日本の「戦前化」は国威発揚の場であるG7やG20などで必ず総スカンを食う。「先進」国であるはずの日本は、なんと枢軸国時代へと逆進している。例えば「Y遺伝子崇拝」などは、首相が大好きな西欧諸国のリーダーたちからいかに顰蹙を買っていることか。先進国として尋常ではない非科学主義、頑迷固陋、女性差別である。日本初の女性首相が誕生したというのに、なんとその人自らがミソジニーに毒されている皮肉は彼女の大好きな先進西欧諸国のリーダーたち、国民たちの呆れにつながっているはずだ。 政府与党や翼賛する諸政党の人々は「世界」から孤立したいのだろう。そうとしか思えない。トランプは早晩いなくなる。「世界」は確実に良心を、正しい科学的思考を、マジョリティとして取り戻していく。