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Gmの哀切

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震度5クラスの地震が連続して各地で起きていますね。大きく揺れた地域の方々にお見舞い申し上げます。「今度はこっち」と思って警戒を怠らぬようにしたいですね。 * 久しぶりにBeatlesの「A Hard Day's Night」というアルバムに入っている Anytime At All を聴き、胸が熱くなったのです。 If you need somebody to love / Just look into my eyes という歌詞のいわゆる「Aメロ」で、D→F#m→Bm→Gmというコード進行となりますが、このGmの響き(部分転調)の哀切に涙腺が緩むのですよ。「eyes」のところで響く和音です。「愛する人が要るならただ僕の目を見てくれ」と。その「目」はGmの響きなのです。なんじゃそりゃ、というところですけれど、拒まれることをも予期する目なのですよ。拒まれたらどれほど自分が傷つくかを恐れる気持ちが眼光に恐懼と寂寞の色を萌すのです。 この歌詞ならメロもコード進行ももっと浮ついていておかしくはない。しかしJohn Lennonは、自称「jealous guy」で、そして生まれてこのかた愛する人とは縁が続かない人生だったから、愛を訴える目に哀切の彩りを湛えてしまう人だったんです。 私が中2の頃、この歌を最も頻繁に自室で歌ったものです。13か14の少年であっても、この「Gmの哀切」はなんとなく分かっていたんですねぇ。 https://www.youtube.com/watch?v=WuB7F-gRdJo  

まずは無理せず

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  もう落花してしまう庭のハナミズキを撮っておきました。今年もありがとう。 * 昨夜がっちゃんと飲んだわけですが、冒頭スティックと佐々木聡作くんから「よろしく言って」というメッセージがあったと知らされ、とてもうれしかった。スケジュールが合うところで、ぜひ奏で合えたらいいですね。早めに「コヤ(venue)」との交渉をしたいと思っています。頭にあるのは地元砧に在る小さな店。貸切で動員をほとんど気にしないでいいところなのです。 がっちゃんが言うように、「まずはゆる〜くやってみましょう」ということで。 で、少なくともそれまで世の中が無事でありますように!

霜月か師走にライブ演奏

 がっちゃんと楽しい2時間半を超える<懇談>をしました。 いろいろ話す中、11月か12月、がっちゃんとスティック、聡作くんという元G Stringメンバーたちとちっちゃなコンサートをやりたいと私が言い、もちろんがっちゃんだけですが、了承をいただきました。これから具体的な案を練ります。 このブログの少ないreadersのみなさまの中、ご興味ある方はご期待ください。 梅一輪2合、生ビール中ジョッキ1杯で十分酔いました。 おやすみなさい。

アーティストは須く・・・

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  狛江市東野川に暮らしていた頃の五月か六月だったか、コンドミニアムの4階にあった我が家の玄関から、眼下の都道を挟んだあるお宅の庭に咲く柘榴の花が目に止まり、その朱色と緑の組み合わせ、あるいは対照は、花木数ある中でも群を抜いて美しく、以来大好きになった。もうまもなく咲き出すね。 * Mooさんの最新記事に私の文章の一部が引用されている。 https://moo-new.hatenablog.com/ そのことよりも、岩手・大槌町の火災(お見舞い申し上げます)について氏は書かれており、井上ひさし氏の「吉里吉里人」への言及があったことに触発される。 某YouTuber著述家が昨日その井上ひさし氏のことをケチョンケチョンに言っていたのだった。うろ覚えながら、「DV男」だとか、ミソジニー関連のことでの猛批判だった。その著述家と井上氏との直接の付き合いはなかったはずだから、井上氏のお連れ合いだった方とその間に生まれた娘さんの証言に基づいてのことだろう。さらには坂本龍一氏についても、その女性関係のだらしなさについて唾棄するように語っていた。いずれもリベラル、左翼の旗頭的存在がいかに実態的にはダブルスタンダードの持ち主であるか、というような文脈での話である。 こういうのを「キャンセル文化」と言うらしく、それは「左派メディアが<都合の良い人物>の過去問題をスルーし、他者を厳しくキャンセルする二重基準」に基づく、と。 まあね。愛だ、平和だと言う者が、実は私生活では闇を抱えているというのはあるよね。John Lennonだってそうだし、「Peace & Love」を挨拶の言葉にしているRingo Starrだってそうだった(今は安定?)。 その闇を抱えてしまうこと自体を擁護する気は全然ない。私も、その点においてはグシャグシャなところが<あった>。情けないし、ずっと疚しさを感じてきた(現在完了・継続)。だから、これから書くことは正当化を図る弁明ではない・・・ 井上氏や坂本氏のような高名な作家や音楽家と私を同列にするつもりはまずないと断りつつ、またその才能の多寡を措いておきつつ、そういう藝術方面に身を置く者が世間様から決して褒められぬ、いやそれどころか、世間様から指弾されるような対・異性との関わり方をしてしまうのはほとんど「intrinsic nature」だと言える(英語...

ただの雑記

毎日よく書くね、あるいは、書くことあるね、感心する・・・と、本当には感心されてなくて言われてそう。(笑)「そんなにあなたの記事更新を楽しみにしている人がいるの?」「いいえ、いいえ、微々たる閲覧者数ですよ。」「それでも?」「第一義的には娘と孫への大きな意味での遺言ですよ。以下、備忘録、そして思考力衰退防止作文練習として書く。もしどなたかが私の<作文>を楽しみにしてくださっているのならそれは僥倖。」 * 1950年代末に生まれ、まさか戦前のような政治状況、世界情勢を今目の当たりにするとはちっとも思っていなかった。国内では平和憲法をなし崩しにしていく勢力の跳梁、世界では超大国、しかも「自由主義陣営のリーダー」と言われたアメリカにヒトラーに擬えてもおかしくない錯乱した、邪悪な大統領が登場、国際秩序、世界経済を撹乱し、核戦争まで危惧されるなんて。 * 脳の老化防止は、上で書いたようにここで作文すること、そして英語の文を音読すること(今、Geoff Emerickの『Here, There, and Everywhere』を再読中)、さらに木金の高校生への英語指導で毎回の復習テストと独自の教材を作ること、そしてそれらに基づき授業をすることで図っている。将棋もその中に入れたいが、ヘボなまま。 * がっちゃんと明後日飲む。業界の一線で活躍するプロと付き合えることの喜び、だ。鍛錬を怠らぬからこそのプロ、がっちゃんならギターを愛し抜いているからこそそうできるのだ。私も高校生への英語指導についてなら現役のプロだ。英語を愛していると心から言える。歌?もちろん。それはもう、チビすけの頃から、歩くことと同じくらい当たり前のことだ。公に活動はしていなくとも、私はsingerです。 さて、高校生とまた英語世界を味わいましょうか。

「靖」は「静かに立つ」・・・そうあれ!

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  殺傷力がある(そりゃあそうだ)武器輸出を閣議決定で解禁という恐るべき節目の日、大分で自衛隊員が<国産>戦車の砲身破裂で3人が亡くなり(合掌)、1人が重傷を負った(お見舞い申し上げます)。それなのに高市閣下サマはXで触れるだけ、夜は衆院予算委員会の与党議員と飲み会をしたそうだ。 「私が首相になれば靖国参拝をする」と言っておられた閣下は、きっと「諸事情」で見送られたそう。食料品の消費税2年ゼロを公約して現在反故にしているけれど、それも「諸事情」があってのことであろう。 靖国神社は私の都心在住時、大好きな北の丸公園へ最短距離で行く際に必ず通るところであった。漱石先生の小説にも当時の「(東京)招魂社」という名で何ヶ所か出てくる。戊辰戦争時、「賊軍」とされた會津藩など新政府軍と戦った兵士たちはその魂をこの神社には招かれなかった。西南戦争もお上に弓引く行為であり、西郷隆盛も合祀されていない。 写真に映る銅像は大村益次郎(村田蔵六)のもの。彼は周防(長門ではなく)の村医者の子で、士分ではなかった。しかし大変な秀才で、大坂(阪でなく)適々斎塾で蘭学を学び、兵学に秀で、木戸孝允に高く評価され長州藩士に引き立てられた。戊辰戦争でも名を上げ、新政府では陸軍の基礎を築いたが、軍組織でも「四民平等」を貫いたため旧士族の反感を買い、何と同じ長州藩士らに襲撃され、のちに敗血症で亡くなった。 ・・・私は境内を歩くことも何度もあった。そのたび、會津人としては心境複雑だった。ここでは會津は今でも賊軍の国なのだ、と。(ただし、禁門の変=蛤御門の変で御所を守った會津藩士たちだけは天皇(=孝明天皇)を守ったということで神様になっている。ふう。) 亀井静香氏や石原慎太郎氏ら(中曽根元首相も)が2016年に当時の靖国の宮司、なんと徳川慶喜の曾孫である徳川康久氏に上記「賊軍」兵士も祀るべきだと進言したが、結局曖昧なこととなった。 「国のために死んだ」人が祀られる神社なら、当然大分で命を落とした自衛隊員もそういうことになるだろう。立派な「官軍」兵士だ・・・あ、兵士と言ってはいけない、隊員だ。そんな<殉国>事案が発生した当日に、「最高指揮官」サマはただXで事実だけ記し、夜は飲み会とはどういう神経だろう。 さて私はもちろん(!)国に殉ずるような人間ではない。「国」など為政者によって転変するものであり、「殉ず...

もう晩春、でもそう嘆かずに

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世田谷区の区立公園(砧地域では大蔵運動公園)では4月初旬から鯉幟を春風にそよがせる。撤去は立夏ということになるわけだ。上の写真は2年前の玉川野毛町公園のもの。 おいおい、ではありませんか。ちょっと前にお正月で雑煮を食べていたって感じ。もう立夏の話ですよ。1年の三分の一がもうすぐ終わってしまう。 え?充実した4ヶ月だったか?さあ、どうでしょうね。そんな日もあったし、大抵は平凡な日々だったんじゃないですかね、振り返ってみると。 え?そんな充実感のない日々をたくさん過ごして余生が勿体なくないかって?「もっと、もっと」って充実感を求める生き方は・・・還暦前くらいまではそうだったかな、気ばかり焦る感じでね。 「いやあ、今日も精一杯生き切ったぞ!」などという生活を今求めてはいないですね。怠けの言い訳?いや、そうじゃなくて。還暦すぎた者にとって怠けって何ですかね、って問いたいくらいです。(MNEMO、居直ってんなあ。) 先日書いたでしょう?パスカルの至言、「すべての人々の不幸は、ただ一つのことに由来する。それは、部屋の中にじっとしていられないことである。」え?今はTVだのネットだので十分じっとしていられる?時代が違いすぎる?でもそうやって部屋の中にずっといたら、人間て文字通りと言いたいくらい<腐る>。 今の季節なら、清々しい春風が吹く晴れの日に外に出ないなどあり得ない。だから私はちゃんと外出します。ただ、パスカルの言うように「不幸」になるために出るのではない。昔、若い頃は、外出するとなったら大抵の場合人間の付き合い上のことなど何かしらの目的がありました。しかし今は本当に<純粋に!>春風に吹かれたくて出る。まだ暑過ぎない晴れの日を楽しみに出る。それ以外の目的はないんです。それが「不幸」の種であるはずがない。家にいることが多いけれど、ちゃんと外界にある自然がくれる幸福の種を見つけに行くときは行く。そういうことがすなわち年老いることならそれでいいじゃないですか。 そんな境地を歌にしたいな、とは思っています。まもなく会うがっちゃんとその辺りの話をするつもりです。大望などなし。いや、今の境地を歌にできることが大望ならそうだけれどね。