縁なき衆生は
『銀河鉄道の夜』で、3次元世界にいるジョバンニの方が4次元世界にいる者たち、つまり死者となった者たちと違い、「どこでも行ける」という趣旨の記述がある。 「逆だらう」と私は舊假名遣ひでつぶやき、賢治さんはいわゆる幽霊を見たことがないのだな、と思った。 花巻市内を宮沢賢治記念館から望む 賢治さんが科学の人であったのはよく知られていること。そして同時に敬虔過ぎると言ってもいいくらいに法華経に帰依してもいた。日蓮宗は霊魂の存在を認めているようだが、賢治さんはどう思っていたのだろうか。 私にとっては、銀河鉄道に乗るカンパネルラたちこそが「どこでも行ける」霊魂であり、第4次元、すなわち時間軸(?)上も碍するものなく移動できる。 そうじゃなきゃ、私が17歳のときの経験が説明できないのだよ。 「そんなの気の迷い」、「え?担任教師も含めて6人で見た?集団催眠状態だな」、「たとえ見えたとしても、それは何らかの物理的現象であって」・・・。 そういう解釈をする人は、それでいい。