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ウ!

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野川を<遡上>する川鵜の群れ。「カワ・ウ!」と、いつもこの子らを見るとマンボ調で言ってしまう。 カワウやウミウはかつてペリカン目とされてきたけれど(私もそう信じてきた)、近年は分子系統学の発展でカツオドリ目と改められた。最近縁のヘビウから分岐したのは、約2800万〜3200万年前の後期漸新世だったらしい。ウたちは、一体どれほどの時の長さでこういうことをしてきたのかと上の写真を撮ったときに思ったが、途方もない時の長さだった。現生人類は発生してたかだか30万年、桁が違う。 Richard Dawkinsに拠れば、生物はみな利己的遺伝子の乗り物だけれど、その<遺伝子のために>生きて死ぬなどというアイディアには到底賛同できない。たとえ「vehicle」であっても、乗り物には乗り物のlifeがそれぞれにあり、それぞれの完結の日を迎えるのだ。 「La lutte elle-même vers les sommets suffit à remplir un cœur d'homme. Il faut imaginer Sisyphe heureux. (頂上を目指す苦闘そのものが、人の心を満たすのに十分だ。シシュポスはきっと幸せだったに違いない。)」 カミュが『シーシュポスの神話』で書いた一文だ。「徒労」であっても心はそのプロセスの中で満たされることがある。ニヒリズムに陥るしかないような日々であっても、そんな人生が永劫に回帰しても、「Ja!」と<言うしかない>のだ。 ね、Friedrichさん。

ただの雑記

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先ほど大蔵運動公園の、東名高速を下に見る西の端で撮った、大方には何のポイントも感じられないだろう写真。ほぼovercastな曇天に、少しだけ覗く青空がポイントなんだけんども。(笑)カミュと同じで、かういふ青空、あっしも好きなんでさぁ、と電線が邪魔しないところを探して撮ったんでござんすよ、えぇ。 * 松井秀喜氏がGiantsの監督に。へぇって思ったなあ。今の日本プロ野球全体やあの読売グループの球団がどんな状態かよぉ分からんさかい、火中の栗を拾うようなことなのかどうなのか、知りまへんけど、彼のことは好きなので、「幸運を」とエール。あんな大打者を、彼がワールドシリーズのMVPを獲ったその年にYankeesは馘にしたのだ。以来判官贔屓。 * 義父の娘が昨日買い物から帰ってきて、「おみやげ」と言い渡してくれたのがTシャツ。「世田谷ライフ」とのデザイン化された文字が大きくプリントされているものだ。私が世田谷暮らしにほぼ満足していることを知ってのことだけれど、あんまり着たくないというのが本音。「砧、成城、用賀、岡本ライフ」というデザインだったらいいかな。「本拠」をもっと絞ってくれれば、という感じ。砧に住み、歩きでも、自転車でも、ほぼ必ず成城か用賀・上用賀や岡本を通るからだ。 過日YouTubeで黒澤明監督の「乱」関連の動画を見たのだけれど、一文字秀虎らが狩りの後の酒宴を野外で催すシーンを撮るところで、監督と秀虎役の仲代達矢さん、そして藤巻信弘役の植木等さんがフィーチャーされているものだった。そして見ているうちにすぐこのお3人はみなご近所さんだったことに気づいたのだ。黒澤監督は成城、仲代さんは岡本、植木さんは最も近いご近所さんで砧の住人だった。 緑多き、大きく言って多摩川のほとりに暮らした・暮らす者同士としての親近感は、強い。たとえ私とは比べようもない偉大なご近所さんであっても。 

大反響するつぶやき

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  数日前の砧公園。日の出直後、ご老人が独り前を歩いておられた。 この方は何を思っておられたか。自分固有の人生史を辿ってきて、早朝の公園を独り歩く。もちろん、「mind-wandering」の状態であって、特定の何かを考えておられたわけでもないかもしれない。 自分はどうなのだ。私も未明や早朝に独り自転車に乗っていたり、歩いていたりする。自分史の一片のことを考えていたり、カラスに近づきつつあって、警戒されているのを意識してその思考が中断したり。社会のことを少し考えていて、どなた様かの家の生垣に朝露を纏い美しく咲く一輪の小さな秋薔薇(あき・そうび、と読んでください)に目を奪われて、「ああ、我、花鳥風月をのみ尊ぶ」と呟いたり。 人類はほんたうに正しい道を辿つてゐるのでせうか 「正しい」って何?そんなことを突き詰めて考えてみようとする。哲学者・倫理学者気取りだ。するとGeorge Harrisonのビートルズ晩期の名作「Old Brown Shoe」の1ライン、「Right is only half of what's wrong」が口をついて出てくる。当時たった25歳の若造が、duality(二元性)を主にインド哲学など東洋思想を研究しだして、東洋思想、特に易の思想に打たれた量子論の先駆者ニールス・ボーア並みに「Contraria sunt complementa(相対立するものは互いに補完する)」という「真理」を知ったのだった。 とはいえ、この歌の詞は多分に言葉遊びからできている。後韻を踏むための、印欧語による詩の宿命だ。先の「正しいとは間違ったものの半分に過ぎない」という面妖なラインの後、「I want a short-haired girl  |  Who sometimes wears it twice as long」などと歌っているのだ。「髪がショートの女の子がいいな  |  で、その子、ときには髪が倍の長さになってもいいな」などと今度は<不埒な>half対twiceのdualityを開陳するのだ。 この曲を私が初めて聴いたのは小6だった時か。シングル『ジョンとヨーコのバラード』のB面曲だった。小学生がオクシモロン(oxymoron=撞着語法)やパラドックスを含む歌詞を鑑賞できるはずもなく、ただただ曲と演奏のすば...

晩秋雑記

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  3日前だったか、世田谷区深沢の駒沢通り、夜明け。家の近くの放射状主要道路は世田谷通りだけれど、それに平行する南のカウンターパートは駒沢通り。駒沢通りは起点が渋谷区広尾で終点が二子玉川の多摩堤通り交差点。つまり多摩川にぶち当たってまっすぐにそれ以遠はいけない。一方世田谷通りは世田谷区三軒茶屋を起点とし、狛江市と川崎市多摩区を架ける多摩水道橋で津久井道となって一応小田急線鶴川駅近くで終点となるわけで、道なりにずっとまっすぐに行けるがゆえ交通量が「世田道(せたどう=世田谷通りの略称)」の方が多いから、とにかく混むのが嫌いな私にとっては駒沢通りの方が好きなのだ。途中駒沢公園も通るしね。 だからどうした。 * 今朝はこれまでより一段と寒くなって、自転車乗りはやめて、薄手のコートを着て歩き出した。青空も少し覗いているところがあったが、ほぼ全天雲に覆われていた。今これを書いている部屋の窓には日光が差している。雲が取れたんだね。 * おととい書いた件の「ライブハウス」などを経営する方のムスリム侮蔑投稿はX上で大きな話題になっている。その方を擁護する、あるいは一部批判しつつも全体として擁護する人の投稿も<散見>されるが、「ハコ」ないし「コヤ」(=両方「ライブハウス」のこと)のボイコットを訴えるミュージシャンたちに抗う音楽人もいて、まあ、その人たちは自由にその場を使い続けたらいいと思う。 <そういう認識の>ミュージシャンたちが集う「ハコ」としてニッチ(niche)を確保すればいいのではないですかね。誰もその権利を剥奪などできない。ただ、音楽とは同じ人間を不当な理由で差別する精神により奏でられるものではない、と私は言うのです。 * あ〜、今日は高3の生徒さんたちとの勉強です。テスト作んなきゃなあ。彼らのため、しっかりしたものをまた作ろう!

EQって、Equalizingのことだろ

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1日2本記事を書くのはなんだか躊躇われるけれど。 朝とは違って、午後から(?)南南西の風が強く吹いて東京は「真夏日」になった。この頃朝焼けばかり見ているから夕焼けもと思って砧公園へ。 昔、若かった頃は夜更かしばかりで朝焼けを見ることは夕焼けを見るのより断然少なかった。そして今や完全にそれが逆転し、「そうだな、朝焼けの方がちょっと好ましいかもな」と思った。 フェイドアウトには終わりの寂しさ、悲しみ、哀愁、纏綿、余韻がある。フェイドインには、翻って、始まりの期待、希望、予感、高揚感がある。 英語に「It dawns on O that SV」という表現があって、これを初めて知った時になんという美しい表現だろうと溜息を吐いた。「dawn」は「夜明け」だけれど、動詞となって「OはSVであることに段々と気づく」となる。「突然気づく」という意味にもなるらしいが、あることが徐々に白々と空が明るくなってくるように分かってくるという意味でしか私は使いたくないし、それがこの句動詞の元々の使い方だろう。 今老境に在って、私はフェイドインが好ましい。フェイドアウトでしみじみしたいというより。 今朝の朝焼け。成城3丁目、不動橋より そんなことを考えて、まだアブラゼミが鳴いているのを確認しつつ、砧公園から離れて家の近くへ来ると、おそらく80歳をゆうに超えているであろう老婦人が道端に倒れている。傍に彼女の手を取りつつも何もできずにいるおそらくご夫君が立っていた。彼女よりもっと老けているように見える方だった。 私はブレーキをかけ自転車を止め、「大丈夫ですか」と声を掛けた。するとほぼ同時に40歳代と思われる男性が同じく「大丈夫ですか」と言いながら駆け寄って来てそのお婆さんに手を貸し、さらには抱き起こした。私はその間自転車上で見ているだけとなってしまった。 老夫妻は男性に何度も「すみません、ありがとうございます」と言う。私は「足を挫いてはいらっしゃいませんか」と訊いたが、老婦人は「大丈夫です」と答えた。 実質何もできなかった私だが、ご夫妻に礼を述べていただき、少し気まずくその場を去ったのだけれど、お婆さんを立たせてあげた中年男性を立派だと思い、うれしい想いもしていた。 家に帰ってXを見ると、「ライブハウス(和製英語)」などを経営する男性が、フランスでの騒ぎの様子を見て「反射的に」ムスリムの人々へのあか...

たなびく青空

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  今朝、成城4丁目の野川端から撮った日の出頃の南の空。 今朝の朝焼けは最近一番の美しさで、成城3丁目の不動橋には老婦人お二人がすでに写真を撮っていた。 さて、世田谷区立図書館から借りた2冊のうちの中島義道さんの著作『人生、しょせん気晴らし』の48ページに、 「八月の荒れ模様の空。ひどく風が吹いている。黒い雲。だが、東の方に、青い、えもいえぬ美しい透明な空がたなびいている」 というカミュの『太陽の讚歌』(高畠正明訳)からの引用があって、昨夜読んで「ああ!」と声をあげてしまった。中島さんはこれが含まれる『手帖(Carnets)』というカミュの二十代の終わりに書いた作品に、何をしようが、何を達成しようが、どう幸福な人生を送ろうが結局「死んでしまうのだ」と致命的なほどに悲観的になっていた頃、出会った。 「こういう文章を読むだけで僕は涙が出てくるほど感動した。なぜなら、カミュのあらゆる文章の背後には『僕はもうじき死んでしまう』という呟きがあり、僕はそれをはっきり聞き分けることができたから」 と中島さんは書いている。 私も、「青い、えもいえぬ美しい透明な空がたなびいている」光景が大好きだ。冒頭の写真に映されているような。 そして私は、中島さんの文を読みながら、「死んでしまっても、その空になれたらいいじゃないですか」と呟いた。先日書いた、良寛の辞世、 形見とて何か残さむ 春は花 夏ほととぎす 秋はもみぢ葉 それを引いてノーベル賞受賞スピーチで川端康成が言った、 自分の死後も自然はなほ美しい、これがただ自分のこの世に残す形見になつてくれるだらう という境地に、やはり哲学者は至れないのかな、と思った。仏教者と文学者なら至れるのだな、と。

挨拶爽やかな隣人

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  けさ、砧公園で撮った朝焼け。 * さっきpotteringから帰ってきて、自転車を敷地内へ入れようとしていると、「おはようございます!」と元気な声が。隣接するアパートの男性住人さんだった。お名前は存じ上げない。けれど、お会いする度に挨拶をくださる、きっと私と同年齢くらいの方だ。私もしっかり、明朗な声で応じた。 彼をお見かけするときはいつも作業服姿で、社用の軽トラックを近くの駐車場にとめており、そちらへ向かう、あるいはそこからアパートへ戻ってくるというタイミングだ。もう年金も出ているだろうけれど、それでは足らない、あるいはただもっと働きたいのか、なにしろ勤勉な方に見える。 アパートはどう見ても築年数30年以上、2階建てのおそらくそれぞれ1DKの4部屋。住んでいる方はみな独身だ。駅から5分だけれど、車通勤だからそれはあまり彼にとって意味がない。朝の6時頃、まだ道路が混雑していないうちに職場ないし現場へ向かうのだろう。 さて、挨拶がきちんとできる人は、それだけで信用に足ると思ってしまう。 もちろんそれだけで全面信用などするのは危険だろうけれど、私には、彼の笑顔から発せられる「おはようございます」が、きっと誠実な仕事を各所できちんとなさる人なのだろうと信じさせるに十分だ。どうかこれからも健やかに暮らしていかれますように! * 今朝のpottering最遠点は世田谷区等々力8丁目、そして帰路に意図せず用賀のPLUS ONE Studiosが在ったところを通った。オーナーであった故・F氏のことを書いたことがあるけれど、彼の生前の姿を思い浮かべながら、12.12が楽しい会になりますようお見守りくださいと念じた。