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本当の朝敵は

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  昨日の朝、近所で撮った、私を泣かせる空。 * 太郎さん、やはり「新選組」という名をつけたのが仇になりましたね。私は會津の生まれ育ち、あの幕府に殉じた、というか、主君に忠義を尽くした真の「侍」集団に同情的にならないのはむずかしい。 しかし例えば彼らの敵であった「西軍」諸藩の土地で「新選組」を名乗る政党が大きな支持を得ることはやはり、いくら幕末から160年ほどの時間が経っていても、むずかし過ぎたと思う。それは會津で「薩長土肥連合」というような名の政党があったとして、どんなに高邁な理想を語られようと絶対に(!)大きな支持を得られることはないだろうというのと同じ。「全国区」には端からなれない党名だったと言えなくはない。 あなたは大河ドラマで新選組十番隊組長原田左之助を演じたことで、義に生きた男たちへの共感を強いものにしたのでしょうね。よく分かります。しかし彼らの「活躍」に會津を滅さんとまで思った「西軍」兵士も多かったでしょう。 あなたは同志・副長格の大石あきこさんと共に引退し、党名も変える決意をされた。それでいいと思います。長い間ご苦労様でした。レガシーは残る。ちょうど新選組のように。どうぞ治療に全てをかけてくださいね。 * もう一人の「太郎」さん。あなたは今回の皇室典範改正を主導した人らしい。姪がいる宮家は、その姪が当主となって存続、なのに天皇陛下のご長子敬宮さまは天皇家の当主とはしないという理屈は一体どういうところから出てくるのか。 旧宮家の男系男子は、宮内庁の公式答弁(2026年7月10日、衆院議運委員会で緒方禎己次長が答弁)によると、天皇陛下との血縁は36親等から38親等と明言。これは皇室典範改正案(旧宮家男系男子の養子縁組による皇族復帰)に関する質疑での発言だ。 血縁の濃さは、36親等で約0.000000001455%(2の-36乗に近い極めて薄い血縁)という計算になる。共通祖先は室町時代(1428年頃、伏見宮系・崇光天皇の子孫)まで遡る、と。  この「男系男子」を姪の宮家の誰かと結びつける?これは皇統簒奪だろうに。 朝敵だ。君側の奸だ。

文月雑記 2 (2026年)

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  小田急の喜多見操車場の屋根(?)の上は公園になっていたり、植栽されていたりで、緑いっぱい。そしてこの辺りで一番の広い空を見せてくれる場所。 * 山本太郎さんが政界引退。悲しい。「新選組」という名が不吉だったか。あの武闘集団同様、短い命だった。毀誉褒貶あっても、彼のような傑物が現れた日本はまだ大丈夫かと思ったが。一体政治とは、政治家とは、民意とは、何だろう。 * Mooさんのお家の近くに野生のラン科植物ネジバナ(モジズリ)の群生ができつつあるようだ。氏がこれからもっと大きくしようと思っておられる。すばらしい!冒頭で書いた喜多見操車場近くの草地にも昔は咲いたものだったが、もう影も形もない− − −   その場所にフィットネスクラブが建ってしまってから。 KはVlogで、杉並区荻窪の作業現場付近にサクラの木の枝が道路に少しはみ出ているところがあって、ダンプなどが通る際に当たってしまい、折れてしまう危険があった、と言う。その木の持ち主のおばあさんが、Kに「切ってもいいよ」と言ってくださって、さてKの個人判断でいいのかと思案し、また「隊長」の了解が取れても、サクラはウメと違って枝を伐ることは普通しないから、切ったら切ったで「癒合剤」という腐りを防止する薬を塗らねばならず思案していたところ、その珍しい薬剤を持つ同僚と作業員仲間たちがしっかりその手順を踏んで、処理をしたとのことで、Kは喜んでいた。 我がブログでの植物ネタをMooさんとKからいただきました。 * 当然「パンタレイ」=諸行無常の理を免れぬ、しかも「 万世一系」でもない Y遺伝子を尊び、今上天皇のご長子敬宮様を軽んじ遠い遠い親戚の 男性を天皇にしようという信じ難い悪法を成立させようとする者たちに満腔からの怒りをぶつけたい。 * さて、午前4時が近くなってきた。自転車乗りに出かけるかね。

堂々たるone of them

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  ちょっと前に撮った成城の丘、夜明けの空。 その成城と喜多見の野川べり、歩く人がみな高齢者で笑ってしまう。そう、自分も含めて。そして思い出した---- 2005年から2010年代前半くらいまで、当時狛江に住んでいて、多摩川の土手道早朝ウォーキングでほぼ必ず会う引退校長先生風のご老人だ。すれ違う時「おはよう」と挨拶してくださった。2010年代後半になるとあまりお会いしなくなって心配していたら、白いマスクをして、いかにも病と共に生きていらっしゃる風で、足取りももちろん軽快に程遠いものがあった。それでも再会を喜んでいたら、世田谷へ越す2018年には全くお姿を見ることがなくなったのだ。 2005年とかならもちろん私はまだ中年、多摩川土手道を歩くご老人たちを見て、「いやあ、爺ちゃん婆ちゃんばっかだなあ」などと、自分はそうでない立場で感嘆していたものだ。そのときのご老人たちの多くは天に召されたであろう。 野川端の道で今朝すれ違ったご老人たちは多くが私と同世代なのではないか。昭和30年代前半生まれだ。もちろん20年代生まれの方も多かろうけれど、<主流>は30年代生まれと見た。私は<今>、堂々たるone of them!

時を超えて 夢は進む

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今朝、久しぶりの朝の青空だじょ。It feels like years since it's been clearは大袈裟ざますが。 冒頭の空の青が現れる20分前くらいの夜明けの空。撮ったのは桜新町1丁目で、治雄ちゃんとスティックと3人でDeafening Daphneの活動をしていた頃(2001年〜2007年)、Plus One Studiosの駐車場が在ったところだ。 この2人プラスがっちゃん(嘉多山信くん)と12月12日に奏で合える日が待ち遠しい。すぐだよ、ほんと、5ヶ月なんてあっという間に経つ。 たどり着くには 遠すぎる 垣間見るには 高すぎる ラジオは終わり あの歌がこだまする 果てない闇に 落ちてゆく僕の声 あの空 あの虹 忘れない 1994年頃、スティックとがっちゃんとも一緒に歌った我が『虹に刻んだメロディー』の歌詞です。 茜に染まる あの雲も 一番星の 織姫も 二度と還らぬ この瞬間を歌う 悲しく響け 僕にはふさわしいから この時 この空 忘れない 時を超えて 夢は進む 終わることない調べ奏でて 虹に刻んだメロディー 儚く消えても It's my life スティック、がっちゃん、この歌歌ってもいいですか? 治雄ちゃんもコーラスしてね。

鵲の橋

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  写真は大昔撮った花巻を流れる北上川の、宮沢賢治さん命名の「イギリス海岸」。オニグルミの木がたくさん生えているのは、賢治さんが生きられた大正昭和の頃と同じ。 その大正や昭和初期は、ほとんど日本全国どこででも晴れた夜は満天の星空だったはず。賢治さんもこの「イギリス海岸」で数え切れぬほどの回数、星見をしたことだろう。 今日は新暦の七夕。旧暦で今日は五月二十二日。旧暦の七夕は今年は八月十九日だ。この時期に七夕を迎えてしまう最大のデメリットは、多くが曇天や雨天の夜となってしまうこと、すなわち肝心の星がかなりの確率で見られないということ。 「人間には、自分は時空をはみ出している存在だという感受性を持っているか、自分とは時空の中の物体だと思っているか、この二種類しかいない」 大峯顯先生がフィヒテのことばをご自分で翻案されたものだ。それを受けて、 「私はその二種類を、詩人であるか詩人でないかという仕方で分けました」 と池田晶子さんが応じている。(『君自身に還れ』2007年刊 本願寺出版社 p18) そしてこの本が出版されてすぐに池田さんは星になられた。 今晩も星は見られそうにない。彦星も織姫も東京の地上からは雲に覆われて見えない。 アルタイル(=牽牛=彦星)とヴェガ(=織女=織姫)は互いに14〜15光年ほど離れているし、天の川を渡って年に一度の逢瀬を楽しむには、光速を超える旅をしなければいけない。しかしそんな<不粋>なことを言わず、そして雲の遥か上でのその二つの星のrendez-vousを想像することができるのが人間というものだ。 もし雨の夜となったら、カササギが天の川に橋を架けて、愛し合う二人を逢わせてくれているのだと想像しよう。

さらに好きになったよ、祖師ヶ谷大蔵近辺

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  昨日日が暮れてから散歩の帰りに寄った砧1丁目に在る「Bonnie & Fried」という名のハンバーガー屋さん。相当にセンスのいい店主さんだなあと感心しました。この店名は「Bonnie & Clyde」のもじり。つまり、「俺たちに明日はない」の。背中を見せているのが店主さんかなあ。せっせと調理し、serveしていた女性はその男性のお連れ合いのようだったけれど、どうでしょう。二人が「Bonnie & Clyde」に憧れての命名なのでしょう。 おいしかったですよ。竹炭がバンズの生地にしっかり練り込まれていて、ゆえに真っ黒。ただ、Americanなはずなのにサイズは小ぶりでした。 写真のスクリーン前のテーブルにこの後親子連れが座りました。常連ぽかった。ご両親は60歳くらいかなあ。娘さんは帰国子女風で、店内に流れるアメリカのジャンルレス風ないしやはり(?)ヒップホップ系の歌に合わせて口を動かすのを見て「間違いない」と。いやあ、いい感じの親子だなあと感心しきり。私を除き、店にいる人みんな「They've got a lot of aura!」っていうことで、肩身が狭かった。 * 柴田淳さんのことは、昨日も書いたように、全く寡聞にして存じ上げないシンガーでした。どういう方なのか調べたら、なんと世田谷区出身とのことで、さらにもっと調べると「祖師ヶ谷大蔵」で生まれ育ったと!祖師谷なのか砧(大蔵方面)なのかはありますが、なにしろ親近感が募りました。 Bruce Springsteenが反トランプで活動し、所属するSony Music傘下のColumbia Recordsが「大統領個人を誹謗中傷するな」などと声明を出すなんてありえますか? 私もpeace and loveを叫ぶシンガーの端くれ、その信条からの行動についてレコード会社からストップがかかったり、非難されるなんて本当に信じ難い。許し難い。

抗議対象が県知事「個人」であるはずがないだろ!

Victor Entertainmentが、柴田淳さんが齋藤兵庫「県知事個人を誹謗中傷する」「発言」を「した」とのことで彼女とその事務所に「強く抗議」した。 私事だが、2007年、所属していたSMEの1レーベルが2年で解散となってしまうという大計算外のことが起こって、G String最後のシングルは、当時の我が音楽事務所のおかげを以てVictorから「ワンショット」でリリースしていただいた恩義はある。しかしこのビクターの<強い抗議>はあまりの筋違いで、大いに驚くと共に悲しくなった。 「県知事<個人>」とはどういうことだろう。<県知事として>公益通報者保護法に抵触する可能性がある判断をして通報者の県民局長を探索、処分したことを柴田さんは非難したのであって、知事<個人>のことを誹謗中傷などしていない。 齋藤知事支持者や擁護者からそれこそ誹謗中傷されることを覚悟で知事への抗議活動を行なった柴田さんの個人の自由、思想信条の自由を認めないとでも言うのか。 それは「おかしいことはおかしい」と言うことすら制限されるという世を作らんとするかのようであって、音楽というまさに自由精神に基づくものを商う会社として不適切にすぎる認識だ。 そして柴田淳さん・・・私は全くその存在を知らなかったけれど、心から応援したい気持ちでいっぱいだ。 以下英訳 Victor Entertainment strongly protested to Ms. Shibata Jun and her management office, claiming that she had made statements that "slandered and defamed the Hyogo Prefecture Governor personally." By the way, this is my personal matter, but back in 2007, the SME label I belonged to suddenly disbanded after just two years—a completely unexpected development. Thanks to my music office at the time, my final G String single...