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YouTubersはつらいよ

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上は先ほど撮ったNHK技研遊歩道からの秋空。 今potteringから帰ったけれど、とうとう長袖を着ていても一切汗をかかない日が来た。もちろん自転車で風を切っていればそれは涼しいのだけれど、ちょっと前までは半袖で30分も走れば体が熱くなった。今朝、スタート時はちょっと寒いくらいだったなあ。會津人の私にはなんら問題ないどころか好ましいことなのだけれど。 * 昨日は伊藤匠王座が王座戦第3局勝利。絶妙手「2七香成り」に痺れた。これで2勝1敗、防衛まであと1勝。さて、彼は今期決して好調ではない。A級リーグでは3連敗で未勝利だし、通算成績でも勝率5割くらいではなかったか。大天才藤井六冠の最強ライバルとしては少し不甲斐ない状況にある。今期はあと半年ある。巻き返してほしい。 * 私がよく見る大阪系の<男女関係トラブル解決YouTubers>のチャンネル(登録者数80万を超える)が突如収益化停止の処分を喰らったという。1本の視聴回数が100万を超えるもの多数の人気チャンネルなのに、だ。主宰のS氏は「理由が分からない」と苦笑しつつ、困惑の表情を隠せないでいたっけ。 理由はおそらくまずは「暴力的コンテンツ」と認定されたことだと思う。男女関係トラブルの「仲裁」をビデオで撮っている以上、あからさまな物理的制裁行為はできないのだけれど、怒り出した「被仲裁者」が殴りかかったりしてきたときには、どうしても押さえつけたりせねばならず、制圧行為が過度かどうか微妙な場合ボカシを入れてきたけれど、「被仲裁者」がその場面で「殴られた」などとYouTube当局に訴えたこともあったのではないか。また、「仲裁者」が「被仲裁者」に煽られるかたちで言語上でも相当にひどい単語を使うことが頻繁にあった。そのことで快哉を叫ぶ視聴者は多かろうけれど、眉を顰める人も一定数いたはずだ。 まあ、この手のコンテンツを売りにするチャンネルは、何かしら過激なところ、過剰なところがないのでは目立つはずもなく、そこを責められたかたちではないか。 また、「リアリティー」モノとして分類されるこのチャンネルで、それでも勝手に「出演者」にならされた「依頼者」以外の登場人物の数は累計で相当なものになってきており、たとえボカシで顔は隠された、ボイス・チェンジャーを使ったと言っても、人物特定されてしまった例もおそらく少なくはないのではないか。そのことで...

神無月雑記

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成城4丁目の緑地で実る柿。シルエットが美しかった。「柿若葉」とかを意識していた4月とかからもう半年経ってしまったなあって嘆息を吐きながらシャッターを切った。今朝、夜明け前。 * 昨日午前中に砧公園へ行った。久しぶりの陽光いっぱいの日に、やはり昆虫たちが目立った。蜜や花粉などもうほとんどなくなっているだろうというような萎む寸前の、例えば黄花コスモスに、蜂、虻、蝶、蛾などが次々とやってくる。 偉いな、黄花コスモスさん。雨ばかり降って活動できなくてお腹空かした虫さんたちにありったけの滋養を与えているんだ。 公園南側の木立では、アブラゼミが数匹という感じで鳴いていた。ツクツクボウシは1、2匹か。そして昼でも金属音的で甲高い、気に触る「声」で鳴くアオマツムシが一時の大勢力ではなくなったが、それなりの数がまだいた。この虫、私はいつ頃からその存在に気づき出したか忘れたが、狛江居住時代はほとんど気にならなかった。世田谷区に移ってきてから大いに気になり出し、今や殲滅したいと思うほど嫌いになった(苦笑)。中国から<侵入>してきたのは、少なくとも1898年とされていて、もう1世紀以上日本の秋の風情を乱してきたのだ。 何より、日本の「秋の夜の音」を出す代表選手であるコオロギの声を掻き消すのが許せないのだ。そして本当にうるさい。樹の中で鳴くから、耳にほとんど角度なく入り鼓膜をtweeter状態にする。 まあ、いいや、こんな話。 昨日の砧公園はこれまでで一番scenicでなかった。空が抜けるように青かったのはいいけれど、相棒の雲がほとんど姿を現してくれなかったし、木々の葉っぱも中途半端な<老いよう>で、青空に映えなかった。 あれ、こんな話もどうでもいいや。どうでもいいって、いつもそんなことばっかり書いているよな。おい。

心も晴れる

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  東京は、晴れてきたぞ!台風26号が逸れてきた。 * 今日は「がっちゃん(嘉多山信)」のお誕生日。ずっとギターで食べている、プロ中のプロ。尊敬しかない。おめでとう、がっちゃん。12.12、めちゃくちゃ楽しみです! * 某R君の私へのメッセージ。 「根本先生、 早速ですが、テストの結果が返ってきました。返却されたのは英コミュで論理表現はまだです。 英コミュの結果なのですが、予想していた以上に本当に出来が悪く、自分の不甲斐なさに打ちのめされています😔 私としては、本当に情けないできようで言葉に表せないほどです、 期待に応えられず、すみません 長文失礼致しました、🙇‍♂️」 次は某Nさんの。 「こんにちは。論理表現はまだですが、英コミュのテストが返ってきました。元々手応えはありませんでしたが、想像していたよりも酷い結果でした。テスト自体の難易度もあがりましたが、順位は高くないと思います。本当に先生をがっかりさせてしまう結果になってしまい、すみませんでした。」 健気な二人からの真心こもったことばにうれしくなった「根本先生」です。

心なきドライバー

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  この頃写真を撮っていない、というか、撮りようがない日々が続いているから、また数日前(1週間経ったかな?)のもの。狛江市猪方の多摩川土手道から朝日を望んだ。 * 冒頭は最近、雨の話ばっかり。Kの最新Vlogもそう。日給月給制の彼には死活問題の雨天工事中止。労働基準法26条のことを語っていたっけ。支給金額が微増されるということで再契約するため明大前辺りに在る会社へ雨天というのに自転車で中野から行った彼。カッパを着ていてもずぶ濡れになって、本当にもう、風邪ひいて肺炎とかなるなよって。 * 千葉は本当に祟られている・・・そんなことを言ってはいけないけれど。豪雨禍もそうだし、昨日は千葉市中央区蘇我で3人が亡くなる交通事故が起こった。実は義父の娘が仕事でその辺りに行くことがあるから、身につまされる度合いがそれなり高かった。亡くなった3名の方々は本当にお気の毒だ。合掌。 19歳のドライバーによる雨天時の暴走だ。言語道断。免許取り立ての若者の無茶な運転というのは普遍的かというほどの現象ではないかとも思うけれど、それでも、映像を見ると無茶にも程があるという雨天時の猛スピードでの交差点進入、そして右折レーンへのあまりに急な車線変更。あれでは対向車にぶつかって当然と言うべきほどの無謀運転だ。 クルマをそれなり長距離で運転していると、甚だしい交通法規違反のクルマに最低1台は遭遇する。「あんなヤツがなぜ免許を持てるのか(持っているなら)」と舌打ちして嘆く。自転車による違反はもう無数回というほどに出くわす。クルマと違って「走る凶器」とまでは言えない「車両」だろうけれど、いいや、条件によっては人を殺めうる。 Twitterで、大昔のテレ朝取材のビデオが上げられていた。かなり反響があったものなので、知っている方も多かろう。やはり少年(当時)が無謀な運転をし、ガードレールに車体の左側面が激突、左後部座席に乗っていた少女が意識不明となる(後に亡くなる)。駆けつけた警察や救急の方々に少年は、「俺はいいから、その子をなんとかして」と言うのだ。 その少年が言うべき、最も適切なことばは、「事故を起こしてしまい申し訳ございません。救急の方、来てくださってありがとうございます。私については最後で結構です。その意識を失っている友人の少女をまず救ってください。お願いします」だ。 「なんとかして」・・・お里...

頂上の景色

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  写真は、なんの変哲も無い公園(喜多見ふれあい広場)入口、そして遠景に成城の丘、さらに天文学的に遠い景色として十三夜だったかの月。数日前のこと。 世田谷区と小田急はすばらしい場所を造ってくれたものです。ここにはもう数え切れぬほど来ていて、古くは三十歳代だった自分の<思い>が残っているのです。それがたとえ悲しみの記憶と結びついたものであっても、しみじみ懐かしい。この広い空は、まさに<空>であって、なんでも容れて、なんでも溶かす。 * Mooさんが大学時代のことを語ってくださっています。 https://moo-new.hatenablog.com/archive/2026/09/28 中でもこの一文に注目しました。 「教職についてからは、理学部で学んだことが大いに役に立ったとつくづく思うのです。山の中腹から眺めるより、頂上から見渡す方がはるかに見通しがきくと同様に、学ぶ内容を少しでも高いところから理解し、それを踏まえて子どもたちと接することができた意味は大きいのです。」 そう。Mooさんが学ばれた場は教育学部の数学教師養成の課程ではなく、理学部の数学科です。<数学山脈>のうちのどれかひとつの峰の「頂上」の景色を見なければならない使命を自ら課して4年の歳月を送らねばならなかったMooさんなのです。そう、数学山脈にはいくつものpeaksがあり、それは例えばMooさんのお家から眺める常念山脈のようなもの。その内のこれまた例えば蝶ヶ岳に登頂すれば、常念山脈の他の山々の頂点はおろか、槍ヶ岳・穂高の山々のや、後立山連峰のも見える。条件がもっと良ければ、いわゆる「南アルプス」のも、八ヶ岳連峰のも、そしてなんと富士山のすらも見える。それら全ての頂上には行かずとも、それらが見えるところまで到達した人の視界とその境地は、下界や中腹にいる者にはあくまで想像するものでしかないのです。 トップの専門性を持った人が教師となって、小学生や中学生、そして高校生にその専門領域の基礎部分を教えるというのは児童生徒にとって贅沢なことです。Mooさんの教え子さんたちは本当に羨ましい。 * 東京は台風が通過して土曜日あたりに晴れるらしいけれど、今日降れば連続34日となって、観測史上最長になるらしい(2019年6月27日〜7月29日の33日間の記録がある)。きっと37日連続という新記録が出るだろう。 ...

「お前」が多いほど残る

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  昨日に続いて狛江の多摩川べりから登戸方面を望む写真。違うのは、撮影地点が「五本松」により近いことと、これは数日前のものということだ。 東京はまた太陽の出ない朝だ。雨もポツポツ、うんざりだ。 * https://news.yahoo.co.jp/articles/c99273c1a1ac61bc001b1c20def8cbc1feadaebb この記事、笑っちゃった。おいらが出てゐるぢやないか。 * 昨日Twitterを見ていたら、ある新聞に載った投書の引用があって、『続氷点』で三浦綾子が、「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」と書いているとのことを知った。 大して知らない門外漢もどきだが、私は「え、これマルクスじゃん」と思った。 「食べたり飲んだり本を読んだり劇場やダンスホールや居酒屋に行ったり、考えたり愛したり理論を立てたり歌ったり描いたり剣を使ったりすることが少なければ少ないほど、多く貯蓄できる。……お前が少なければ少ないほど、多く持つ。自分の生命を表現することが少なければ少ないほど、疎外された生命は大きくなる。」〜『経済学・哲学草稿』(1844年)の「貨幣の力」 我がブログを読んでくださっている皆さま、言っていることの趣旨は同じだとお思いでしょうか?私はそう思っております。「お前が多ければ多いほど、お前は没後もより残る」と言っているのだと思うのです。 残ったからなんだ、というのもあります。死んだら知ったこっちゃない、かもしれない。しかし、「生命」の「表現」者は己の表現=「お前」が残ることを望むものなのです。

Loving Mathematician

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  ほぼ一年前の写真。狛江の多摩川岸から登戸方面を望む。秋闌(たけなわ)。 * 今年、東京は今日で連続32日の降水を記録するという異常事態だ。日中晴れた日もあったが、その朝か夜に降雨量が観測されていたのだ。さらに記録が伸びるか・・・台風26号が近づいているらしい。また千葉に大雨が降ったらどうなることだろう。すでに甚大な影響が出ている中だ。 もちろん千葉ばかり心配であるわけではない。東京だってそうだ。 写真の多摩川だって、未曾有レベルの大雨が続けば氾濫する。狛江市も、調布市も、世田谷区も危ない。世田谷区だと、喜多見や宇奈根、鎌田、玉川などの川沿いの低地に住む方々が戦々恐々となる。高台でも、国分寺崖線の際に建つ家々もその地盤の崩落などが十分ありうる。そのうち、私がいつもと言っていいほど足繁く歩いたり自転車で通る成城の3、4丁目や、岡本2丁目や3丁目だ。家の窓から富士山が見えるという贅沢な立地ながら、崖の際に建っているマイナスを抱えている豪邸街だ。まあ、住民たちは大変な富裕層の人々だから対策は万全というところが多かろうが、なにしろ自然は侮れない。 過日書いた喜多見不動堂(成城4丁目2)もまさにそういうところに建っていた(解体はまだされていないか?)。危な過ぎて廃堂となったのだ。 東京はもう雨は当分結構だ。天よ、赦してください(何を?)。 * ここ3日くらい生々しい夢を見ている。淫夢ではない(残念)。現実を相当反映した内容という意味で「生々しい」なのだ。内容は言えないが、3日前のではなんとベッドから転がり落ちた。人生で2回目ではないか。 * YouTubeでなぜなのか、数学関係のビデオが紹介された。なぜかと書いたけれど、私が数理(理数)系のショートビデオを超文系のくせに見ることが多いからだろうと思う。「理学部数学科」で検索すればいくつもビデオが紹介される。全く何を言っているのか分からないのに、数分と言わずそれなり長く見てしまうことがあるのは、もう20年近く前放送大学の数学の講義を見ていたときから変わっていない。 Mooさんが東北大学理学部数学科の卒業生であることは過去に数度記したことがある。人類のおそらく99%以上にとってチンプンカンプンな学問を少なくとも4年間履修してきたMooさんという人は、私やKなどには底知れぬ知性をお持ちなのだとあらためて思う。 https:...