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I'll Go and Stop the War

https://www.youtube.com/watch?v=bmM9W7A79Bg 雪の中(積雪は6センチを超えた)投票してきた。子連れの若い人が目立った。好ましいことだ。どのくらいの投票率になるのか。 Mooさんは「『(高市氏が)何か期待に応えてくれる』などという幻想は、投票日が近づくにつれて崩れてきているのだが、果たして投票行動に表れるのかどうか。無理だろうなあ」とのことで、自民・維新の勝利に終わるだろうと予測されているよう。私も同じように悲観的だし、開票結果を知るのが恐ろしい。 与党支持がどこの党よりも大きいのなら、それは相対的なこととはいえ最大多数の民意として受け止めねばならない。有事法制があるからと台湾有事には出兵(正確には自衛隊員を投入)し、いよいよ平和憲法を変え、原発を何事もなかったかのようにフル稼働させ、また裏金議員を事実上許し、これから同様なことが起こっても不問にする先例を作り、またさらに中国を敵視ばかりし、トランプ腐敗政権と蜜月関係だなどと吹聴し、さらにさらに安い円を野放しにするのを容認するということなのだ。私は死ぬほど嫌だが、その<民意>で国会が動いていくことに直接にはどうすることもできない。 Mooさんは傘寿を迎えてもなお今住む長野県池田町の将来のことを真剣に考え、正確な資料を基に提言を続けている。来世など信じないMooさんが、己のいない世などはまさに知ったことではないはずなのに、後進の人々のことをいつも慮っている。 私はソクラテス(プラトン『パイドン』)流に魂の不滅を、というより、まさに古神道の<こころ>を信じているから、将来のこの国を案じずにはいられない。 台湾有事でアメリカ軍が何かされたら同盟国として放っておけないと言った高市氏の発言をどれくらいの国民が知っていて、その意味の重大さに気づいているのだろうか。アメリカについて行って、犠牲は主にアメリカ兵であって、同盟国軍は尻込みしていたというようなことを言い放つアメリカ大統領が現に存する今だ。自衛隊員が同じ屈辱を受けない保証はない。中国と完全に戦闘状態に入って、一体あの強大な国にどうやって対抗するというのか?

戦争をとめてくるね

  世田谷区は積雪3センチというところでしょうか。久しぶりに「異界」となって、日曜ということもあり、冬タイアが間に合わずということかクルマが全然走っていないがゆえ、そしてほとんど誰も歩いていないがゆえのこんな静寂は上京以来初めてかもしれない。 この投票日の気象的なありさまは、事実上白紙委任状を自分にくれと訴えて、最も寒い2月に選挙を性急に実施した首相の思惑通りなのか? 少なくとも、今、彼女は関係は一切ないと言ったあの韓国発の宗教団体とつながりがあったし、また、政治資金規正法違反の疑いもかけられている。そんな人がここまでのフリーハンドを持ちながら一国のトップにいることを国民は恥じなければならない。 Twitterでは「ママ戦争をとめてくるね」という母親たちの投票を呼びかけるハッシュタグが広がっているらしい。救いだ。「台湾有事」で日本は戦うと言い放ったのはこの女性宰相なのだ。大袈裟でもなんでもない。女性のみなさん、どうか悪天候、雪にめげず、あなたの子や孫のため、投票をしてください! もちろん心ある女性たちにのみお願いするのではない。心ある、知性あるみなさまにぜひ行動をとっていただきますよう衷心より訴えます。

断を下せ!

下品で、不勉強で、人種差別主義者で、misogynistで、障がい者を馬鹿にし、小児性愛者で、恒常的な嘘つきが、<今>アメリカ大統領である事実になぜアメリカ国民は断を下さない。本当に信じられない。こんな<現代>に生きているなんて、どんな罪の報いなのか。 こんなヤツに支持されて悦に入っている「元米国議会立法調査官」だった、英語が死ぬほど堪能なはずの早苗さん、あなたはヤツのSNS投稿を読んでいますよね? あなたはヤツと同類ですか?

Henriくん、おめでとう

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探梅とは、早咲きの梅を、春到来をいち早く感じたいがために探しまわることとされるけれど、私は梅のほのかな匂いを嗅ぎとって、さてどこにその梅が咲いているかを探すことだと独自解釈していた。 * 主要紙はみな自民党勝利ないし圧勝を予言している。ハハハ。何をか言わんや。 * 今日は関根安里くんのお誕生日だ。今年は奏で合えるといいな。  

「昨日春立って」雑記

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  故・石原慎太郎氏が都知事時代、彼の最大の功績がPM(粒子状物質)を排出する車両を規制する2001年から施行された条例を出したことだ。上は昨日の砧公園の梅、真っ青な空に映える。東京を中心とする首都圏(1都3県)の人口は3千7百万人であり、そんな世界最大規模の密集地の空がこれだけ青いのは奇跡的ですらある。むろん石原さんだけの功績ではないけれど。 東京は冬場特に空気が澄む。季節風が絶えず吹いているからだろう。それにしても、昨日は私、「なんて澄んだ空だ!」と本当に叫んだほどだ。 * 朝の砧公園には近隣各所の保育園児童が保育士さんたちに大勢連れられて入ってくる。保育士さんたちは圧倒的に女性で、子ども好きだから当たり前なのか、柔和な表情の人ばかり。すれ違うとき、私が園児たちに目を細めていると、保育士さんたちはまず例外なく「おはようございます」と言ってくださる。 園児たちの未来が平和な世の中で展開されますように! * その園児たちが落ち葉の上や芝生の上で戯れている横で、大きな常緑広葉樹をしみじみ眺めていた。遠くからはクスノキかとも思えたけれど、樹下には無数のドングリ。その木なんの木気になる木、となって検索をかけようかと思っていたら、最近設置された立て看にドングリがなる樹木についての情報が書かれており、葉っぱの形状、またもちろんドングリの形状からそれがアカカシであることが分かって、気も晴れた(笑)。 ドングリを成す樹木にはアカカシのように常緑のものや落葉するものもあって、代表的なのはコナラやクヌギだ。この「子」たちの新緑や紅葉はすばらしい!常緑、落葉、どっちもいいよね。なお、 ドングリ(acorn)を成す木はほぼ全てブナ科の木だ。

やはり「和顔愛語」

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誰もが知っていることだけれど、言葉は因となり果となる。行為と同じだ。「言動」と一括りにするのはだから正しい。しかしみなこのことを知っていても、吐かれる言葉は無形だから畢竟無いも同然だと思ってしまう傾向があろう。例えば、ひどいことを言ってしまっても撤回できると思っている。あるいはもっと卑怯なことには、言ったこと自体を否定できると思っている。 そうはいかない。 善因善果という仏の教えは尊い。善い言葉を放てば、いずれ善い報いが来る。逆もまた真。 著述家菅野完さんが昨日大阪でトークショーをいわゆるライブ・ハウスで仲間と催したそうで、立錐の余地もないほどの客入りだったそうだ。これまたいわゆる「ワン・ドリンク制」で、客は最低一杯の飲み物をオーダーせねばならない。 トークショーの冒頭、菅野さんの目の前数十センチに位置した「おっさん(60歳から70歳代らしい)」が、その「ワン・ドリンク」が遅々として手元に来ないことに腹を立てて、「俺のウーロン茶まだ来ぃへんのか」と言い、店の人が丁寧に謝っているにも関わらず、「はよせぇよ、アホ!」と言い放ったというのだ。菅野さんは瞬間猛烈に怒り、「金は返すから出て行け」とその御仁に2分間ほどそれだけ超至近距離でドヤし続けたそう。 「和顔愛語」は私が座右の銘として毛筆して部屋に貼ってある「大無量寿経」の言葉。和やかな、穏やかな表情で愛ある言葉を発することを教えている。亡き紀野一義先生の御本で学んだ。 「おっさん」は追い出されても文句は言えない。しかし追い出した菅野さんもきっと「 金は返すから出て行け」の後に「ドアホ!」と、いつも彼が気に食わぬ言動をした人間に吐いているように言っているはず。そこで、どっちもどっち。 私も 「和顔愛語」を座右の銘にしているからといっていつも実行できているはずはない。できていたら私は菩薩に近い。できないから毛筆して部屋に貼っているのだ。 それでももちろん常に 「和顔愛語」できる者でありたい、あらねばと思っている。

引退

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世田谷通り、砧3丁目側から撮った。反対側は、写っていないが、国立の成育医療研究センターで、元は国立大蔵病院、さらにその前身は陸軍第二病院で、亡き父が一時期入院していた。 30年前、大阪でギグがあり、2泊したのだったか。帰京してここを通ったとき、私はしみじみと「This is where I belong!」と心の中英語で叫んだ。当時は狛江市東野川2丁目に暮らしていたが、東名の東京用賀インターで降り、世田谷通りに入ってから、たった2泊3日の旅であっても、幼い娘が待っている狛江に帰ることが待ち遠しく、この写真の辺りに来て「MNEMO圏」に入ったという実感があったのだ。ここから太陽の方向へおよそ5キロほどで我が家であった。 * https://www.youtube.com/watch?v=p4tSCtwIJMI アゼルバイジャンというカスピ海西に位置する国がある。9割以上がイスラム教徒の国だけれども、世俗主義的で、そう厳格ではないそうだ。それゆえか、上のようなオーケストラが存在する。 演奏しているのは芥川也寸志さんの「トリプティーク」で、見事なものだ。4年前の演奏らしいけれど、「コンマス」が演奏が終わって泣いている。おそらく最後のコンマスとしての演奏だったのだろう。 きっと彼は私と同世代、もしかすると同い年かもしれない。一線を引く・・・そのときの<絶奏>が「 トリプティーク」とは! 彼はオーケストラの内規だかで一定の年齢で引退となったのか、それとも、そうではないが後進に道を譲る時が来たと考えたのか・・・またそれとも、これ以上演奏力を一定レベルに保つのはむずかしいと考えたか。 身につまされるな。