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4月, 2026の投稿を表示しています

捩花

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もう10年以上前に確か東金市で撮ったネジバナ、別名モジズリ。野草では珍しいラン科の花だ。温暖化著しい東京ならそろそろ咲き出しておかしくないと思うが、どうだろう。多摩川周辺には見られず、なんと喜多見駅の近くの草地に生えていたものだが、フィットネス・クラブの建物ができてその草地がなくなったのはもう20年ほど経つか。 世田谷だと、砧公園北側の世田谷市場(やっちゃ場)に面する草地に生えていたのだが、ここ数年、見なくなってしまった。絶滅危惧種じゃないか、東京では。 万葉集で詠まれた根都古草(ねつこぐさ)がこのネジバナではないかと言われているそうで、「ねつ」が「ねぢ」に通じるのは誰でもわかる(?)。「ねぢっこぐさ」ということだったのではないかね。(Grokには否定された。笑) 身を捩ることに比されて、花言葉は「思慕」だそうだが、身を捩るくらいの思慕なら「恋焦がれ」だろう。 捩花や 短調の歌に なりにけり

1993年(平成5年)すら隔世

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今日午前0時頃にまたも砧公園へ。雨を予告する(?)西の空の雲を薄衣のヴェールにして月が昨日よりふくよかになって、少し妖しげに輝いていました。休日ということで、若者がそこかしこにいましたな。しかたがない。 * NHKの昔の「土曜ドラマ」の一作、市川森一さんが脚本の「円谷モノ」をYouTubeで見ました。著作権法に抵触しているはずなので視聴をお勧めはしません。よってタイトルやどこで見られるか(URL)などは書きません(後のWiki引用でバレバレだけれど)。 ロケ地が円谷プロ付近に集中しており、それも1993年頃の世田谷であって、私にはノスタルジアが刺激されるところがありました。なにしろ話の筋がかなり興味深い。沖縄のこと、米脱走兵のことなどが「ウルトラセブン」制作の日々に虚々実々で織り込まれています。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E3%81%8C%E6%84%9B%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%BB%E3%83%96%E3%83%B3 私が見たのは前後半ある中の前半のみ。世田谷区役所前で女性がタバコの吸い殻を何本もポイ捨てしたり、自転車の二人乗りをしたりで、平成5年放送のドラマであっても昭和の悪しき習慣が<そのまま>描かれていました。さらに沖縄の人々の恨みも大きなテーマの一つとなっていて、これは<今は>再放送されないだろうなと。「NHKのドラマ制作スタッフはパヨク」などと批判殺到が目に見えています。 当時はどうだったんでしょうね。「ケータイ」が普及し始める頃、ですね。ネットはまだ「パソコン通信」の頃でした。 隔世の感。

あと2日ちょっとで5月かえ

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雨が上がった砧公園。 今日午前0時半頃だが、少なくとも数百メートル四方他に酔狂な人誰もおらず。まったく独りであった。贅沢な時間だった。 * 私は地上波TVを全く見ないので、いきおい(?)YouTubeをかなりよく視聴してしまう。凄まじい数があるチャンネルからくだらないものは排除するわけだが、昨日から過剰な日本食文化礼賛コンテンツを片っ端から弾いている。特に、和牛だ、天ぷらだ、寿司だ、とんかつだと食いまくってあまりの美味さに「涙する」海外からの旅行客、それも圧倒的に欧米人を撮った内容のもの。まさにこっちが食傷。ちょっと前まであった(今は見なくなった、banされたか?)、取材する代わりに訪日外国人に高価な食事をさせてやるというビデオの<氾濫>は国辱ものだった。 * 今年は去年に比べ庭の柚子の花付きがいい。去年は本当に不作で、年末恒例だったお裾分けができなかった。今年は大丈夫だろう。 隣家のNさんから今年もサヤエンドウをいただいた。玄関前で育てていらっしゃるのだ。パスタにトッピングしたり、味噌汁の具にしていただいた。最高の食感、味に<涙する>。これは礼賛モノだ! 莢豌豆 つい先日の 花なりし

Gmの哀切

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震度5クラスの地震が連続して各地で起きていますね。大きく揺れた地域の方々にお見舞い申し上げます。「今度はこっち」と思って警戒を怠らぬようにしたいですね。 * 久しぶりにBeatlesの「A Hard Day's Night」というアルバムに入っている Anytime At All を聴き、胸が熱くなったのです。 If you need somebody to love / Just look into my eyes という歌詞のいわゆる「Aメロ」で、D→F#m→Bm→Gmというコード進行となりますが、このGmの響き(部分転調)の哀切に涙腺が緩むのですよ。「eyes」のところで響く和音です。「愛する人が要るならただ僕の目を見てくれ」と。その「目」はGmの響きなのです。なんじゃそりゃ、というところですけれど、拒まれることをも予期する目なのですよ。拒まれたらどれほど自分が傷つくかを恐れる気持ちが眼光に恐懼と寂寞の色を萌すのです。 この歌詞ならメロもコード進行ももっと浮ついていておかしくはない。しかしJohn Lennonは、自称「jealous guy」で、そして生まれてこのかた愛する人とは縁が続かない人生だったから、愛を訴える目に哀切の彩りを湛えてしまう人だったんです。 私が中2の頃、この歌を最も頻繁に自室で歌ったものです。13か14の少年であっても、この「Gmの哀切」はなんとなく分かっていたんですねぇ。 https://www.youtube.com/watch?v=WuB7F-gRdJo  

まずは無理せず

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  もう落花してしまう庭のハナミズキを撮っておきました。今年もありがとう。 * 昨夜がっちゃんと飲んだわけですが、冒頭スティックと佐々木聡作くんから「よろしく言って」というメッセージがあったと知らされ、とてもうれしかった。スケジュールが合うところで、ぜひ奏で合えたらいいですね。早めに「コヤ(venue)」との交渉をしたいと思っています。頭にあるのは地元砧に在る小さな店。貸切で動員をほとんど気にしないでいいところなのです。 がっちゃんが言うように、「まずはゆる〜くやってみましょう」ということで。 で、少なくともそれまで世の中が無事でありますように!

霜月か師走にライブ演奏

 がっちゃんと楽しい2時間半を超える<懇談>をしました。 いろいろ話す中、11月か12月、がっちゃんとスティック、聡作くんという元G Stringメンバーたちとちっちゃなコンサートをやりたいと私が言い、もちろんがっちゃんだけですが、了承をいただきました。これから具体的な案を練ります。 このブログの少ないreadersのみなさまの中、ご興味ある方はご期待ください。 梅一輪2合、生ビール中ジョッキ1杯で十分酔いました。 おやすみなさい。

アーティストは須く・・・

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  狛江市東野川に暮らしていた頃の五月か六月だったか、コンドミニアムの4階にあった我が家の玄関から、眼下の都道を挟んだあるお宅の庭に咲く柘榴の花が目に止まり、その朱色と緑の組み合わせ、あるいは対照は、花木数ある中でも群を抜いて美しく、以来大好きになった。もうまもなく咲き出すね。 * Mooさんの最新記事に私の文章の一部が引用されている。 https://moo-new.hatenablog.com/ そのことよりも、岩手・大槌町の火災(お見舞い申し上げます)について氏は書かれており、井上ひさし氏の「吉里吉里人」への言及があったことに触発される。 某YouTuber著述家が昨日その井上ひさし氏のことをケチョンケチョンに言っていたのだった。うろ覚えながら、「DV男」だとか、ミソジニー関連のことでの猛批判だった。その著述家と井上氏との直接の付き合いはなかったはずだから、井上氏のお連れ合いだった方とその間に生まれた娘さんの証言に基づいてのことだろう。さらには坂本龍一氏についても、その女性関係のだらしなさについて唾棄するように語っていた。いずれもリベラル、左翼の旗頭的存在がいかに実態的にはダブルスタンダードの持ち主であるか、というような文脈での話である。 こういうのを「キャンセル文化」と言うらしく、それは「左派メディアが<都合の良い人物>の過去問題をスルーし、他者を厳しくキャンセルする二重基準」に基づく、と。 まあね。愛だ、平和だと言う者が、実は私生活では闇を抱えているというのはあるよね。John Lennonだってそうだし、「Peace & Love」を挨拶の言葉にしているRingo Starrだってそうだった(今は安定?)。 その闇を抱えてしまうこと自体を擁護する気は全然ない。私も、その点においてはグシャグシャなところが<あった>。情けないし、ずっと疚しさを感じてきた(現在完了・継続)。だから、これから書くことは正当化を図る弁明ではない・・・ 井上氏や坂本氏のような高名な作家や音楽家と私を同列にするつもりはまずないと断りつつ、またその才能の多寡を措いておきつつ、そういう藝術方面に身を置く者が世間様から決して褒められぬ、いやそれどころか、世間様から指弾されるような対・異性との関わり方をしてしまうのはほとんど「intrinsic nature」だと言える(英語...

ただの雑記

毎日よく書くね、あるいは、書くことあるね、感心する・・・と、本当には感心されてなくて言われてそう。(笑)「そんなにあなたの記事更新を楽しみにしている人がいるの?」「いいえ、いいえ、微々たる閲覧者数ですよ。」「それでも?」「第一義的には娘と孫への大きな意味での遺言ですよ。以下、備忘録、そして思考力衰退防止作文練習として書く。もしどなたかが私の<作文>を楽しみにしてくださっているのならそれは僥倖。」 * 1950年代末に生まれ、まさか戦前のような政治状況、世界情勢を今目の当たりにするとはちっとも思っていなかった。国内では平和憲法をなし崩しにしていく勢力の跳梁、世界では超大国、しかも「自由主義陣営のリーダー」と言われたアメリカにヒトラーに擬えてもおかしくない錯乱した、邪悪な大統領が登場、国際秩序、世界経済を撹乱し、核戦争まで危惧されるなんて。 * 脳の老化防止は、上で書いたようにここで作文すること、そして英語の文を音読すること(今、Geoff Emerickの『Here, There, and Everywhere』を再読中)、さらに木金の高校生への英語指導で毎回の復習テストと独自の教材を作ること、そしてそれらに基づき授業をすることで図っている。将棋もその中に入れたいが、ヘボなまま。 * がっちゃんと明後日飲む。業界の一線で活躍するプロと付き合えることの喜び、だ。鍛錬を怠らぬからこそのプロ、がっちゃんならギターを愛し抜いているからこそそうできるのだ。私も高校生への英語指導についてなら現役のプロだ。英語を愛していると心から言える。歌?もちろん。それはもう、チビすけの頃から、歩くことと同じくらい当たり前のことだ。公に活動はしていなくとも、私はsingerです。 さて、高校生とまた英語世界を味わいましょうか。

「靖」は「静かに立つ」・・・そうあれ!

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  殺傷力がある(そりゃあそうだ)武器輸出を閣議決定で解禁という恐るべき節目の日、大分で自衛隊員が<国産>戦車の砲身破裂で3人が亡くなり(合掌)、1人が重傷を負った(お見舞い申し上げます)。それなのに高市閣下サマはXで触れるだけ、夜は衆院予算委員会の与党議員と飲み会をしたそうだ。 「私が首相になれば靖国参拝をする」と言っておられた閣下は、きっと「諸事情」で見送られたそう。食料品の消費税2年ゼロを公約して現在反故にしているけれど、それも「諸事情」があってのことであろう。 靖国神社は私の都心在住時、大好きな北の丸公園へ最短距離で行く際に必ず通るところであった。漱石先生の小説にも当時の「(東京)招魂社」という名で何ヶ所か出てくる。戊辰戦争時、「賊軍」とされた會津藩など新政府軍と戦った兵士たちはその魂をこの神社には招かれなかった。西南戦争もお上に弓引く行為であり、西郷隆盛も合祀されていない。 写真に映る銅像は大村益次郎(村田蔵六)のもの。彼は周防(長門ではなく)の村医者の子で、士分ではなかった。しかし大変な秀才で、大坂(阪でなく)適々斎塾で蘭学を学び、兵学に秀で、木戸孝允に高く評価され長州藩士に引き立てられた。戊辰戦争でも名を上げ、新政府では陸軍の基礎を築いたが、軍組織でも「四民平等」を貫いたため旧士族の反感を買い、何と同じ長州藩士らに襲撃され、のちに敗血症で亡くなった。 ・・・私は境内を歩くことも何度もあった。そのたび、會津人としては心境複雑だった。ここでは會津は今でも賊軍の国なのだ、と。(ただし、禁門の変=蛤御門の変で御所を守った會津藩士たちだけは天皇(=孝明天皇)を守ったということで神様になっている。ふう。) 亀井静香氏や石原慎太郎氏ら(中曽根元首相も)が2016年に当時の靖国の宮司、なんと徳川慶喜の曾孫である徳川康久氏に上記「賊軍」兵士も祀るべきだと進言したが、結局曖昧なこととなった。 「国のために死んだ」人が祀られる神社なら、当然大分で命を落とした自衛隊員もそういうことになるだろう。立派な「官軍」兵士だ・・・あ、兵士と言ってはいけない、隊員だ。そんな<殉国>事案が発生した当日に、「最高指揮官」サマはただXで事実だけ記し、夜は飲み会とはどういう神経だろう。 さて私はもちろん(!)国に殉ずるような人間ではない。「国」など為政者によって転変するものであり、「殉ず...

もう晩春、でもそう嘆かずに

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世田谷区の区立公園(砧地域では大蔵運動公園)では4月初旬から鯉幟を春風にそよがせる。撤去は立夏ということになるわけだ。上の写真は2年前の玉川野毛町公園のもの。 おいおい、ではありませんか。ちょっと前にお正月で雑煮を食べていたって感じ。もう立夏の話ですよ。1年の三分の一がもうすぐ終わってしまう。 え?充実した4ヶ月だったか?さあ、どうでしょうね。そんな日もあったし、大抵は平凡な日々だったんじゃないですかね、振り返ってみると。 え?そんな充実感のない日々をたくさん過ごして余生が勿体なくないかって?「もっと、もっと」って充実感を求める生き方は・・・還暦前くらいまではそうだったかな、気ばかり焦る感じでね。 「いやあ、今日も精一杯生き切ったぞ!」などという生活を今求めてはいないですね。怠けの言い訳?いや、そうじゃなくて。還暦すぎた者にとって怠けって何ですかね、って問いたいくらいです。(MNEMO、居直ってんなあ。) 先日書いたでしょう?パスカルの至言、「すべての人々の不幸は、ただ一つのことに由来する。それは、部屋の中にじっとしていられないことである。」え?今はTVだのネットだので十分じっとしていられる?時代が違いすぎる?でもそうやって部屋の中にずっといたら、人間て文字通りと言いたいくらい<腐る>。 今の季節なら、清々しい春風が吹く晴れの日に外に出ないなどあり得ない。だから私はちゃんと外出します。ただ、パスカルの言うように「不幸」になるために出るのではない。昔、若い頃は、外出するとなったら大抵の場合人間の付き合い上のことなど何かしらの目的がありました。しかし今は本当に<純粋に!>春風に吹かれたくて出る。まだ暑過ぎない晴れの日を楽しみに出る。それ以外の目的はないんです。それが「不幸」の種であるはずがない。家にいることが多いけれど、ちゃんと外界にある自然がくれる幸福の種を見つけに行くときは行く。そういうことがすなわち年老いることならそれでいいじゃないですか。 そんな境地を歌にしたいな、とは思っています。まもなく会うがっちゃんとその辺りの話をするつもりです。大望などなし。いや、今の境地を歌にできることが大望ならそうだけれどね。

「我が愛、言わずとも知れ」は傲慢

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またもや砧公園、昨日の午後の景。NikonとiPhoneのカメラの解像度差などを確かめようと行ったのだった。上に掲げた写真はiPhoneによるもの。ただパチリと撮った。Nikonのは、以下の通り。 どちらも調整をしていない画像。Nikonもオート設定で撮った。明らかに後者が暗めに撮れている。嫌なら調整せよ、ということだ。 * Mooさんの最新記事で、ドイツ語「Diktatur」の訳語についての件(くだり)があった。「プロレタリアート<独裁>」か「プロレタリアート<執権>」か。不破哲三さんは「執権」とした。「独裁」より<フワッ>としている訳だ。 残念ながらこのくだらないシャレ以上のことはそのMooさんの記事について語らない。 私がおもしろいと思ったのは、「Diktatur」や英語の「dictate」はラテン語 「 dictāre」 から由来しており、「繰り返し言う」、「強調して言う」との意味だったことだ。偶然なのだが、私はMooさんの記事を読むまで「繰り返し言う」ことの大事さを考えていたのだ。 独裁か執権かというようなことではなく、愛する人へ「愛している」と繰り返し言う dictāre が必要ではないのか、と、と或る人物に言いたい衝動に駆られていた。言わねば分かってもらえない。どんなに愛していようと、そう言い、それに伴う行動をとらないで、どう自分の愛が証明されるだろう。 私は孫にメロメロになるけれど、娘への愛には及ばないとはっきり娘自身に告げたことがある。こそばゆい話ではあるが、また愛情の多寡の序列など語るべきではないけれど、この世で一番愛おしいのは、ラテン語で「dictāre」する、つまり何度も、強調して言うけれど、娘である、と。父と子の関係はそうあるべきではないのか、とすら思う。

2026 卯月雑記 2

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大昔Nikonで撮った、喜多見ふれあい広場付近のカエデの翼果(samara)。「翼」はバイオミメティクス(biomimetics)の対象になった。クルクルと回転しながら長く飛行して種をできるだけ遠くへと運ぶ。紅色がなにしろ可愛らしく、心惹かれた。 * 昨日は叡王戦第二局、「世田谷区の星」は危なげなく完勝。あの「史上最強棋士」がいないタイトル戦は盛り上がらないとか言われるし、実際そういうところはあるだろうけれど、そんな状態は将棋界にとって全く健全でない。勝手に言ってろ。 今ETVでは私が2番目に好きな澤田七段が<棋界一のいい男>大橋七段と戦っている。澤田さん劣勢。がんばれ! * 今朝未明砧公園を歩いた。誰もおらず、歌唄い放題だったが、190cmを超えるような大男の影が数十メートル先に現れて声を低くした。ヒョロっとした白人男性。「こんな時間に独り何をやっているんだ。深夜の公園が好きなのか」などと思ったが。まさに自分のことだ。 * 昨日の長野県大北地域の地震、Mooさんはじめ生徒さんらもみな無事だった。安堵。

長野北部、地震お見舞い

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驚いた。 ちょうどMooさんの日記を読んでいたところで地震速報、大町市震度5強とのこと。すぐにMooさんやYさんにお見舞いメールした。Yさんは大町市在住、「揺れは強かったが、物など落ちずに無事です」とのことだった。余震が怖いが、ひとまず安心。 上の写真は前回8年ほど前にMoo邸にお邪魔した際のもの。昨日記したNikonカメラのSDにデータが入っていた。それを確認しつつMoo日記を読んでいたわけで、その偶然にびっくり。大町市の代表的な山鹿島槍ヶ岳を「10倍光学ズーム」で池田町から撮った(はず)。この山辺りの10kmだかの地下で地震が起こったらしい。 日本有数の大断層糸魚川・静岡構造線が通る大町市や池田町である。いつ地震が起こっても何ら不思議ではない。まあ、東京だって同じだけれど。それでもちょうど1年前にも大町では震度5弱の地震があった。憶えている。ちょうど高2の生徒さんらを教えていたのだ。授業を打ち切って、彼らを帰した。 鹿島槍ヶ岳をはじめ、「日本アルプス」の山々はいわゆる「東西圧縮」の結果、いや、途中経過のありさまなのだ。糸魚川・静岡構造線の東側は北アメリカ・プレート、西側はユーラシア・プレートで、この2つのプレートが押し合いへし合いしているのは確かなのだけれど、実は南側の関東平野や静岡(3つのプレートの会合点)に沈み込んでいるフィリピン海プレートが北西移動したこと、それが「東西圧縮」が起こるのに決定的だったのだ。 なにしろ以降平穏でありますように。

八正道の三、正語

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昨日の世田谷区大蔵、仙川河岸段丘下「はけ(崖から染み出す水)」溜まり。おしどり(鴛鴦)夫婦とは言うが、カルガモ夫婦。いつもこの2羽がいる。 * 先日上げた山躑躅や諸葛菜を撮ったカメラは、買ってもう十数年経つもので、近年はもっぱらiPhoneばかり使ってきた。しかしその超旧機種Nikon Coolpixのスペックがそう劣ったものではないことをそれら写真をここに上げてみて認識、再び使おうとSDカードのスロットとバッテリーをアマゾンから購入した。なにしろ光学ズームが10倍で、その点捨てがたいものだったのだ。 * 大谷さんがまた大活躍。敵投手に球をぶつけられたり、敵のキャッチャーにわざとではないにしろ左肘に牽制球をぶつけられて痛みが残り、昨日は投手のみ、DHはあきらめたそう。そして結果は今年サイ・ヤング賞が獲れるだろうというような出来。畏れ入るばかり。 しかしだ。その左肘に走った激痛に思わず「Fuc*!」と大声で叫んだシーンをTwitterだかYouTubeだかで見た。 野卑なことばを吐きたくなる気持ちは重々わかるけれど、しかし、大谷さんは人前でそれをやってはいけないと私は思うな。衣笠祥雄さんも言ってらっしゃる、プロ野球人は常に子どもの範たれ、と。 このfで始まるfour-letter wordはあまりに人口に膾炙していて、もはや悪態をつくときの常套語だからアメリカでも「How vulgar!」などと非難する人もほとんどいないだろう。しかし、人気者として、MLBのスーパースターとして、また娘を持つ父親としても公に使うべきでない。 私は鮮明に覚えているけれど、80年代初頭、「ジジイ」という語をTVで公然と使い出したのはビートたけしである。そしてもちろん対語の「ババア」も。育ちのいい私(!)は本当にショックを受けた。會津では決して言ってはいけない言葉だったからだ。 今やその両方とも平気の平左で公然と使う者おびただしい。さらには「クソ」付きで。ことばに慎みがない世になってしまったと思う代表例だ。 最後に言っておくけれど、私はそういうことばを決して吐かないのではない。独りでいるときには使ってしまうことがある。そしてその度に「和顔愛語」と唱えて合掌する。(ぷ)  

抜き身になるな

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  “We don’t take an oath to a king, or a queen, or to a tyrant or dictator. And we don’t take an oath to a wannabe dictator. We don’t take an oath to an individual. We take an oath to the Constitution and we take an oath to the idea that is America – and we’re willing to die to protect it.” 訳 : 「我々は国王や女王、専制君主や独裁者に誓いを立てない。そして、独裁者になりたがる者にも誓いを立てない。我々は個人に誓いを立てない。我々は 憲法 に誓いを立て、アメリカという理念に誓いを立てる。そして、それを守るために死ぬ覚悟がある。」 2023年、第一次トランプ政権で統合参謀本部議長であった マーク・ミリー陸軍大将の言葉だ。 * 自衛隊員を死なせたくないから、外交はとにかく最後の最後まで武力に依らないようにするのが政治家の、国民の、果たすべきことだ。自衛隊が好戦的内閣や政党と親和性が高くなってしまえば、自らを危険にさらすことになる。まさか「自衛隊員であることとは、死ぬことと見つけたり」ではなかろう。そういう隊員もいるだろうけれど、愛国心に燃える自分はどうあれ、仲間の体が吹き飛ぶところを見てみたいはずもない。しかし戦争とはそういうものだ。なるべく、最後の最後まで、自分たちが殺し合いを始めずに済む世のままでいてほしいと望むのが正しいに決まっている。 「あなたは抜き身みたいな人。よく斬れます。でも本当にいい刀は、鞘に収まっているものですよ。」 『椿三十郎』の城代家老奥方のことばだ。 英訳もいい。 “You're like a  drawn sword . Sharp,  naked without a sheath . You cut well . But good swords are kept in their sheathes .” * さて、庭の椿や柚子の葉が昨夜の雨でたくさん落ちた。今は晴れている。歩けるぞ。上のセリフのシーンが撮られた砧撮影所辺りを散歩...

さういふ境地

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輝く若葉を見て清新な気持ちにならない人などいないだろうね。すがすがしい、その一言だ。この写真についての情報を見ていないので、おととし撮ったこの木立が砧公園のものか、国分寺崖線のものかは分からない。どっちにせよ、世田谷の緑だ。 * YouTubeで荘子の言葉をうつらうつら、眠りに入る前に聴いていた。 Happiness is the absence of the striving for happiness. 楽は無求にあり。求むれば則ち失う。 荘子は上のままのことを書いたわけではないらしい。英文を私なりに訳せば、「幸福とは幸福を求めることがないということだ」となる。 さらに 『荘子』外篇・至楽篇(しらくへん)における髑髏(しゃこつ)との対話部分では、 髑髏曰:「死、无君於上、无臣於下、亦无四時之事、從然以天地為春秋、雖南面王樂、不能過也。」  (「死せば、君上(くんじょう)に无く、臣下(しんか)に无く、亦四時の事无し。従然として天地を以て春秋と為す。南面王の楽と雖も、能く過ぎざるなり。」 ) すなわち、 「 死ねば、上に君主もなく、下に臣下もない。四季の労苦もなく、ゆったりと天地とともに永遠の時を過ごす。南面して王となる楽しみでさえ、これに及ばない」 と。 養老孟司さんも、スマナサーラ師も、生老病死を見て見ぬ振りをし、自分は死なないとすら思っているような現代人に呆れていらっしゃる。お二人とも今癌を患い、その「四苦」の真っ只中におられるけれど、「道(TAO)」の何たるかを知っておられるからすこぶる泰然としたものだ。(スマナサーラ師の場合はそれを「道=無為自然」とは言わず、無執着と言うか 。) さういふ境地に、私はなりたい。

こてんぱん

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人の悪口を言うのは褒められたことではない。言いたくなってしまうのはしかしほとんどの人の性、実にhumanなことだとも言える。 それでも、根も葉もないことで悪口を言うのは褒められたことではないどころか罪である。 私は敬宮愛子内親王が皇位を継がれるのが正しいと思っているし、内親王のファンだけれど、現行の皇室典範の<欠陥>ゆえに「皇嗣」などというご身分になった秋篠宮のご長男が<無用に>叩かれることについては眉を顰めるしかない。 ご長男は本当にお気の毒だ。誤った「伝統」解釈の犠牲者とも言える。 おととし玉川大学のビオトープを訪れた際、ご長男は「<しかくい>ですか」と関係者に尋ねた。ある植物を見つめながらの発言だった。彼を好ましく思わぬ人々の中に、「<四角い>ですか」と尋ねるなど小学生かなどと悪口を言う者がネット上にそれなりの数現れた。しかし彼の問いは見ている植物がカヤツリグサ科の「シカクイ(=四角藺)」であるかどうかを尋ねるものだったのだ。 * 下旬にまたがっちゃんと会食することになった。私からのリクエストに応じてくれたのだ。それまでに何かしら彼にギターを弾いていただく計画を練っておきたいと思っている。そのことにつき、話し合えればと。  

自由を削がれて喜ぶ(rock) musicianなどいるか!

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もう10年以上前の今頃に撮ったヤマツツジ。日本百低山に数えられる(ウソ)川崎市多摩区の枡形山(標高84m)の山腹に自生している。 * ロックがイコール反体制であるかどうか。体制がしっかり人権を尊重する民主主義の良い形態をとっているのなら、反体制的であるべきはずもない。なんだか「ロック」という言葉がこの国では一人歩きしている。 ロックの黎明期は知らず、以降それを巨大な音楽ムーブメントにした歌手やバンドのうちのひとつがBeatlesであることには誰も異論を挟めない。Beatlesはpeace & loveだと言った。人種差別にも強く反対した。その頃、世はベトナム戦争で世界史的危機にあった。彼は経済体制とかには全く頓着しなかったはずだ。彼らの富は資本主義体制だからこそ生み出されたのだし。要するに、自由、平和(非暴力)、平等(福祉)が尊重される社会ならOKだったのだ。 JohnおよびBeatlesは1968年に、 if you go carrying pictures of Chairman Mao You ain't gonna make it with anyone anyhow と Revolution で歌っている。「毛首席(=中国共産党、冷戦の東側リーダーの一人)の写真を持って行っても、誰とであれ、どういう形であれ、成功はしないぜ」。 この歌でJohnは<革命が破壊なら俺を当てにすんな>とシングル盤では歌っていて、しかし、他のバージョンでは「当てにしろ」とも歌うのだ。そんな政治的なことをロック音楽で語りつつ、最後は「Don't you know it's gonna be all right?」と連呼する。楽観主義だ。つまり、どうせうまくいくんだから、殺し合いとかはやめておけ、意味ないぜ、ということだろう。 私はrock musicの本質とは自由だと思っている。ほぼ何にも囚われなくていいのだ。もちろんそれゆえ醜悪な音にもなりうる。それで皆から忌避されても、それはそれ。とは言いつつ、どんなに自由とは言っても、楽典的音楽理論的制約はどうしたって残る。また、技量的なスタンダードももちろんある。下手くそではどうにもならない。こうした制約の中の自由だ。逆に言うと、制約はそれだけだ。 誰もが首肯できる制約はありつつも、なにしろ自由を否定するro...

Ian, how dare you...

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もう11年前、「安保法制」反対デモに参加したのだった。そのことにつき同じ思いの人たちと声を上げたのは心強く、うれしい経験だった。参加者は2万人を超えていたらしい。 今、同じように高市内閣に反対し、戦争をやめろ、戦争に加担するなという声が全国各地で公然と上がっていることに11年前の気持ちが蘇っている。 写真は右下がりに撮れているが、それが却って<国の揺れ>を感じさせている。自画自賛だが、いい写真だ。 その高市サマがDeep PurpleのドラマーIan Paiceらを招いて、自分のサイン入りのスティック(!)を贈呈したそう(気味が悪くて詳細を知る気になれない)だ。 Ianはあのトランプ=高市会談での報道を見なかったのだろうか。見ていないとしても、見ていたとしても、私はIanに大いに失望するのを禁じ得ない。見ていないならあまりに不勉強だし、世界情勢について無関心に過ぎる。また見ていたなら、百数十人の無辜のイラン人少年少女を殺して恬として恥じない、良心の呵責を感じていないトランプを称揚する政治家と、たとえ宣伝のためとは云え、表敬訪問するなどrock drummerとしてと言う前に人間としてあり得ない。 少年時代、「パープルとツェッペリン」がハードロックの最高峰と並び称されていて、私はどっちも好きだったけれど、Led Zeppelinの方に断然知性を感じていた。それが決定的だったというわけではないけれど、音楽的に対等ならZeppelinが勝ちだと思っていた。Deep Purpleは大好きになった途端(あくまで私の時間軸でのことだが)、リード・ヴォーカリストIan Gillanが抜けてしまった。そして次にはギタリストRitchie Blackmoreも。Led Zeppelinにはそういうことがなく、最後はドラマーJohn Bonhamの不慮の事故死で、事実上解散となった。バンドとしての結束もLZの勝ちだと思う。 Ian Paiceは本当に高市っつぁんが言うように「神様のよう」だった。特に「Fireball」のドラミングには圧倒された。テクばかりでなく、センスの良さにも本当に心酔した。 でも、もう、彼は「神様のよう」ではなくなった。