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1993年(平成5年)すら隔世

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今日午前0時頃にまたも砧公園へ。雨を予告する(?)西の空の雲を薄衣のヴェールにして月が昨日よりふくよかになって、少し妖しげに輝いていました。休日ということで、若者がそこかしこにいましたな。しかたがない。 * NHKの昔の「土曜ドラマ」の一作、市川森一さんが脚本の「円谷モノ」をYouTubeで見ました。著作権法に抵触しているはずなので視聴をお勧めはしません。よってタイトルやどこで見られるか(URL)などは書きません(後のWiki引用でバレバレだけれど)。 ロケ地が円谷プロ付近に集中しており、それも1993年頃の世田谷であって、私にはノスタルジアが刺激されるところがありました。なにしろ話の筋がかなり興味深い。沖縄のこと、米脱走兵のことなどが「ウルトラセブン」制作の日々に虚々実々で織り込まれています。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%81%8C%E6%84%9B%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%BB%E3%83%96%E3%83%B3 私が見たのは前後半ある中の前半のみ。世田谷区役所前で女性がタバコの吸い殻を何本もポイ捨てしたり、自転車の二人乗りをしたりで、平成5年放送のドラマであっても昭和の悪しき習慣が<そのまま>描かれていました。さらに沖縄の人々の恨みも大きなテーマの一つとなっていて、これは<今は>再放送されないだろうなと。「NHKのドラマ制作スタッフはパヨク」などと批判殺到が目に見えています。 当時はどうだったんでしょうね。「ケータイ」が普及し始める頃、ですね。ネットはまだ「パソコン通信」の頃でした。 隔世の感。

あと2日ちょっとで5月かえ

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雨が上がった砧公園。 今日午前0時半頃だが、少なくとも数百メートル四方他に酔狂な人誰もおらず。まったく独りであった。贅沢な時間だった。 * 私は地上波TVを全く見ないので、いきおい(?)YouTubeをかなりよく視聴してしまう。凄まじい数があるチャンネルからくだらないものは排除するわけだが、昨日から過剰な日本食文化礼賛コンテンツを片っ端から弾いている。特に、和牛だ、天ぷらだ、寿司だ、とんかつだと食いまくってあまりの美味さに「涙する」海外からの旅行客、それも圧倒的に欧米人を撮った内容のもの。まさにこっちが食傷。ちょっと前まであった(今は見なくなった、banされたか?)、取材する代わりに訪日外国人に高価な食事をさせてやるというビデオの<氾濫>は国辱ものだった。 * 今年は去年に比べ庭の柚子の花付きがいい。去年は本当に不作で、年末恒例だったお裾分けができなかった。今年は大丈夫だろう。 隣家のNさんから今年もサヤエンドウをいただいた。玄関前で育てていらっしゃるのだ。パスタにトッピングしたり、味噌汁の具にしていただいた。最高の食感、味に<涙する>。これは礼賛モノだ! 莢豌豆 つい先日の 花なりし

Gmの哀切

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震度5クラスの地震が連続して各地で起きていますね。大きく揺れた地域の方々にお見舞い申し上げます。「今度はこっち」と思って警戒を怠らぬようにしたいですね。 * 久しぶりにBeatlesの「A Hard Day's Night」というアルバムに入っている Anytime At All を聴き、胸が熱くなったのです。 If you need somebody to love / Just look into my eyes という歌詞のいわゆる「Aメロ」で、D→F#m→Bm→Gmというコード進行となりますが、このGmの響き(部分転調)の哀切に涙腺が緩むのですよ。「eyes」のところで響く和音です。「愛する人が要るならただ僕の目を見てくれ」と。その「目」はGmの響きなのです。なんじゃそりゃ、というところですけれど、拒まれることをも予期する目なのですよ。拒まれたらどれほど自分が傷つくかを恐れる気持ちが眼光に恐懼と寂寞の色を萌すのです。 この歌詞ならメロもコード進行ももっと浮ついていておかしくはない。しかしJohn Lennonは、自称「jealous guy」で、そして生まれてこのかた愛する人とは縁が続かない人生だったから、愛を訴える目に哀切の彩りを湛えてしまう人だったんです。 私が中2の頃、この歌を最も頻繁に自室で歌ったものです。13か14の少年であっても、この「Gmの哀切」はなんとなく分かっていたんですねぇ。 https://www.youtube.com/watch?v=WuB7F-gRdJo  

まずは無理せず

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  もう落花してしまう庭のハナミズキを撮っておきました。今年もありがとう。 * 昨夜がっちゃんと飲んだわけですが、冒頭スティックと佐々木聡作くんから「よろしく言って」というメッセージがあったと知らされ、とてもうれしかった。スケジュールが合うところで、ぜひ奏で合えたらいいですね。早めに「コヤ(venue)」との交渉をしたいと思っています。頭にあるのは地元砧に在る小さな店。貸切で動員をほとんど気にしないでいいところなのです。 がっちゃんが言うように、「まずはゆる〜くやってみましょう」ということで。 で、少なくともそれまで世の中が無事でありますように!

霜月か師走にライブ演奏

 がっちゃんと楽しい2時間半を超える<懇談>をしました。 いろいろ話す中、11月か12月、がっちゃんとスティック、聡作くんという元G Stringメンバーたちとちっちゃなコンサートをやりたいと私が言い、もちろんがっちゃんだけですが、了承をいただきました。これから具体的な案を練ります。 このブログの少ないreadersのみなさまの中、ご興味ある方はご期待ください。 梅一輪2合、生ビール中ジョッキ1杯で十分酔いました。 おやすみなさい。

アーティストは須く・・・

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  狛江市東野川に暮らしていた頃の五月か六月だったか、コンドミニアムの4階にあった我が家の玄関から、眼下の都道を挟んだあるお宅の庭に咲く柘榴の花が目に止まり、その朱色と緑の組み合わせ、あるいは対照は、花木数ある中でも群を抜いて美しく、以来大好きになった。もうまもなく咲き出すね。 * Mooさんの最新記事に私の文章の一部が引用されている。 https://moo-new.hatenablog.com/ そのことよりも、岩手・大槌町の火災(お見舞い申し上げます)について氏は書かれており、井上ひさし氏の「吉里吉里人」への言及があったことに触発される。 某YouTuber著述家が昨日その井上ひさし氏のことをケチョンケチョンに言っていたのだった。うろ覚えながら、「DV男」だとか、ミソジニー関連のことでの猛批判だった。その著述家と井上氏との直接の付き合いはなかったはずだから、井上氏のお連れ合いだった方とその間に生まれた娘さんの証言に基づいてのことだろう。さらには坂本龍一氏についても、その女性関係のだらしなさについて唾棄するように語っていた。いずれもリベラル、左翼の旗頭的存在がいかに実態的にはダブルスタンダードの持ち主であるか、というような文脈での話である。 こういうのを「キャンセル文化」と言うらしく、それは「左派メディアが<都合の良い人物>の過去問題をスルーし、他者を厳しくキャンセルする二重基準」に基づく、と。 まあね。愛だ、平和だと言う者が、実は私生活では闇を抱えているというのはあるよね。John Lennonだってそうだし、「Peace & Love」を挨拶の言葉にしているRingo Starrだってそうだった(今は安定?)。 その闇を抱えてしまうこと自体を擁護する気は全然ない。私も、その点においてはグシャグシャなところが<あった>。情けないし、ずっと疚しさを感じてきた(現在完了・継続)。だから、これから書くことは正当化を図る弁明ではない・・・ 井上氏や坂本氏のような高名な作家や音楽家と私を同列にするつもりはまずないと断りつつ、またその才能の多寡を措いておきつつ、そういう藝術方面に身を置く者が世間様から決して褒められぬ、いやそれどころか、世間様から指弾されるような対・異性との関わり方をしてしまうのはほとんど「intrinsic nature」だと言える(英語...

ただの雑記

毎日よく書くね、あるいは、書くことあるね、感心する・・・と、本当には感心されてなくて言われてそう。(笑)「そんなにあなたの記事更新を楽しみにしている人がいるの?」「いいえ、いいえ、微々たる閲覧者数ですよ。」「それでも?」「第一義的には娘と孫への大きな意味での遺言ですよ。以下、備忘録、そして思考力衰退防止作文練習として書く。もしどなたかが私の<作文>を楽しみにしてくださっているのならそれは僥倖。」 * 1950年代末に生まれ、まさか戦前のような政治状況、世界情勢を今目の当たりにするとはちっとも思っていなかった。国内では平和憲法をなし崩しにしていく勢力の跳梁、世界では超大国、しかも「自由主義陣営のリーダー」と言われたアメリカにヒトラーに擬えてもおかしくない錯乱した、邪悪な大統領が登場、国際秩序、世界経済を撹乱し、核戦争まで危惧されるなんて。 * 脳の老化防止は、上で書いたようにここで作文すること、そして英語の文を音読すること(今、Geoff Emerickの『Here, There, and Everywhere』を再読中)、さらに木金の高校生への英語指導で毎回の復習テストと独自の教材を作ること、そしてそれらに基づき授業をすることで図っている。将棋もその中に入れたいが、ヘボなまま。 * がっちゃんと明後日飲む。業界の一線で活躍するプロと付き合えることの喜び、だ。鍛錬を怠らぬからこそのプロ、がっちゃんならギターを愛し抜いているからこそそうできるのだ。私も高校生への英語指導についてなら現役のプロだ。英語を愛していると心から言える。歌?もちろん。それはもう、チビすけの頃から、歩くことと同じくらい当たり前のことだ。公に活動はしていなくとも、私はsingerです。 さて、高校生とまた英語世界を味わいましょうか。