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英語の歌詞なんて「イキフン」でいいんだよ

  Mooさんによると安曇野は台風一過となって暑くなったそう。東京は今雨は止んで、空気は湿気はあるものの冷たいと言っていいでしょう。昼には我が(!)野川と仙川にlevel 4の警報が出たりしていました。我が家はその2河川も含めた多摩川水系が造った河岸段丘上に在るので、洪水などはまず心配ありません。また段丘の際でもないので、土砂崩れなどもありません。怖かったのは風ですが、今回は何事もありませんでした。 そのMooさんの台風一過写真を見て、下に目線を移すと、「ことば」の塊、すなわちスタンザらしきものがあって、「MNEMO」の文字も。 はっきり言って転載するのもつらいのですが・・・ 愛はCry 泣いて泣き続けてそれでも Never can stop my heart 忘れられない あなたが好きだから 愛はCry 誰にも言えなくてそれでも I say my life for you あなたが すべて 私には あなただけ 某日本を代表する技巧派の歌手が歌われたとある楽曲の歌詞の一節。作詞者の名は出しませんが、これで飯を食ってきたのならゆるい業界ですなあ。 Mooさんは「I say my life for you」に引っかかったらしいのですが、私はまずいきなり「愛はCry」にほとんど絶望的言語センスのなさを感じました。「愛は泣く」ということなら、「愛はcries」ですが、それじゃ<文法に縛られすぎてダメ>とかおっしゃるか。大体副助詞「は」なんか要らないしね。「愛cry」にすれば「I cry」に通じてまだ納得がいくけれど、全然感心しない。「愛は泣くこと」という意味なら「愛はcrying」だし。もしかして「愛は暗い」のダジャレ?寒いし。 「Never can stop my heart」でまた絶望。主語はどこ?Neverで始めたらNever can I stop my heartという倒置構文にしなければ。「I can never stop my heart」でしょうよ、普通は。また「stop my heart」って何?「心臓を止める」?「こころを止める」ってこと?どういうこと?まあ、英語には「My heart goes out to you(など)」という悔やみや慰めの表現があるけれど、「心が出て行く」と言えるなら「止める」こともあり得るだろうってこと?で、「止められない...

12.12 Gig Reminder 2

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  もう15年前とかになりますか?写真データはもうない複製なので・・・。左から治雄ちゃん、がっちゃん、スティックです。右の人物はスタジオ・オーナーでエンジニアのKonさん。 とにかくこの3人と12.12に奏で合います。 そして5時間の断続的な「音楽会」では、川口功くん主宰のGGJも出てくれることになりました。 https://www.youtube.com/watch?v=1W0AApGwHl4 このバンドにはKもいます。リューマチの彼が、ベースを再び弾ける状態になっていますようにとただ祈る! * そのK、昨日下高井戸での仕事が終わり、MooさんとNさんのタマネギ、そして余っている苦めなドリップcoffeeを取りに来てくれました。ハーゲンダッズを8個もお土産にして。 ひとしきり話をして、台風も接近中ということで彼は帰って行きましたが、荒玉水道道路(砧から高円寺陸橋下まで直通)でスイスイ行ったようで、予想よりも早く帰宅報告のメールをくれました。

水無月雑記 (多分その1)

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Mooさんのタマネギと、向かいのNさんのタマネギを切って混ぜ、そしてMooさんのキャベツを刻んで作った豚肉生姜焼きです。 * 先ほど大蔵運動公園内で撮った東天紅。 この「東天紅」は鶏が夜明けに鳴き出す声を模しつつ、その東の空が紅く染まるひとときを表す和製の句だそうだ。 台風が接近中とのこと。確かに西の空はもうすっかり厚い雲に覆われている。勢力がほとんど衰えないまま近づくというから、みなさま、気をつけましょう! 紫陽花に 雫あつめて 朝日かな(加賀千代女) というような台風一過の日になればいいのですが・・・。

1991年大河ドラマ『太平記』

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NHK大河ドラマ『太平記』は1991年の作品であり、この年の師走に娘が誕生した。それだけでも忘れられない年になったが、私はその頃新百合ヶ丘でも英語を教えており、駅周辺の整備がかなり進んでいて、津久井道(世田谷通りの延長)を挟んだ北側の丘を昼食休憩中に歩いていた多分この季節、つまり初夏に、ドラマで描かれる、本当は厭戦の人であったという尊氏像に感銘を受けて、 When There's No-One Left to Hear という歌が降りてきたのだった。 上はKがeditしてくれたショート・バージョン。演奏は発展的にG Stringになる前のELIXIRで、drumsがスティック、bassが山口じゅんさん、keyboardが佐々木聡作くん、そして名ソロを弾いてくれたguitarの川口功くんであった。録音は一口坂スタジオで、ディレクターは米人Steven Plunkett、ミキサー&エンジニアはイタリア系AussieのJohn(ファミリーネームは失念)であった。 新百合ヶ丘のその丘から北や東を望めば多摩川方面であって、条件が良ければ東京タワーも見えた。戦いの地となった矢野口や分倍河原、関戸もそう遠くない。<自分たちの幸福のために>14世紀に殺し合った人々のことを思ったのだった。 新田義貞が多摩での戦いにおける討幕軍の主要人物となったけれど、尊氏の足利家に比べれば、新田氏は同じ八幡太郎義家の子・義国の流れであっても家格がはっきり劣っていたという。主に足利家が北条氏ともそれなりの交誼があったからで、反面、新田氏は頼朝挙兵時に協力せず、北条氏とも無縁、官位もゼロで実質清和源氏嫡流筋となる足利氏の分家扱いだった。それゆえ義貞は今こそ家運の劇的上昇の機会ととらえ、後醍醐天皇の討幕の綸旨に従ったのだ。そういう野心も痛々しく感じつつ、しかし、もし私が義貞だったらどう動いただろう、などと夢想した。 稲城市矢野口は私のサイクリングコース内にあって、そこで特に義貞の遺子・義興が謀られて殺される戦いがあったと言われたら、そのことを想いながら、川の流れをじっと見続けた日もあった。 (戦史に残る「矢口」は稲城市のではなく、大田区の地区名であり、戦いもそこで行われたのであって、新田神社や武蔵新田もそちらにあるのだし、稲城市矢野口は関係がないとの説が有力だ。私もそうだろうとは思うものの、しかし...

大地さんの演技をまた見たい

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  世田谷区立大蔵運動公園の夜明け ここら辺りを歩いていると、俳優大地康雄さんとしばしばすれ違う。おととい昨日と『警視庁黒豆コンビ』がCSで放送されて、『鬼貫八郎』シリーズですっかり彼のファンになっていた私はまた興奮して見たのだった。『鬼貫』シリーズが1993年から2005年までの13年間18作まで行ったのと違い『黒豆』は2005年から2007年まで3年間全4回しかなく、がっくり。しかし、大地さんの演技が完全に完成されていて、そのうまさに本当に舌を巻いた。 今NHKBSでは『太平記』が4Kリマスター版で再放送されているが、この名作にも若き大地さんが一色右馬介役でずっと出ておられる。 『太平記』1991年の大河ドラマで、当時私は本当にハマった。なぜなら足利尊氏や新田義貞、そして北条高時執権の鎌倉幕府の間の戦いの一部が私が愛してやまない東京・多摩で繰り広げられたからで、特に「矢野口の戦い」は多摩川での戦闘であって、興味津々となった。 『太平記』についてはもっと書きたいが、今回は大地さんがとにかくまだお元気で(74歳という)、その境地での演技がまた見られますようにと祈りつつ、擱筆。

Kよ、俺らは東経139度36〜40分辺りばっかウロウロしてるぞ

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もう十数年前に撮った我が故郷、南を望む写真。立葵が咲いている。ほぼ今の季節。 故郷の町役場(福島県耶麻郡西会津町)は東経139° 38′ 56.29″ に位置する。この東経数値を維持して真南へ、つまり北緯を下げていくと、何と世田谷区に到達する。ピッタリ真南になるのは、新町3丁目(東急田園都市線桜新町駅周辺、『サザエさん』の長谷川町子さんの街)となる。また、私が世田谷区の星として称揚する伊藤匠二冠の居住地弦巻は新町の真北に当たり、つまり私の故郷のピタリ真南と言ってよい。 さて、そこからまた北上すると西武新宿線新井薬師駅付近(139° 40′ 18.8″)となり、K君が住んでいる辺りとなる。私が今住むところは小田急線祖師ヶ谷大蔵駅の近隣で、駅の東経は139° 36′ 33.4″である。つまり東経139度で36分から41分以内に故郷、同経度で世田谷区新町3丁目、伊藤二冠居住の世田谷区弦巻、 私の現在の居住地、 K君居住の中野区上高田が集中するのだ。 さらに何とびっくりするのは、私が狛江に越す前に暮らした杉並区高円寺南は139度38分まで故郷の東経と一致する!また、私が上京して最初に暮らした練馬区桜台の駅(西武池袋線)は139° 39′ 44.7″だ。またさらに、そのときK君は東上線上板橋駅付近に下宿したのだが、そこは139° 40′ 35.1″なのだ!そしてK君が上高田に越す前にそれなり長く居住した埼玉県久喜市栗橋は、駅の位置で言うと139° 41′ 39.21″ なのだ。 なあ、K君、どう思う? * 追記: 経度1度は北緯35度だとおよそ 91,288 メートル、1分は 1,520mくらいだという。1秒は約25mだとのこと。 さらに追記: 私が最も長く暮らした東京都狛江市は駅(小田急線)の座標で言うと、 東経 139度 34分 38.5秒 である。ニャア。

世田谷にある因縁の一角で

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夜明け、世田谷区梅ヶ丘の世田谷中学校近くのLAWSONでうまいcoffeeをいただきつつ撮った一枚。それがどうした?野暮な電線がないここの朝の佇まいが好きなのだ。空が開けているでしょう?そして何より雲が秋を感じさせるようなありさまでうれしかった。去年の夏、よくここで一服したなあ。1年ぶりではないにしろ、朝でも少し動けば暑くなるこの季節、自転車散歩に切り替えたのは去年通りで、まあほぼ1年ぶりとしておこう。 この道の反対側には国士舘高校・中学の立派な建物がある。国士舘は松陰神社(土地は長州藩に属した)に隣接するかのようなかたちで創設された学校・大学だ。吉田松陰こそ「國士」だと言うのだろう。そしてここから少し西進すると、その松陰さんを処刑したと言っていい大老・井伊直弼が埋葬されている豪徳寺が在る。なんという因果か。 誰が本当に国を、日本を、その国民を愛しているのか。本当の「国士」は誰なのか。幕末なら、討幕派だったのか、佐幕派だったのか。まあ、そういう単純な二項対立ではなかったが、大雑把に言ってだ。 今なら? * 今朝未明に出発したpottering、最初は昨日王位戦挑戦者決定戦で羽生永世七冠を破った伊藤匠二冠の住む世田谷区弦巻へ向かった。藤井王位と七番勝負が七月四日から始まる。楽しみでしかたがないが、まずは明後日の叡王戦第5局で勝ち、二冠を維持してほしい。そんな気持ちで弦巻の街中を走った。 * さあ、Review Test作りだ。