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奥沢、深沢、野沢

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  かういふ人工の物をメインの被写体にすることが多くはない余ではあるが、それなりの美を見出したからといふのは當然ありつつ、これを基に書きたいことがあるから掲示するのである。 歴史的仮名遣ひは終はりにしよう。(なんでそんな気分になったんだ!) ・・・これは中流以上(!?)の特に女性たちに人気のパン屋、否、bakery、否、boulangerie(ブーランジェリー)の、「Comme'N Tokyo(コム・ン トウキョウ)」である。フランス語には全く疎い私には「Comme'N」の「'」がなぜ要るのか全く分からず「ニャ〜」と写真を撮りながら鳴いていた。これを英語にすれば「Like N」、「Nのように」ということらしいのだが、アポストロフィなど要らない。 Kは私のことをVlogで「N」と言っている。そんなことはどうでもいい。このブーランジェリーの名の「N」は、2019年の国際製パンコンクール「モンディアル・デュ・パン」で日本人初の総合優勝を果たした店主でパン職人の方が師匠と仰ぐ人の姓の頭文字だそうだ。写真にある手書きの店名はその「師匠」自身によるらしい。 だ・か・ら、どうした。 義父の娘は、昨日私が好天の下「Deep Setagaya」と呼ぶ世田谷区内ポタリングに誘うと、「もし九品仏(世田谷区奥沢7丁目)の方へ行くなら、コム・ンに寄りたい!」と言ったのだ。私はその方向へと行くつもりだった。なぜなら、その九品仏に通じる呑川(のみかわ)という小さな河川沿いの道が好きだからだ。呑川は世田谷区桜新町を水源に、目黒区と大田区を通って東京湾に注ぐ。その途中、世田谷区深沢の川沿いの道が特に好ましいのだ。 笑える。私の故郷でもし「奥沢」だの「深沢」だのという地名があったら、ほとんどそこは文字通り秘境だ。ところが世田谷区においてとなると、高級住宅地の名になって、緑多き閑静なところというイメージを与えるのだ! (「奥沢」は裕福な家の「奥様」を連想するし、「深沢」は豪邸に暮らす「深窓の令嬢」に通じるようだ<笑>。) 私は呑川沿いをポタリングしながら、我が故郷「野沢」のことを思い出していた。似たような風景が故郷にもある、ないし、あったからだ。そしてそのことが、私が呑川沿いをポタリングするのを好む理由なのだ。 やがて九品仏(=浄土宗浄真寺)に着くと、義父の娘は嬉々として「コム・...

また来秋も、それ以降も、再会を誓って

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  先ほどの(と言っても1時間くらい前)狛江市の多摩川べりから撮った一枚。遠景の山々は丹沢山系(最高峰は蛭ヶ岳)、その斜め右後ろに雲にほぼ覆われた富士山。こんなにくっきりと丹沢の山肌が見えるのも珍しい。台風一過の澄んだ空気ならではのことだ。 昨夜の台風最接近だが、世田谷区西部では思ったほどの猛烈さはなく、9時過ぎくらいにはもう雨も止み、風も穏やかなものになっていた。それでも関東の太平洋沿岸部はもろに影響を受け、人的被害もあったようでお気の毒なことだった。お見舞い申し上げます。 * 金木犀の花が<こぼれ>始めている。今朝はだからギリギリ狛江市(調布市染地に隣り合う)西和泉の多摩川住宅の垣根になっている我が愛しの金木犀に挨拶に行った。 昔この金木犀のことを記したけれど、また書けば、2016年辺りだったか、私が白内障で目も悪くなり、また当時は原因不明の胸骨や背骨の痛みを抱えていた頃、2011年以来肉親の死も相次いでいて、「私もいよいよか」と覚悟しなければならないのではと鬱気味になってしまったのだ。そんな折、私は爽快な秋の一日にどうしてもと誘われて、多摩川べりを重い足取りではあったが秋の日差しを結局はうれしく受けながら散歩し、さらに芳香にも誘われてこの金木犀の垣根へと足を伸ばしたのだった。 金木犀の開花期は短い。儚さは桜と同じ。だから精一杯咲いて香りを四方へ放っている小さなオレンジ色の花たちの<今>に激しく共感したのだ。そして花たちに声をかけた。「来年も、またその次の年も、その次も、ずっとずっと、会いにくるからね・・・会いに来させてね。」 その<再会>は10年続いている。 感謝しかない。

最大の関心

秋雨前線と台風接近の影響で、もう数日前からずっと雨、雨、雨。そしてこの夕方から深夜にかけ台風本体が最接近するとかで、東京はこの24時間で総雨量が150mmを超えているらしいけれど、これからさらに同じほど、あるいはもっと降ってもおかしくはない。 * 今朝起床して居間へ入ると、義父の娘が大好きなTBSの朝の情報番組を見ていて、ちょうどアジア大会(?)のニュースを流しているところだった。全く関心がないので、(?)なのだ。私は「Panem et Circenses(パンとサーカス)」と呟いて、飲み物を持って書斎へとすぐ引っ込んだ。 偏屈、皮肉野郎、冷笑野郎、天邪鬼、臍曲がりと言われてももう何とも思わんのですよ、ええ。「多少はみんなと話題を合わせなきゃ」なんていう歳をとっくに過ぎてますからねぇ。「畢竟何の用ぞ」とか、「So what?」とかばっかり思うようになっているのです。 姉弟会で故郷・野沢への想いをめいめい語りましたが、私が一番懐旧の情と郷愁が強いようでした。人じゃないんです。環境なんです。山川草木なんです。花鳥風月なんです。雪がちゃんと降る冬なのです。それが融けて道が「ぽんぽんになる」春到来の日なのです。そういう慕わしい自然現象にしか関心がないと言ってもいいくらいになっているのです。もちろん町を町たらしめている人々も大事ですけれどね。 「野沢に帰りたい」と言ったら、義父の娘は笑いながら「ありえない」と小声で言いました。 そりゃそうだわなあ。

昨日のこと

昨夜は姉、次兄(長兄は他界している)とその妻、弟、そして私と義父の娘で食事。場所は横浜中華街だったが、いやはや大変な人出。 横浜の中区とかは本当に東京都心部を凌ぐような洗練された都会だ。U字工事の益子くんが憧れるのはよく分かる。 中華街で食事するのは私は初めてで、仕事で遅れてくる義父の娘とは一緒に来られず、迷うことに。Appleのmapを使ったのだが、慣れず、右往左往。情けない。LAのChina Townを知る弟も横浜中華街の規模の大きさ、入り組む通りの複雑さに驚いていたっけ。 同胞たちはみな元気で、楽しいひとときだった。 なお、心配していた第3京浜や横浜市内のクルマの混雑はなかった。一番混んだのは、行きの環8だった。

Tortoise MNEMO

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  もう一週間くらい前に成城4丁目で撮った東雲。画家になりたいと思わせる色彩。 * 昨日も書いたが今日は横浜で姉弟会。第3京浜を使うわけだけれど、自宅から横浜の目的地まで25kmくらいしか離れていない。「3京」を使えば時速80kmでそのルートの大半をカバーできるわけで、空いていればあっという間の到着となるのだが、どうだろう。 連休初日だし、なじょだべ。 * Mooさんが、戦争できる国づくりを目指す勢力に抗う記事を連載している。頭が下がる。「あの時の無関心がこの不幸につながった」と悔いる人々が出ないように、危険を察知している人が警鐘を鳴らすことの重要さ。 * 「電光石火ち」というシャレがKのVlogのタイトルに含まれていて笑った。思いついたら吉日とばかり実行に移すことはあるときには大事だ。けれど拙速というのももちろんある。年寄りになっても判断がむずかしい局面に立つことがある。 私がこれまでの人生、総じて蝸牛の歩みのような鈍重な生き方をしてきたことを自他ともに認める。それで失敗もし、失敗も避けてもきたと思う。 私はきっと「うさぎと亀」なら亀だろう、一生。 「Tortoise(トータス=リクガメ)MNEMO」であって、「唐突MNEMO」ではない。

長月雑記 3

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  高3の授業がある金曜日は、どうしても準備に時間がよりかかって、taken upされてしまうんです。なんだ、taken upって。「be taken up with O」で「Oにかかりきりになる」です。今日高3生にお教えしました。笑 写真は、そんな状態でも晴れ間が出たから行った二子玉川付近の河原。アレチウリかなんかが繁茂してて見苦しいんだけれども、キクイモのタワーができてて興味深く、パチリ。 * 明日は姉弟会。会場は横浜。混むかなあ。 * みなさんはおいしい、プロの作ったチャーハンを無性に食べたくなることってありませんか?今日、二子玉川への行きやその帰り、衝動を抑えきれなくってね。でも、中華屋さんに入っている時間はないとなって、スーパーで冷食チャーハンを買ったわ。Table Markのやつ、なかなか美味かった! * では、おやすみなさい。

東京、晴れる

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  同日2回の更新はなるべくしたくないのだが、東京は午後久々に晴れて、しかも湿度は低め、明らかな秋風も吹いて最高の散歩日和となった。 砧公園に限らずどこでも、歩く人、自転車に乗る人々の表情が明るく見えた。それは日光が当たっているのだから物理的に当然なのだけれど、心理的にもそう見えた。 Georgeの「It feels like years since it's been clear」という「Here Comes the Sun」の歌詞が自然に口をついて出てくる。もちろん歌いもした。「何年ぶりという感じ」なる誇張表現がぴったりだった。 金木犀に蕾がついていた。 彼岸花があちこちに咲いていた。 ヒグラシとツクツクボウシがおそらく今シーズン最後の歌を歌っていた。 大気のあまりのクリアさに、太陽を1秒だけ見てしまったが、瞼の裏にその残光が何分もあった。 自転車を漕ぎ、秋風に吹かれつつ、「最高だ」と何度も呟いた。