ウ!
野川を<遡上>する川鵜の群れ。「カワ・ウ!」と、いつもこの子らを見るとマンボ調で言ってしまう。 カワウやウミウはかつてペリカン目とされてきたけれど(私もそう信じてきた)、近年は分子系統学の発展でカツオドリ目と改められた。最近縁のヘビウから分岐したのは、約2800万〜3200万年前の後期漸新世だったらしい。ウたちは、一体どれほどの時の長さでこういうことをしてきたのかと上の写真を撮ったときに思ったが、途方もない時の長さだった。現生人類は発生してたかだか30万年、桁が違う。 Richard Dawkinsに拠れば、生物はみな利己的遺伝子の乗り物だけれど、その<遺伝子のために>生きて死ぬなどというアイディアには到底賛同できない。たとえ「vehicle」であっても、乗り物には乗り物のlifeがそれぞれにあり、それぞれの完結の日を迎えるのだ。 「La lutte elle-même vers les sommets suffit à remplir un cœur d'homme. Il faut imaginer Sisyphe heureux. (頂上を目指す苦闘そのものが、人の心を満たすのに十分だ。シシュポスはきっと幸せだったに違いない。)」 カミュが『シーシュポスの神話』で書いた一文だ。「徒労」であっても心はそのプロセスの中で満たされることがある。ニヒリズムに陥るしかないような日々であっても、そんな人生が永劫に回帰しても、「Ja!」と<言うしかない>のだ。 ね、Friedrichさん。