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ただの雑記

毎日よく書くね、あるいは、書くことあるね、感心する・・・と、本当には感心されてなくて言われてそう。(笑)「そんなにあなたの記事更新を楽しみにしている人がいるの?」「いいえ、いいえ、微々たる閲覧者数ですよ。」「それでも?」「第一義的には娘と孫への大きな意味での遺言ですよ。以下、備忘録、そして思考力衰退防止作文練習として書く。もしどなたかが私の<作文>を楽しみにしてくださっているのならそれは僥倖。」 * 1950年代末に生まれ、まさか戦前のような政治状況、世界情勢を今目の当たりにするとはちっとも思っていなかった。国内では平和憲法をなし崩しにしていく勢力の跳梁、世界では超大国、しかも「自由主義陣営のリーダー」と言われたアメリカにヒトラーに擬えてもおかしくない錯乱した、邪悪な大統領が登場、国際秩序、世界経済の撹乱し、核戦争まで危惧されるなんて。 * 脳の老化防止は、上で書いたようにここで作文すること、そして英語の文を音読すること(今、Geoff Emerickの『Here, There, and Everywhere』を再読中)、さらに木金の高校生への英語指導で毎回の復習テストと独自の教材を作ること、そしてそれらに基づき授業をすることで図っている。将棋もその中に入れたいが、ヘボなまま。 * がっちゃんと明後日飲む。業界の一線で活躍するプロと付き合えることの喜び、だ。鍛錬を怠らぬからこそのプロ、がっちゃんならギターを愛し抜いているからこそそうできるのだ。私も高校生への英語指導についてなら現役のプロだ。英語を愛していると心から言える。歌?もちろん。それはもう、チビすけの頃から、もう歩くことと同じくらい当たり前のことだ。公に活動はしていなくとも、私はsingerです。 さて、高校生とまた英語世界を味わいましょうか。

「靖」は「静かに立つ」・・・そうあれ!

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  殺傷力がある(そりゃあそうだ)武器輸出を閣議決定で解禁という恐るべき節目の日、大分で自衛隊員が<国産>戦車の砲身破裂で3人が亡くなり(合掌)、1人が重傷を負った(お見舞い申し上げます)。それなのに高市閣下サマはXで触れるだけ、夜は衆院予算委員会の与党議員と飲み会をしたそうだ。 「私が首相になれば靖国参拝をする」と言っておられた閣下は、きっと「諸事情」で見送られたそう。食料品の消費税2年ゼロを公約して現在反故にしているけれど、それも「諸事情」があってのことであろう。 靖国神社は私の都心在住時、大好きな北の丸公園へ最短距離で行く際に必ず通るところであった。漱石先生の小説にも当時の「(東京)招魂社」という名で何ヶ所か出てくる。戊辰戦争時、「賊軍」とされた會津藩など新政府軍と戦った兵士たちはその魂をこの神社には招かれなかった。西南戦争もお上に弓引く行為であり、西郷隆盛も合祀されていない。 写真に映る銅像は大村益次郎(村田蔵六)のもの。彼は周防(長門ではなく)の村医者の子で、士分ではなかった。しかし大変な秀才で、大坂(阪でなく)適々斎塾で蘭学を学び、兵学に秀で、木戸孝允に高く評価され長州藩士に引き立てられた。戊辰戦争でも名を上げ、新政府では陸軍の基礎を築いたが、軍組織でも「四民平等」を貫いたため旧士族の反感を買い、何と同じ長州藩士らに襲撃され、のちに敗血症で亡くなった。 ・・・私は境内を歩くことも何度もあった。そのたび、會津人としては心境複雑だった。ここでは會津は今でも賊軍の国なのだ、と。(ただし、禁門の変=蛤御門の変で御所を守った會津藩士たちだけは天皇(=孝明天皇)を守ったということで神様になっている。ふう。) 亀井静香氏や石原慎太郎氏ら(中曽根元首相も)が2016年に当時の靖国の宮司、なんと徳川慶喜の曾孫である徳川康久氏に上記「賊軍」兵士も祀るべきだと進言したが、結局曖昧なこととなった。 「国のために死んだ」人が祀られる神社なら、当然大分で命を落とした自衛隊員もそういうことになるだろう。立派な「官軍」兵士だ・・・あ、兵士と言ってはいけない、隊員だ。そんな<殉国>事案が発生した当日に、「最高指揮官」サマはただXで事実だけ記し、夜は飲み会とはどういう神経だろう。 さて私はもちろん(!)国に殉ずるような人間ではない。「国」など為政者によって転変するものであり、「殉ず...

もう晩春、でもそう嘆かずに

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世田谷区の区立公園(砧地域では大蔵運動公園)では4月初旬から鯉幟を春風にそよがせる。撤去は立夏ということになるわけだ。上の写真は2年前の玉川野毛町公園のもの。 おいおい、ではありませんか。ちょっと前にお正月で雑煮を食べていたって感じ。もう立夏の話ですよ。1年の三分の一がもうすぐ終わってしまう。 え?充実した4ヶ月だったか?さあ、どうでしょうね。そんな日もあったし、大抵は平凡な日々だったんじゃないですかね、振り返ってみると。 え?そんな充実感のない日々をたくさん過ごして余生が勿体なくないかって?「もっと、もっと」って充実感を求める生き方は・・・還暦前くらいまではそうだったかな、気ばかり焦る感じでね。 「いやあ、今日も精一杯生き切ったぞ!」などという生活を今求めてはいないですね。怠けの言い訳?いや、そうじゃなくて。還暦すぎた者にとって怠けって何ですかね、って問いたいくらいです。(MNEMO、居直ってんなあ。) 先日書いたでしょう?パスカルの至言、「すべての人々の不幸は、ただ一つのことに由来する。それは、部屋の中にじっとしていられないことである。」え?今はTVだのネットだので十分じっとしていられる?時代が違いすぎる?でもそうやって部屋の中にずっといたら、人間て文字通りと言いたいくらい<腐る>。 今の季節なら、清々しい春風が吹く晴れの日に外に出ないなどあり得ない。だから私はちゃんと外出します。ただ、パスカルの言うように「不幸」になるために出るのではない。昔、若い頃は、外出するとなったら大抵の場合人間の付き合い上のことなど何かしらの目的がありました。しかし今は本当に<純粋に!>春風に吹かれたくて出る。まだ暑過ぎない晴れの日を楽しみに出る。それ以外の目的はないんです。それが「不幸」の種であるはずがない。家にいることが多いけれど、ちゃんと外界にある自然がくれる幸福の種を見つけに行くときは行く。そういうことがすなわち年老いることならそれでいいじゃないですか。 そんな境地を歌にしたいな、とは思っています。まもなく会うがっちゃんとその辺りの話をするつもりです。大望などなし。いや、今の境地を歌にできることが大望ならそうだけれどね。

「我が愛、言わずとも知れ」は傲慢

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またもや砧公園、昨日の午後の景。NikonとiPhoneのカメラの解像度差などを確かめようと行ったのだった。上に掲げた写真はiPhoneによるもの。ただパチリと撮った。Nikonのは、以下の通り。 どちらも調整をしていない画像。Nikonもオート設定で撮った。明らかに後者が暗めに撮れている。嫌なら調整せよ、ということだ。 * Mooさんの最新記事で、ドイツ語「Diktatur」の訳語についての件(くだり)があった。「プロレタリアート<独裁>」か「プロレタリアート<執権>」か。不破哲三さんは「執権」とした。「独裁」より<フワッ>としている訳だ。 残念ながらこのくだらないシャレ以上のことはそのMooさんの記事について語らない。 私がおもしろいと思ったのは、「Diktatur」や英語の「dictate」はラテン語 「 dictāre」 から由来しており、「繰り返し言う」、「強調して言う」との意味だったことだ。偶然なのだが、私はMooさんの記事を読むまで「繰り返し言う」ことの大事さを考えていたのだ。 独裁か執権かというようなことではなく、愛する人へ「愛している」と繰り返し言う dictāre が必要ではないのか、と、と或る人物に言いたい衝動に駆られていた。言わねば分かってもらえない。どんなに愛していようと、そう言い、それに伴う行動をとらないで、どう自分の愛が証明されるだろう。 私は孫にメロメロになるけれど、娘への愛には及ばないとはっきり娘自身に告げたことがある。こそばゆい話ではあるが、また愛情の多寡の序列など語るべきではないけれど、この世で一番愛おしいのは、ラテン語で「dictāre」する、つまり何度も、強調して言うけれど、娘である、と。父と子の関係はそうあるべきではないのか、とすら思う。

2026 卯月雑記 2

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大昔Nikonで撮った、喜多見ふれあい広場付近のカエデの翼果(samara)。「翼」はバイオミメティクス(biomimetics)の対象になった。クルクルと回転しながら長く飛行して種をできるだけ遠くへと運ぶ。紅色がなにしろ可愛らしく、心惹かれた。 * 昨日は叡王戦第二局、「世田谷区の星」は危なげなく完勝。あの「史上最強棋士」がいないタイトル戦は盛り上がらないとか言われるし、実際そういうところはあるだろうけれど、そんな状態は将棋界にとって全く健全でない。勝手に言ってろ。 今ETVでは私が2番目に好きな澤田七段が<棋界一のいい男>大橋七段と戦っている。澤田さん劣勢。がんばれ! * 今朝未明砧公園を歩いた。誰もおらず、歌唄い放題だったが、190cmを超えるような大男の影が数十メートル先に現れて声を低くした。ヒョロっとした白人男性。「こんな時間に独り何をやっているんだ。深夜の公園が好きなのか」などと思ったが。まさに自分のことだ。 * 昨日の長野県大北地域の地震、Mooさんはじめ生徒さんらもみな無事だった。安堵。

長野北部、地震お見舞い

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驚いた。 ちょうどMooさんの日記を読んでいたところで地震速報、大町市震度5強とのこと。すぐにMooさんやYさんにお見舞いメールした。Yさんは大町市在住、「揺れは強かったが、物など落ちずに無事です」とのことだった。余震が怖いが、ひとまず安心。 上の写真は前回8年ほど前にMoo邸にお邪魔した際のもの。昨日記したNikonカメラのSDにデータが入っていた。それを確認しつつMoo日記を読んでいたわけで、その偶然にびっくり。大町市の代表的な山鹿島槍ヶ岳を「10倍光学ズーム」で池田町から撮った(はず)。この山辺りの10kmだかの地下で地震が起こったらしい。 日本有数の大断層糸魚川・静岡構造線が通る大町市や池田町である。いつ地震が起こっても何ら不思議ではない。まあ、東京だって同じだけれど。それでもちょうど1年前にも大町では震度5弱の地震があった。憶えている。ちょうど高2の生徒さんらを教えていたのだ。授業を打ち切って、彼らを帰した。 鹿島槍ヶ岳をはじめ、「日本アルプス」の山々はいわゆる「東西圧縮」の結果、いや、途中経過のありさまなのだ。糸魚川・静岡構造線の東側は北アメリカ・プレート、西側はユーラシア・プレートで、この2つのプレートが押し合いへし合いしているのは確かなのだけれど、実は南側の関東平野や静岡(3つのプレートの会合点)に沈み込んでいるフィリピン海プレートが北西移動したこと、それが「東西圧縮」が起こるのに決定的だったのだ。 なにしろ以降平穏でありますように。

八正道の三、正語

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昨日の世田谷区大蔵、仙川河岸段丘下「はけ(崖から染み出す水)」溜まり。おしどり(鴛鴦)夫婦とは言うが、カルガモ夫婦。いつもこの2羽がいる。 * 先日上げた山躑躅や諸葛菜を撮ったカメラは、買ってもう十数年経つもので、近年はもっぱらiPhoneばかり使ってきた。しかしその超旧機種Nikon Coolpixのスペックがそう劣ったものではないことをそれら写真をここに上げてみて認識、再び使おうとSDカードのスロットとバッテリーをアマゾンから購入した。なにしろ光学ズームが10倍で、その点捨てがたいものだったのだ。 * 大谷さんがまた大活躍。敵投手に球をぶつけられたり、敵のキャッチャーにわざとではないにしろ左肘に牽制球をぶつけられて痛みが残り、昨日は投手のみ、DHはあきらめたそう。そして結果は今年サイ・ヤング賞が獲れるだろうというような出来。畏れ入るばかり。 しかしだ。その左肘に走った激痛に思わず「Fuc*!」と大声で叫んだシーンをTwitterだかYouTubeだかで見た。 野卑なことばを吐きたくなる気持ちは重々わかるけれど、しかし、大谷さんは人前でそれをやってはいけないと私は思うな。衣笠祥雄さんも言ってらっしゃる、プロ野球人は常に子どもの範たれ、と。 このfで始まるfour-letter wordはあまりに人口に膾炙していて、もはや悪態をつくときの常套語だからアメリカでも「How vulgar!」などと非難する人もほとんどいないだろう。しかし、人気者として、MLBのスーパースターとして、また娘を持つ父親としても公に使うべきでない。 私は鮮明に覚えているけれど、80年代初頭、「ジジイ」という語をTVで公然と使い出したのはビートたけしである。そしてもちろん対語の「ババア」も。育ちのいい私(!)は本当にショックを受けた。會津では決して言ってはいけない言葉だったからだ。 今やその両方とも平気の平左で公然と使う者おびただしい。さらには「クソ」付きで。ことばに慎みがない世になってしまったと思う代表例だ。 最後に言っておくけれど、私はそういうことばを決して吐かないのではない。独りでいるときには使ってしまうことがある。そしてその度に「和顔愛語」と唱えて合掌する。(ぷ)