投稿

かういふのに美を見出すあっしは

イメージ
  砧公園中心から見て北北西へ300mくらいのところに谷戸川に架かる小さな吊り橋があり、昨日そこを渡っていて、その橋の板(床版)に落ちていた葉っぱや花びらの位置的はもちろん色彩的併置(juxtaposition)が見事だと思い、写真を撮ろうとしていたら、中学生だか高校生だか、制服姿の女の子が吊り橋の反対側からやってきてちょっとドギマギした。以下、架空の会話・・・ 「あ、あ、邪魔んなってごめんね。」 「・・・。」 「この花びらと落ち葉のjuxtapositionが見事だなって思って・・・。色と位置の対照の妙って言うかさ。」 「???」 「あなたも普通の道を使わず、わざわざ砧公園内の道を使って下校・・・かな・・・しているんだから、木立とか好きなんだよね。」 「・・・ただ最短距離だからなんですけど。」 「え?あ、そう。」 「カメラ下向けてて、キモいんですけど。」 「そ、そげなっ!ね、ね、見て、ほらこの今撮った写真。いいでしょ?」 「はあ?どこが? やっぱキモいんですけど。ふん!」 実際は気立てのやさしそうな子でしたよ。

漢意も大和心も

イメージ
  またちばてつやさんの話だけれど、旧満州で印刷会社に勤めておられた父親、そして母親兄弟と共に、1945年の敗戦時過酷な体験をされたという。暴徒化した現地中国人に襲われたが、同僚のやはり中国人・徐集川さんに匿われて難を逃れた。 惻隠の情とは孟子のことば、「惻」も「隠」も「痛む、憐れむ」の意を表す。特に「惻」は「こころ(りっしん扁)」に「そば、傍」だから、不幸な目に遭う人を間近で見て湧き起こる心、ということだろう、意味がとてもよく分かる漢字だ。(「隠」についてはよく分からなかったが、調べてみると「慇」の代用=仮借らしい。「慇懃(無礼)」のあの「慇」だ。「痛む、同情する」の意味だ)。徐さんの行為はまさに惻隠の情の為せることだった。 https://x.com/siegmund69/status/2115424132846514261/video/1 中学生の頃だったか、いわゆる「残留孤児」を養ってくださった中国東北部の現地の方々が示された寛大さに私は心打たれたものだった。 反漢意(からごころ)を宣長の崇拝者たちが執拗に抱いたけれど、極端はいつでも危険だ。もう一方の極端ばかりかそれからのグラデーションすら否定する愚か者が生まれてしまう。孔子・孟子の思想を一体誰が全面否定できようか。「惻隠の情」に中国人も日本人もない。「もののあはれ」が「大和心」なら、なおさらではないか。

味のある手練の字が好き

イメージ
砧公園の「銘木百選」シダレヤナギ。美しい。 昨日は義父の娘と「記念日」を祝った。5の倍数周年だったのだ。感謝ばかりの5x年であった。 Xで拾った画像。ちばてつやさんの肉筆。達筆だ、さすがである。「祐」の字で特に分かるが、筆順が正しい。「輔」の字も同様。 私は字の美しい人が好きだし、尊敬する癖がついている。ただ巧いだけでもいいのだが、しかもその人の味がある字がやはり好ましい。MooさんとKという、このブログでの馴染みの二人は、いずれも能筆家だ。 揮毫をよくする将棋棋士では、ダントツに故・大山十五世名人がいい。中原十六世も。現役では木村一基九段が端正な字を書かれる。味はやはり歳を重ねないと出ないものか。しかしH九段の字は・・・。言うのやめておこう。 亡き父、亡き母ともいい字を書いた。特に母の字が好きで、私は似たような字を書く。母の兄は達筆もいいところで、作品を多く遺した。絵も描いたから、俳句絵(俳句結社の一員だった)はもちろん、賛や、詩や、悟(一目上がり)も遺したろうけれど、目にはしていない。残念。 父はひたすら味のある字を書いた。レタリングのプロであるKが絶賛する「ねもと」の母が営む化粧品店のロゴは確かに親父さんの傑作だった。 さて、これから仕事だっちゃ。  

Rest in Peace, Mr Chiba

イメージ
  昨日正午前、喜多見ふれあい広場から成城4丁目の丘を望んだ。我が歌「I Love You Too」はここに捧げたもの・・・誰も知らねぇよ! * ちばてつやさんのご逝去で多くの人が哀悼の意を表している。「九条の会」の賛同人でもあった方で、会はまた貴重な会員を失った。 なにしろ『あしたのジョー』だろう、ちばさんの代表作は。この長編のラストシーン、ジョーの髪が白くなって、彼は微笑みながら目を閉じ下を向いている・・・。余韻が凄まじかった。おいらは15歳だったんだなあ。 ちばさんの絵が好きだった。巧いし、好みだった。特に目の描き方が。 おもしろいことを思い出した。『ハリスの旋風』というちばさんの作品があって、TVアニメにもなった。で、なぜ「ハリス」なのか先ほど調べてみたのだ。 これが放送されたのはおいらが9歳の頃、その当時はなぜ「ハリス」なのかを知っていたのだった。主人公石田国松が通っている学校が「ハリス学園」なのだが、その「ハリス」とは実はスポンサーの「カネボウハリス」という菓子メーカーとのタイアップからのことだったのだ。 我が家は父が公務員、母は化粧品店を営んでいた。母はカネボウも資生堂も両方扱っていた。ほぼ毎月(だったと思う)両方のきれいな「美容部員」さんが来て、小学生のおいらはチヤホヤしてもらって満悦していたものだ。それはいいとして。 カネボウがガムも売っているということで、とうとう母が数種類仕入れることになった。隣がお菓子屋さんで、「ああ、俺んちもお菓子屋ならよかったのに」と常日頃嘆いていた小僧は舞い上がった。その商品のうち「チューイングBON」というガムは画期的なキャディーとガムのハイブリッドもので、しばしばちょろまかして食べたものだった。母ちゃん、あらためてごめんなさい。 そんなすっかり忘却していたことを思い出させてもいただき、ちば先生、本当にありがとうございました。お安らかに。

「明日木枯らし1号か」雑記

昨日の記事は普段の半分の人しか読まれていない。半可通的な哲学咄はウケないのだ。でも、いいのだ。 * 家から歩いて7分、だから駅からおおよそ12分の距離にある築26年の4LDK「マンション」が売りに出されていて、なんとそのお値段「11,980万円」也。どうかしている。こんな値段、バブル期にも見なかったような気がする。築26年ですぜ。国民のみなさま、こんなんでよろしいんですか、本当に。パーな与党議員が審議中に爪の手入れしていて膨大な額の歳費の「いただき女子」になっているとかさ。ざけんな。 * 西山朋佳さんが晴れて棋士になると。とうとう「女流」ではない<女性の>四段が生まれるのだ。逆差別反対の私だけれど、女性棋士第1号が出るとすれば、奨励会三段リーグで14勝4敗という昇段が決まって当然とも言える成績を残したことがある西山さんこそふさわしいと思っていたから、そんなに抵抗感はない。それでも急拵えと言っても過言ではない制度(女流棋戦の最高タイトル5期獲得で棋士になれるとする)を作っての無理矢理はどうしてもいただけない。今回の措置は、次善手以下だろう。最善手では絶対ない。まあ、それでも将棋は形勢悪くならず進むだろう。 * 會津と安積(=郡山)の中高合唱団がタイトル総なめ状態とか。すごいね。福島県の合唱レベルは昔から高かったが、ここまでとは。 小四の時だったか、中田直宏作曲・近江靖子作詞の「ブランコの空」がNコンの課題曲で、五年生と六年生の声のいい人たちが選抜されて、夏休みでも体育館でずっと練習していて、校庭でソフトボールなんぞをやっていたオラは聴き惚れていたもんだったなあ。 https://www.youtube.com/watch?v=iEyz_den2ps ピアノは誰が弾いてた?外山先生?指揮は我が担任の山内先生だったなあ。どこまで勝ち進んだもんだか、すっかり忘れた。もう60年も前の話になるのか・・・。 * 明日東京では木枯らし1号が吹くらしい。いよいよ初冬の風情だ。まだギリギリ晩秋だけれどね。「 Forever Autumn 」と「 I'd Really Love to See You Tonight 」が似合う時季。

ウ!

イメージ
野川を<遡上>する川鵜の群れ。「カワ・ウ!」と、いつもこの子らを見るとマンボ調で言ってしまう。 カワウやウミウはかつてペリカン目とされてきたけれど(私もそう信じてきた)、近年は分子系統学の発展でカツオドリ目と改められた。最近縁のヘビウから分岐したのは、約2800万〜3200万年前の後期漸新世だったらしい。ウたちは、一体どれほどの時の長さでこういうことをしてきたのかと上の写真を撮ったときに思ったが、途方もない時の長さだった。現生人類は発生してたかだか30万年、桁が違う。 Richard Dawkinsに拠れば、生物はみな利己的遺伝子の乗り物だけれど、その<遺伝子のために>生きて死ぬなどというアイディアには到底賛同できない。たとえ「vehicle」であっても、乗り物には乗り物のlifeがそれぞれにあり、それぞれの完結の日を迎えるのだ。 「La lutte elle-même vers les sommets suffit à remplir un cœur d'homme. Il faut imaginer Sisyphe heureux. (頂上を目指す苦闘そのものが、人の心を満たすのに十分だ。シシュポスはきっと幸せだったに違いない。)」 カミュが『シーシュポスの神話』で書いた一文だ。「徒労」であっても心はそのプロセスの中で満たされることがある。ニヒリズムに陥るしかないような日々であっても、そんな人生が永劫に回帰しても、「Ja!」と<言うしかない>のだ。 ね、Friedrichさん。

ただの雑記

イメージ
先ほど大蔵運動公園の、東名高速を下に見る西の端で撮った、大方には何のポイントも感じられないだろう写真。ほぼovercastな曇天に、少しだけ覗く青空がポイントなんだけんども。(笑)カミュと同じで、かういふ青空、あっしも好きなんでさぁ、と電線が邪魔しないところを探して撮ったんでござんすよ、えぇ。 * 松井秀喜氏がGiantsの監督に。へぇって思ったなあ。今の日本プロ野球全体やあの読売グループの球団がどんな状態かよぉ分からんさかい、火中の栗を拾うようなことなのかどうなのか、知りまへんけど、彼のことは好きなので、「幸運を」とエール。あんな大打者を、彼がワールドシリーズのMVPを獲ったその年にYankeesは馘にしたのだ。以来判官贔屓。 * 義父の娘が昨日買い物から帰ってきて、「おみやげ」と言い渡してくれたのがTシャツ。「世田谷ライフ」とのデザイン化された文字が大きくプリントされているものだ。私が世田谷暮らしにほぼ満足していることを知ってのことだけれど、あんまり着たくないというのが本音。「砧、成城、用賀、岡本ライフ」というデザインだったらいいかな。「本拠」をもっと絞ってくれれば、という感じ。砧に住み、歩きでも、自転車でも、ほぼ必ず成城か用賀・上用賀や岡本を通るからだ。 過日YouTubeで黒澤明監督の「乱」関連の動画を見たのだけれど、一文字秀虎らが狩りの後の酒宴を野外で催すシーンを撮るところで、監督と秀虎役の仲代達矢さん、そして藤巻信弘役の植木等さんがフィーチャーされているものだった。そして見ているうちにすぐこのお3人はみなご近所さんだったことに気づいたのだ。黒澤監督は成城、仲代さんは岡本、植木さんは最も近いご近所さんで砧の住人だった。 緑多き、大きく言って多摩川のほとりに暮らした・暮らす者同士としての親近感は、強い。たとえ私とは比べようもない偉大なご近所さんであっても。