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9月, 2026の投稿を表示しています

心なきドライバー

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  この頃写真を撮っていない、というか、撮りようがない日々が続いているから、また数日前(1週間経ったかな?)のもの。狛江市猪方の多摩川土手道から朝日を望んだ。 * 冒頭は最近、雨の話ばっかり。Kの最新Vlogもそう。日給月給制の彼には死活問題の雨天工事中止。労働基準法26条のことを語っていたっけ。支給金額が微増されるということで再契約するため明大前辺りに在る会社へ雨天というのに自転車で中野から行った彼。カッパを着ていてもずぶ濡れになって、本当にもう、風邪ひいて肺炎とかなるなよって。 * 千葉は本当に祟られている・・・そんなことを言ってはいけないけれど。豪雨禍もそうだし、昨日は千葉市中央区蘇我で3人が亡くなる交通事故が起こった。実は義父の娘が仕事でその辺りに行くことがあるから、身につまされる度合いがそれなり高かった。亡くなった3名の方々は本当にお気の毒だ。合掌。 19歳のドライバーによる雨天時の暴走だ。言語道断。免許取り立ての若者の無茶な運転というのは普遍的かというほどの現象ではないかとも思うけれど、それでも、映像を見ると無茶にも程があるという雨天時の猛スピードでの交差点進入、そして右折レーンへのあまりに急な車線変更。あれでは対向車にぶつかって当然と言うべきほどの無謀運転だ。 クルマをそれなり長距離で運転していると、甚だしい交通法規違反のクルマに最低1台は遭遇する。「あんなヤツがなぜ免許を持てるのか(持っているなら)」と舌打ちして嘆く。自転車による違反はもう無数回というほどに出くわす。クルマと違って「走る凶器」とまでは言えない「車両」だろうけれど、いいや、条件によっては人を殺めうる。 Twitterで、大昔のテレ朝取材のビデオが上げられていた。かなり反響があったものなので、知っている方も多かろう。やはり少年(当時)が無謀な運転をし、ガードレールに車体の左側面が激突、左後部座席に乗っていた少女が意識不明となる(後に亡くなる)。駆けつけた警察や救急の方々に少年は、「俺はいいから、その子をなんとかして」と言うのだ。 その少年が言うべき、最も適切なことばは、「事故を起こしてしまい申し訳ございません。救急の方、来てくださってありがとうございます。私については最後で結構です。その意識を失っている友人の少女をまず救ってください。お願いします」だ。 「なんとかして」・・・お里...

頂上の景色

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  写真は、なんの変哲も無い公園(喜多見ふれあい広場)入口、そして遠景に成城の丘、さらに天文学的に遠い景色として十三夜だったかの月。数日前のこと。 世田谷区と小田急はすばらしい場所を造ってくれたものです。ここにはもう数え切れぬほど来ていて、古くは三十歳代だった自分の<思い>が残っているのです。それがたとえ悲しみの記憶と結びついたものであっても、しみじみ懐かしい。この広い空は、まさに<空>であって、なんでも容れて、なんでも溶かす。 * Mooさんが大学時代のことを語ってくださっています。 https://moo-new.hatenablog.com/archive/2026/09/28 中でもこの一文に注目しました。 「教職についてからは、理学部で学んだことが大いに役に立ったとつくづく思うのです。山の中腹から眺めるより、頂上から見渡す方がはるかに見通しがきくと同様に、学ぶ内容を少しでも高いところから理解し、それを踏まえて子どもたちと接することができた意味は大きいのです。」 そう。Mooさんが学ばれた場は教育学部の数学教師養成の課程ではなく、理学部の数学科です。<数学山脈>のうちのどれかひとつの峰の「頂上」の景色を見なければならない使命を自ら課して4年の歳月を送らねばならなかったMooさんなのです。そう、数学山脈にはいくつものpeaksがあり、それは例えばMooさんのお家から眺める常念山脈のようなもの。その内のこれまた例えば蝶ヶ岳に登頂すれば、常念山脈の他の山々の頂点はおろか、槍ヶ岳・穂高の山々のや、後立山連峰のも見える。条件がもっと良ければ、いわゆる「南アルプス」のも、八ヶ岳連峰のも、そしてなんと富士山のすらも見える。それら全ての頂上には行かずとも、それらが見えるところまで到達した人の視界とその境地は、下界や中腹にいる者にはあくまで想像するものでしかないのです。 トップの専門性を持った人が教師となって、小学生や中学生、そして高校生にその専門領域の基礎部分を教えるというのは児童生徒にとって贅沢なことです。Mooさんの教え子さんたちは本当に羨ましい。 * 東京は台風が通過して土曜日あたりに晴れるらしいけれど、今日降れば連続34日となって、観測史上最長になるらしい(2019年6月27日〜7月29日の33日間の記録がある)。きっと37日連続という新記録が出るだろう。 ...

「お前」が多いほど残る

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  昨日に続いて狛江の多摩川べりから登戸方面を望む写真。違うのは、撮影地点が「五本松」により近いことと、これは数日前のものということだ。 東京はまた太陽の出ない朝だ。雨もポツポツ、うんざりだ。 * https://news.yahoo.co.jp/articles/c99273c1a1ac61bc001b1c20def8cbc1feadaebb この記事、笑っちゃった。おいらが出てゐるぢやないか。 * 昨日Twitterを見ていたら、ある新聞に載った投書の引用があって、『続氷点』で三浦綾子が、「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである」と書いているとのことを知った。 大して知らない門外漢もどきだが、私は「え、これマルクスじゃん」と思った。 「食べたり飲んだり本を読んだり劇場やダンスホールや居酒屋に行ったり、考えたり愛したり理論を立てたり歌ったり描いたり剣を使ったりすることが少なければ少ないほど、多く貯蓄できる。……お前が少なければ少ないほど、多く持つ。自分の生命を表現することが少なければ少ないほど、疎外された生命は大きくなる。」〜『経済学・哲学草稿』(1844年)の「貨幣の力」 我がブログを読んでくださっている皆さま、言っていることの趣旨は同じだとお思いでしょうか?私はそう思っております。「お前が多ければ多いほど、お前は没後もより残る」と言っているのだと思うのです。 残ったからなんだ、というのもあります。死んだら知ったこっちゃない、かもしれない。しかし、「生命」の「表現」者は己の表現=「お前」が残ることを望むものなのです。

Loving Mathematician

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  ほぼ一年前の写真。狛江の多摩川岸から登戸方面を望む。秋闌(たけなわ)。 * 今年、東京は今日で連続32日の降水を記録するという異常事態だ。日中晴れた日もあったが、その朝か夜に降雨量が観測されていたのだ。さらに記録が伸びるか・・・台風26号が近づいているらしい。また千葉に大雨が降ったらどうなることだろう。すでに甚大な影響が出ている中だ。 もちろん千葉ばかり心配であるわけではない。東京だってそうだ。 写真の多摩川だって、未曾有レベルの大雨が続けば氾濫する。狛江市も、調布市も、世田谷区も危ない。世田谷区だと、喜多見や宇奈根、鎌田、玉川などの川沿いの低地に住む方々が戦々恐々となる。高台でも、国分寺崖線の際に建つ家々もその地盤の崩落などが十分ありうる。そのうち、私がいつもと言っていいほど足繁く歩いたり自転車で通る成城の3、4丁目や、岡本2丁目や3丁目だ。家の窓から富士山が見えるという贅沢な立地ながら、崖の際に建っているマイナスを抱えている豪邸街だ。まあ、住民たちは大変な富裕層の人々だから対策は万全というところが多かろうが、なにしろ自然は侮れない。 過日書いた喜多見不動堂(成城4丁目2)もまさにそういうところに建っていた(解体はまだされていないか?)。危な過ぎて廃堂となったのだ。 東京はもう雨は当分結構だ。天よ、赦してください(何を?)。 * ここ3日くらい生々しい夢を見ている。淫夢ではない(残念)。現実を相当反映した内容という意味で「生々しい」なのだ。内容は言えないが、3日前のではなんとベッドから転がり落ちた。人生で2回目ではないか。 * YouTubeでなぜなのか、数学関係のビデオが紹介された。なぜかと書いたけれど、私が数理(理数)系のショートビデオを超文系のくせに見ることが多いからだろうと思う。「理学部数学科」で検索すればいくつもビデオが紹介される。全く何を言っているのか分からないのに、数分と言わずそれなり長く見てしまうことがあるのは、もう20年近く前放送大学の数学の講義を見ていたときから変わっていない。 Mooさんが東北大学理学部数学科の卒業生であることは過去に数度記したことがある。人類のおそらく99%以上にとってチンプンカンプンな学問を少なくとも4年間履修してきたMooさんという人は、私やKなどには底知れぬ知性をお持ちなのだとあらためて思う。 https:...

長月雑記 4

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  写真はおととい、喜多見ふれあい広場。 * 千葉の北東部はこの未明にまた大雨になっていたようで本当にお気の毒だ。もう何回目の大雨だろう。あの辺りは私にとって思い出深いところなので、一層心痛む。どうか被害がないようにと祈るのみ。 * Kが最新Vlogで自転車の一時停止違反をしてしまい、警察から警告を受けたことを告白していた。彼も遵法意識が強い人間なので、いささか驚いた。私の昨日の記事もあって、なんともタイミングの悪いミスだった。 * 昨夜仕事を終えてから砧公園へ行き、歌を唄った。久しぶりのことだった。Zeppelinの Black Dog (トップ・ピッチはE5)も、CCRの Have You Ever Seen the Rain (トップ・ピッチはC5)も相変わらず歌えるのだけれど、どうしてもそのピッチまで行けない男声の歌が1曲だけある。Breadの Dismal Day だ。悔しいが、絶対無理だ。G4の2オクターブ上、つまりG6のシャウトがあるのだ。Grokは男声でそこまでの音程が出せるか疑わしいと言うけれど、そうなのだからしょうがない。ハルシネーションかましてんじゃねぇぞ!その曲の他の部分は全部歌えるのに、まさに口惜しい。 https://www.youtube.com/watch?v=nXy4Rjugtug * Kが「夕暮れが早くなった」とVlogで言っていたけれど、秋分も過ぎればその通り。私は夜明けが遅くなったことを毎朝痛感している。 昨夜は中秋の名月を望めたはずだが、残念、世田谷ではまったく見られなかった。 これから大好きな晩秋と初冬がやってくる。春頃に、その秋冬の到来が待ち遠しいけれどもそんなに早く来てもらっても、その速さで老化も進むということなのだから痛し痒しというようなことを書いたっけ。そして今、あっという間に中秋が過ぎていく・・・。

無理難題

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  昨日、夕暮れ迫る野川。 * 思いやりのない人間て、何が楽しくて日々暮らしているのだろうね。それなくて楽しい、それなり豊かな生活なんて、できるはずがないと思うのだ。 おととい、道路の右側を歩いていて、右側の交差する小径から自転車が一時停止せず、またスピードもほとんど落とさずに左折してきて私は咄嗟に身構えた。自転車に乗っていたのは40歳代前半くらいの連休最終日を過ごしているであろうサラリーマン風の男、電動ママチャリ、単独。交差点の左右から人や他の自転車やクルマなどが絶対来ないと見通すことができる超能力者。しかし、間違っていた。なのに危険な目に遭わせた通行人に頭を軽く下げることすらできない。 むろん推測だけれど、その男はきっとしっかりした企業か何かに普段は勤めているのだろう。世田谷区に妻子持ちで暮らせるだけの資力があるのだ。だからおそらくいい大学を出ているのだろう。ところがこうした人間としての当たり前ができないのだ。 昨日もほぼ同じことが起こった。冒頭の写真を撮った後、自宅近くを自転車で法規通り左側通行をしていた。まもなく左側に、向こうにとっては丁字路となる交差点がある。私は優先道路を走っている。私は他の自転車乗りを<ひとつも>信用していないので、一時停止せずに曲がってくる者がいるといつものように推定して対応できるようにしていた。すると案の定、やはりママチャリの、しかも今度は子どもを乗せた長髪の30歳代くらいの男が勢いよくこっちの優先道路に出てきた。 「危ないよ!」 私はさすがに声を上げた。子どもを乗せているのだぞ、なおさらだ!しかしその男は私に一瞥をくれるだけで、速度を上げて行ってしまった。子どもはどんなふうに育っていくのだろう。 他者に配慮ができぬ者たちが多数派だとは信じたくない。しかし、多過ぎる。 Kは交通誘導の仕事をしていて通行人たちに軽んじられること、また悪罵などを浴びせられること頻々、いちいち傷ついたりしていては心がもたないと言っている。たまに温かい言葉をかけてくれる人もいるようだけれど、それで人間の性は善と信じ込めるほどの証拠にはなっていない。 「平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです」とは漱石の『こころ』の一節。きっと上記二人も普段は<普通の>社会人、夫、父親...

今日は暑いね、東京

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  2週間くらい前の写真かな?夕暮れ近い砧公園の一角だけれど、こんな上天気で誰もこの写真に写っていないのは相当珍しい。静かそうだけれど、50mも南へ行けば東名高速で、騒がしい。それでもこのベンチに座って内省するなんざ、あるいは読書するなんざ、いい感じだ。 * Mooさんが近頃AIについての論考をブログに書いておられる。ハードウェアにもPC黎明期から詳しいMooさんだ。それに氏の人工知能一般への知性的な考察が加われば、説得力抜群だ。 TrumpがAIを「SI」と呼ぶと国連で宣言したそう。「Super Intelligence」か。くっつけて表記するのかどうか知らない。 私は「AI」のままで良かろう、いや、そう呼び続けるべきだと思うがどうだろう。「超知能」と「人工知能」、どっちの方が人間の知性との峻別を明確にしているかと問えば、答えは明瞭だからだ。両者は峻別すべきなのだ、され続けるべきなのだ。「超知能」などと言ってしまえば、事実上の人間知性敗北ないしはそれの凌駕を自ら認めていることになる。 * いやあ、何だか気分が乗らない。「何だか」とか書いたけれど、理由は知っている。気分が乗らず不快なら現状を打破するしかない。シンプルなことだ。その打破がちょいとむずかしい。だから気分が乗らない。けけ。

奥沢、深沢、野沢

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  かういふ人工の物をメインの被写体にすることが多くはない余ではあるが、それなりの美を見出したからといふのは當然ありつつ、これを基に書きたいことがあるから掲示するのである。 歴史的仮名遣ひは終はりにしよう。(なんでそんな気分になったんだ!) ・・・これは中流以上(!?)の特に女性たちに人気のパン屋、否、bakery、否、boulangerie(ブーランジェリー)の、「Comme'N Tokyo(コム・ン トウキョウ)」である。フランス語には全く疎い私には「Comme'N」の「'」がなぜ要るのか全く分からず「ニャ〜」と写真を撮りながら鳴いていた。これを英語にすれば「Like N」、「Nのように」ということらしいのだが、アポストロフィなど要らない。 Kは私のことをVlogで「N」と言っている。そんなことはどうでもいい。このブーランジェリーの名の「N」は、2019年の国際製パンコンクール「モンディアル・デュ・パン」で日本人初の総合優勝を果たした店主でパン職人の方が師匠と仰ぐ人の姓の頭文字だそうだ。写真にある手書きの店名はその「師匠」自身によるらしい。 だ・か・ら、どうした。 義父の娘は、昨日私が好天の下「Deep Setagaya」と呼ぶ世田谷区内ポタリングに誘うと、「もし九品仏(世田谷区奥沢7丁目)の方へ行くなら、コム・ンに寄りたい!」と言ったのだ。私はその方向へと行くつもりだった。なぜなら、その九品仏に通じる呑川(のみかわ)という小さな河川沿いの道が好きだからだ。呑川は世田谷区桜新町を水源に、目黒区と大田区を通って東京湾に注ぐ。その途中、世田谷区深沢の川沿いの道が特に好ましいのだ。 笑える。私の故郷でもし「奥沢」だの「深沢」だのという地名があったら、ほとんどそこは文字通り秘境だ。ところが世田谷区においてとなると、高級住宅地の名になって、緑多き閑静なところというイメージを与えるのだ! (「奥沢」は裕福な家の「奥様」を連想するし、「深沢」は豪邸に暮らす「深窓の令嬢」に通じるようだ<笑>。) 私は呑川沿いをポタリングしながら、我が故郷「野沢」のことを思い出していた。似たような風景が故郷にもある、ないし、あったからだ。そしてそのことが、私が呑川沿いをポタリングするのを好む理由なのだ。 やがて九品仏(=浄土宗浄真寺)に着くと、義父の娘は嬉々として「コム・...

また来秋も、それ以降も、再会を誓って

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  先ほどの(と言っても1時間くらい前)狛江市の多摩川べりから撮った一枚。遠景の山々は丹沢山系(最高峰は蛭ヶ岳)、その斜め右後ろに雲にほぼ覆われた富士山。こんなにくっきりと丹沢の山肌が見えるのも珍しい。台風一過の澄んだ空気ならではのことだ。 昨夜の台風最接近だが、世田谷区西部では思ったほどの猛烈さはなく、9時過ぎくらいにはもう雨も止み、風も穏やかなものになっていた。それでも関東の太平洋沿岸部はもろに影響を受け、人的被害もあったようでお気の毒なことだった。お見舞い申し上げます。 * 金木犀の花が<こぼれ>始めている。今朝はだからギリギリ狛江市(調布市染地に隣り合う)西和泉の多摩川住宅の垣根になっている我が愛しの金木犀に挨拶に行った。 昔この金木犀のことを記したけれど、また書けば、2016年辺りだったか、私が白内障で目も悪くなり、また当時は原因不明の胸骨や背骨の痛みを抱えていた頃、2011年以来肉親の死も相次いでいて、「私もいよいよか」と覚悟しなければならないのではと鬱気味になってしまったのだ。そんな折、私は爽快な秋の一日にどうしてもと誘われて、多摩川べりを重い足取りではあったが秋の日差しを結局はうれしく受けながら散歩し、さらに芳香にも誘われてこの金木犀の垣根へと足を伸ばしたのだった。 金木犀の開花期は短い。儚さは桜と同じ。だから精一杯咲いて香りを四方へ放っている小さなオレンジ色の花たちの<今>に激しく共感したのだ。そして花たちに声をかけた。「来年も、またその次の年も、その次も、ずっとずっと、会いにくるからね・・・会いに来させてね。」 その<再会>は10年続いている。 感謝しかない。

最大の関心

秋雨前線と台風接近の影響で、もう数日前からずっと雨、雨、雨。そしてこの夕方から深夜にかけ台風本体が最接近するとかで、東京はこの24時間で総雨量が150mmを超えているらしいけれど、これからさらに同じほど、あるいはもっと降ってもおかしくはない。 * 今朝起床して居間へ入ると、義父の娘が大好きなTBSの朝の情報番組を見ていて、ちょうどアジア大会(?)のニュースを流しているところだった。全く関心がないので、(?)なのだ。私は「Panem et Circenses(パンとサーカス)」と呟いて、飲み物を持って書斎へとすぐ引っ込んだ。 偏屈、皮肉野郎、冷笑野郎、天邪鬼、臍曲がりと言われてももう何とも思わんのですよ、ええ。「多少はみんなと話題を合わせなきゃ」なんていう歳をとっくに過ぎてますからねぇ。「畢竟何の用ぞ」とか、「So what?」とかばっかり思うようになっているのです。 姉弟会で故郷・野沢への想いをめいめい語りましたが、私が一番懐旧の情と郷愁が強いようでした。人じゃないんです。環境なんです。山川草木なんです。花鳥風月なんです。雪がちゃんと降る冬なのです。それが融けて道が「ぽんぽんになる」春到来の日なのです。そういう慕わしい自然現象にしか関心がないと言ってもいいくらいになっているのです。もちろん町を町たらしめている人々も大事ですけれどね。 「野沢に帰りたい」と言ったら、義父の娘は笑いながら「ありえない」と小声で言いました。 そりゃそうだわなあ。

昨日のこと

昨夜は姉、次兄(長兄は他界している)とその妻、弟、そして私と義父の娘で食事。場所は横浜中華街だったが、いやはや大変な人出。 横浜の中区とかは本当に東京都心部を凌ぐような洗練された都会だ。U字工事の益子くんが憧れるのはよく分かる。 中華街で食事するのは私は初めてで、仕事で遅れてくる義父の娘とは一緒に来られず、迷うことに。Appleのmapを使ったのだが、慣れず、右往左往。情けない。LAのChina Townを知る弟も横浜中華街の規模の大きさ、入り組む通りの複雑さに驚いていたっけ。 同胞たちはみな元気で、楽しいひとときだった。 なお、心配していた第3京浜や横浜市内のクルマの混雑はなかった。一番混んだのは、行きの環8だった。

Tortoise MNEMO

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  もう一週間くらい前に成城4丁目で撮った東雲。画家になりたいと思わせる色彩。 * 昨日も書いたが今日は横浜で姉弟会。第3京浜を使うわけだけれど、自宅から横浜の目的地まで25kmくらいしか離れていない。「3京」を使えば時速80kmでそのルートの大半をカバーできるわけで、空いていればあっという間の到着となるのだが、どうだろう。 連休初日だし、なじょだべ。 * Mooさんが、戦争できる国づくりを目指す勢力に抗う記事を連載している。頭が下がる。「あの時の無関心がこの不幸につながった」と悔いる人々が出ないように、危険を察知している人が警鐘を鳴らすことの重要さ。 * 「電光石火ち」というシャレがKのVlogのタイトルに含まれていて笑った。思いついたら吉日とばかり実行に移すことはあるときには大事だ。けれど拙速というのももちろんある。年寄りになっても判断がむずかしい局面に立つことがある。 私がこれまでの人生、総じて蝸牛の歩みのような鈍重な生き方をしてきたことを自他ともに認める。それで失敗もし、失敗も避けてもきたと思う。 私はきっと「うさぎと亀」なら亀だろう、一生。 「Tortoise(トータス=リクガメ)MNEMO」であって、「唐突MNEMO」ではない。

長月雑記 3

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  高3の授業がある金曜日は、どうしても準備に時間がよりかかって、taken upされてしまうんです。なんだ、taken upって。「be taken up with O」で「Oにかかりきりになる」です。今日高3生にお教えしました。笑 写真は、そんな状態でも晴れ間が出たから行った二子玉川付近の河原。アレチウリかなんかが繁茂してて見苦しいんだけれども、キクイモのタワーができてて興味深く、パチリ。 * 明日は姉弟会。会場は横浜。混むかなあ。 * みなさんはおいしい、プロの作ったチャーハンを無性に食べたくなることってありませんか?今日、二子玉川への行きやその帰り、衝動を抑えきれなくってね。でも、中華屋さんに入っている時間はないとなって、スーパーで冷食チャーハンを買ったわ。Table Markのやつ、なかなか美味かった! * では、おやすみなさい。

東京、晴れる

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  同日2回の更新はなるべくしたくないのだが、東京は午後久々に晴れて、しかも湿度は低め、明らかな秋風も吹いて最高の散歩日和となった。 砧公園に限らずどこでも、歩く人、自転車に乗る人々の表情が明るく見えた。それは日光が当たっているのだから物理的に当然なのだけれど、心理的にもそう見えた。 Georgeの「It feels like years since it's been clear」という「Here Comes the Sun」の歌詞が自然に口をついて出てくる。もちろん歌いもした。「何年ぶりという感じ」なる誇張表現がぴったりだった。 金木犀に蕾がついていた。 彼岸花があちこちに咲いていた。 ヒグラシとツクツクボウシがおそらく今シーズン最後の歌を歌っていた。 大気のあまりのクリアさに、太陽を1秒だけ見てしまったが、瞼の裏にその残光が何分もあった。 自転車を漕ぎ、秋風に吹かれつつ、「最高だ」と何度も呟いた。

青い彗星のひとつ、逝く

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砧6丁目の小規模venue、Mettaです。会場はテントじゃありません(笑)、このilluminated sidewalk sign(電光看板)の左、ビルのB1に在ります。12.12の音楽会(名称未定)はここで。(なんでそんなに英語を使うんだ!この衒学MNEMO。) * いよいよ日照不足のニュースが全国的に流れるようになりましたね。農家には大打撃の予感、すでに被害報告が山梨や宮崎から上がっているのをニュースで見ました。福島も稲刈りができない農家が多くでているようです。 こう晴れ間がないと、人も鬱気味になってしまう。14日は本当に貴重な晴れだったんですね。これからは台風25号が北上、列島接近とのこと。いったいこの9月はどうなってしまうんでしょう。 * ブルー・コメッツのギター担当だった三原綱木さんが亡くなったそうで、お悔やみ申し上げます。サックスやフルートを担当していた井上大輔さんと双璧で、カッコよかった。訃報で知ったのですが、三原さんのお母様が新潟県東蒲原郡三川村の「綱木」地区のご出身だそう。故郷の村の名をいただいたんですねぇ。いやあ、粋だ。 その平成の大合併で生まれた阿賀町は、越後街道の宿場町だった我が故郷野沢の新潟寄りの次の宿場だった旧・津川町が中心で、その津川も三川も明治以降新潟県に入りましたが元々會津藩の領地でした。 つまり、三原綱木さんには會津の血が流れていたと言ってよいのです。(なお我が故郷野沢の在る西会津町には「小綱木」という地区があります。新潟との県境に在り、三原さんのお母様の故郷とそう離れていません。いずれも山深い集落です。)ところがなんと三原さんの父方は長州藩士の血筋だそう!!これは驚きました。長州と會津のハイブリッド! ブルー・コメッツは長髪メンバーが一人もいない、当時のNHK好みの「グループ・サウンズ」で、「ブルー・シャトー」は爆発的なヒットとなり、一世を風靡したバンドでした。長兄が何枚かレコードを買ってきて、私も小学生の頃Beatlesと劣らぬほど聴き入った時期がありましたっけ。 その三原さんとツートップを張った井上さんと後年私はお仕事をさせていただくことになりました。Mick師のおかげでした。特に井上さんが作曲、私と三浦徳子さんが作詞した『ガリアン・ワールド』は私の孫も大好きな楽曲となりました。 三原さんが亡くなってブルー・コメッツのメン...

今日は<デモ>やるぞ 〜MNEMO DEMO

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先ほど午前5時過ぎの砧公園。ヤナギも黄葉し 始めている。小雨が降ったり止んだりで、いつも言及して恐縮ながら、涼しいけれどもものすごい湿気で参ってしまう。3.5kmくらい歩いたか。それが限界だった。 * 12.12の音楽会の企画で、川口功くんにとても力強い協力をもらっている。感謝しかない。 * 今日は新曲のデモを録音するつもり。これも重ねて言及するけれど、新曲の「Panem et Circenses」、つまり「パンとサーカス」は古代ローマの風刺詩人ユウェナリスのパンチ・ラインだ。彼は紀元1世紀後半〜2世紀初めの人で、そんな昔から民は騙され続けてきたのだ。 古代ローマつながりで、我が歌の「Bメロ」というか「サビ」というかには、「Consul=執政官」なる語を遣った。「We're not slaves=俺たちは奴隷じゃない」を連呼して、「Each one of us is Consul=俺ら一人ひとりが執政官なんだ」と。 * 昨夜、「世田谷区の星」伊藤匠王座が王座戦第2局において大逆転で勝利、1勝1敗と星を五分にした。なんと29手詰めを残り3分という段階で発見、しかも超絶妙手5三香不成が途中にあってのこと。途中で見るのをやめるほどの劣勢だったのだが、すばらしい詰み手順だった。 * 昨日漱石公園のことを書いたけれど、『三四郎』で広田先生が、日露戦争「勝利」で沸く国民に冷水を浴びせかける発言をする場面を思い出した。日本は早晩「亡びるね」と。物質的・外見的な発展だけでは精神や文化が追いついていないという認識の表明だし、「囚われちゃ駄目だ。いくら日本のためを思ったって贔屓の引き倒しになるばかりだ」というセリフは今の多くの日本人が傾聴すべき言葉だ。 さらに、Mooさんの9月14日ブログ「滅びの予感」を読んでみてはいかがでしょう。 https://moo-new.hatenablog.com/ 肩に来て 人懐かしや 赤蜻蛉  

また雨ですわ

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  昨日都心方面へ娘と孫二人に会いに 自転車で 行き、帰り道、漱石公園へ。いつぶりだろう。足繁く通ったのは、2000年から2005年までだったなあ。公園(漱石終焉の地)は今や新宿区立漱石山房記念館が隣接する立派な施設になっている。公園の入り口すぐにこの猫の舗道が。 都心へは最短距離を狙って渋谷を経由したのだが、これが大失敗。かの大繁華街は至るところ工事中で、駅周辺でわけが分からなくなってしまった。風がなかなか強く吹いたので、暑さはいくらか軽減されたけれど、真夏日とか言われる天候ゆえ、やはり大変なtripだった。 それでも孫の可愛さにすべてが報われてしまう。 今朝はまた雨。それなりしっかり降っている。傘をさして歩き出したが、2kmも歩かずに帰ってきた。湿度100パーセント。大汗をかいた。 上はMooさんが昨日ご自宅前から撮られた常念山脈。中央より右寄りに餓鬼岳が。山崩れと言っていいであろう崩落跡がくっきり見えている。名の由来は「崖岳」からというのが有力とか。 安曇野は米どころ(今Kはその安曇野米をMooさんからいただいておいしく食べている。私からも感謝)。昨日は秋の長雨の合間急いで稲刈りをする農家が多かったそう。安曇野も稲刈り日和は当面昨日1日だけだったということになるだろう。

長月雑記 2

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  4日前の東雲(しののめ)。木星が晦(つもごり)の月に寄り添っていた。 今朝は快晴と言っていい空で、しかし朝ウォーキングはスキップした。起きたのが6時では東京はもうとっくに起きている。それなりの静けさの中歩けないのでは朝逍遥の意味はほとんどないからだ。 * 今日は先週雨で延期となった娘と孫たちとの会食だ。孫娘は我が誕生日にヴィデオ・メッセージをくれた。今日は3Dで会える。 都心へ自転車で行くことになる。良い天気になったのはいいけれど、気温30度超えだそうでそれには気が滅入る。暦の上ではもう中秋だ。爽やかな秋晴れの日だったらいいのに、厳しい残暑の日になるようだ。 * 昨日義父との会食で用賀の個人経営のハンバーガー屋へ行った。そこで食べたいと言ったのは義父の娘。鮨や鰻が好きな義父は難色を示すかと思ったら二つ返事でびっくり。なんと88年余りの人生で初めてハンバーガーを食べるということで私も驚いた。店の人にそのことを伝えたら「光栄でございます」と。義父はまた来てもいいと言うくらい気に入ったようだった。 義父はその店で一番ヴォリュームがあるバーガーを食した。88歳が普通食べられないほどの大きさ、挟まれた野菜の量、パティやバンズの厚さだったが、完食してこれまた驚いた。「お義父さんが健啖家なのは知っておりましたが、いやあ、さすがですね」と私が言い、義父と笑い合っていると、義父の娘が「何、その<けんたんか>って」と訊くので、「しっかり十分食べる人だよ」と言うと、「どう書くの?」と。「健康の健に、<たん>は口偏に<ほのお>だよ。」「そんな字があるの初めて知った。<大食漢>とどう違うの?」以下略。語彙力。 * 中国製のワイヤレスのオーディオ・イアピースが壊れた。2年もったか?義父の娘にそう告げると、ポイントがあるから新しいの買いに行こう、と。SONY製のをそのポイントで買った。価格は義父の娘のものの2分の1だけれど、さすがはいい音している。これなら外で歩きながら音楽が聴ける。中国製のは安かったし、当然音質も悪く、語り物を聴くこと中心で使ってきた。義父の娘にまた感謝。 * 沖縄県は新たな選択をしたようだ。何よりも相対的貧困率が47都道府県で最も高いことへの不満なのだろう。平和だ、基地負担の軽減だとずっと訴えているリベラル系より衣食住の充実につながると<思われる>中央政府密着型の...

I don't want a tiger cub anymore

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  今朝も空全面に雲、雨は降っていないが、散歩には到底誘われない。運動と割り切って、この後歩こうか。 写真は3日前の夜明け、成城学園の近くで撮った。 * https://www.youtube.com/watch?v=lv1N_ZcAw70&t=2868s YouTubeの登山モノでなんとも珍しく餓鬼岳が紹介されていた。畏友・幸夫ちゃんが憤る呼称「北アルプス」の一座だ(なお私も好きではない)。その言い方をしなければ、常念山脈と後立山連峰(今度はこの名称をMooさんが感心していない・笑)の中間に位置する2,600m級の山だ。 いわゆる「二百名山」のひとつだから、それなりの認知度があろう。「グレ・トラ」の田中陽希さんが登った回を昔見たが、相当に経路状況は厳しいようだった。そして上の動画でも、「(ほぼ隣り合うと言っていい、人気の)燕岳の3倍厳しい」と発信者が言っている。 私がなぜ餓鬼岳にこう反応するかと言うと、Mooさん邸の西デッキから正面方向にかなり目立つ山で、これまで7、8回お邪魔して眺めた山々の中でも、名前の恐ろしさも相まって印象に残っていたからだ。 昨年10月にMoo邸にお邪魔した際に撮った長野県北安曇郡池田町および安曇野市の景。山塊の右端の山が餓鬼岳だ。 さて、私が登山好きとかということは1ナノメートルもない。むしろ「君子(!)危うきに近寄らず(後に初出のフレーズを紹介する)」タイプであって、登山などしたいとはまず思わない。いや、多摩川から見える奥多摩や山梨の山々のうち、大菩薩嶺辺りのなら行ってもいいかな、逆方向から東京を眺めてみたいかな、などとは思ったことがある。しかしそう思ってからも10年近く経とうとしている。 山登りが好きな方々は、登坂の苦労や危険を乗り越え、そのプロセス中のことをむしろ楽しみ、最後にご褒美たる山頂の景色に接して生の実感を得るのだろう。そのこと自体は分かる気がする。「神の視座」を我がものにしたかのような高揚感、である。ケチをつけられるはずがない。 しかしその「神の視座」への到達のため、やり過ぎることが起きてしまうものだ。いや、自分では超慎重に上り下りしても、自然がその慎みに必ず応えてくれるわけではない。ピオレドール賞(フランス語:Piolet d'Or、「金のピッケル」)を獲得した例えば<最高峰>の日本人登山家3人が後に遭難...

雨、公園、そしてその他のこと

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  雨雨雨。先ほど撮った大蔵に在る児童公園。考えてみれば、雨が降っているときに写真を撮ることは滅多にない。雨を写したくとも、雨滴がそれなり大粒で、動画ででも撮らないと見えにくい。だから広重の「庄野の雨」はすごい。絵で雨を描いてしまうんだから。黒澤明さんは『七人の侍』で雨滴をモノクロの画面で際立たすため、振り撒く水に墨汁を入れたし。 「秋の長雨」なんてぇ言葉はずっと有名無実化していなかったか。本当に今年の天候は稀に見る傾向にある。スーパー・エルニーニョとか言われても、ピンとこない。西日本は知らないが、こっち(東日本)はそろそろその影響が出てくるぞ(もう出ているか?)。物価高の中、さらに野菜や果実の高騰が始まるか。 雨の公園を歩けば脳裏に浮かんでくる歌は、The Cowsillsの「The Rain, the Park & Other Things」(邦題:雨に消えた初恋)だ。当時私は小4だった。あまりにすばらしい楽曲で、数週間虜になった。 https://www.youtube.com/watch?v=ataHqroGIHU しかし原題を直訳すると「雨、公園、そしてその他(のこと)」であって、全く歌のタイトルらしくない。The Cowsills自身もそう思っていたそう(笑)。邦題『雨に消えた初恋』はゆえに秀逸な意訳だと思う。 * 先日書いた、NHK技研前の7-11でバイトをしている礼儀正しい若者のこと。今朝は店長さんらしい50過ぎの男性にこれまた丁寧無比な応対をされて感心し、うれしくなって「深夜シフトの若い男の子いますよね」と声を掛けた。男性は一瞬戸惑った表情となったが、私もクレームとかではないのをすぐ示すために「いい子ですよねぇ。私、絶賛したんですよ、先日」と畳み掛けた。男性は破顔一笑「ああ、ええ、ええ、ほんとにいい子でねぇ」と応えてくれた。「また褒めてたって伝えてください。」「ああ、はい、ありがとうございます!」

喜多見不動堂がなくなった

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ハハ。写真、uploadできた。おととい夜明け前、成城3丁目、不動橋辺りから撮った写真。高い雲が真っ先に朝日を浴びて白く光っている。猫みたいな形だ。愛らしい。 * 今高3用の復習テストを作り終えた。2時間半くらいかかったか。いやはや、毎週毎回大変だ。本当にそろそろ引退したいんだけれど。 * そうそう。上で述べた「不動橋」とは、その近くに<在った>国分寺崖線上の喜多見不動堂にその名の由来がある。その不動堂が去年12月になんと完全に廃絶された。明治初期以来の歴史の幕が閉じてしまったのだ。 そこのご本尊のお不動様は、多摩川の洪水で喜多見河原に流れ着き、土地の有志がその像を担いで成田山へ行き、入魂の儀式を受け、明治9年堂を建てて安置したのだ。 私は狛江居住時代、いや、それ以前に成田山新勝寺に縁があって、ゆえに以来狛江や砧から最も近いお不動様がいらっしゃるということでずっとそこが初詣の場であったのだが、数年前からずっと行われてきた元旦零時からの御神酒もいただける初春の接待がなくなり、門も施錠されていて、そしてどんなにネットなどで検索しても中止理由が分からぬという<異常事態>になっていたのだ。 崖崩れの懼れや堂の老朽化が理由らしい。 成城で唯一の100年以上の歴史ある仏教施設がなくなる。 * あの9.11の文民への非道な攻撃から25年。犠牲者への追悼の気持ちおびただしい。合掌。

ほんとに、いい気分

Google様も困ったもんだ。写真がuploadできない。どうなっとんねん。 * 今朝は完全なovercastで、撮る価値ある空はなかった。湿度は相変わらずだけれど、相当涼しい。 砧公園を歩いて、帰りにNHK技研前の7-11に立ち寄った。最近入った深夜早朝シフトのバイトの男の子は大変いい子で、数回接客されてきて非常に好印象を持っていた。今朝も丁寧でテキパキとした応対をしてもらい、感心し、思わず「あなたはいつも礼儀正しいですね」と声をかけてしまった。 するとその男の子は「いいえ、いいえ!」と右手を顔の前で振る。「立派だね、お若いのに」と私が畳み掛けると、「ありがとうございます」と軽く礼をしてくれた。 どう見ても二十歳そこそこ、髪型は普通で、少し茶系に染めているか。クリッとした目をしていて、背は近頃の若者としては少し低い。こういう若者がいてくれるという事実だけで、今日はいいスタートを切れたなあと思える。 KがVlogで、救急車が近づいているのに、その進行を遮るがごとく道路を横断して行った子どもを乗せた 2組の ママチャリのことに憤っていた。公共心を教える絶好の機会に、なんと緊急自動車への対応の最悪例を自ら示すという母親たち・・・。 もちろん想像だけれど、そんな母親に育てられた子は決して件の7-11の子のようにはなるまい。同じ7-11でも、横柄な客となって、世に不快をばら撒く人間となるのではないか。

免許更新、大発汗、味噌ラーメン

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昨日の朝、北東だったかな、少しだけ晴れ間があって、新月近いMoonが見えたっけ。 昨日は成城署で免許更新。雨が降っていて自転車で行くのをあきらめ歩いて行くと、あまりの湿気と29°摂氏の暑さでperspiration(発汗)がマックスに。ゆるい冷房の成城署内に入っても全く汗が退かず、持っていたハンドタオルは絞らねばと思うほど濡れていたっけ。 ショックなのは、同じ時間帯に更新に来た方々が誰一人私と同じようにはしていなかったこと。涼しい顔をしていたとまでは言わないけれど、汗拭き拭きなんて体の人は皆無。どんだけ私は湿度に弱いのか。みんなタクシーかなんかで来たの?あるいは成城署にめちゃ近いとこにお住まいなの? 連続3回目のゴールド免許。次の更新では70歳を超しての特別な試験も受けにゃあならん。いやはや・・・とは言いつつ、受けられるほど長生きしなきゃ。したい。 * またKのVlogのことだけれど、彼が、私と一緒にあまりに足繁く通って、店の主人に「ま〜だ来たのがぁ(また来たのか)!」と呆れられたこともあった日本最高峰(と信じる)味噌ラーメンを生み出した喜多方の「まるわ食堂」の話をしていた。 彼も言っていたが、彼と私は、昼休み高校を抜け出して食べ、帰りにまた食べるという暴挙に出て1日2回その味噌ラーメンを貪ったこともあったのだ。ほとんど病気である。 喜多方がラーメンの街として知られるようになる直前くらいのことだった。「まるわ」は喜多方ラーメンの標準である醤油ベースでなく、味噌で勝負していて、後に全国展開する「坂内食堂」より当時は人気だったのではないかと思う。このレシピが残っていたら、絶対に「坂内」に伍する、あるいは凌ぐユニヴァーサル・ラーメンになっていたと確信する。 残念なことに、理由は不明ながら、1980年頃店はなくなっていた・・・。どれほどKも私も悲しんだことか。以来46年間、彼と私は「まるわの味噌ラーメン」に負けない、あるいは味として上回る味噌ベースのラーメンを求めて来たのだが、出会っていない。 狛江に「I」というつけ麺を売りにするラーメン屋があって、そこの味噌ラーメンが「まるわ」に肉薄する味だった。しかし作り手が「田中さん」でなければその味にならず、彼が引退したかお亡くなりになったのか分からないが店から姿を消してからは、もう行かなくなった。 なお、東京での味噌ラーメンで、「...

12.12に歌うぞ

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  今朝午前5時くらいの砧公園。靄がいい感じだったが、当然ながら強烈な湿気。太平洋の水蒸気、ありがとうございます、お陰で肌がスベスベを通り越して、じっとり。指のささくれは当面全く心配なし。 * NO MORE PANEM ET CIRCENSES The world is full of the poor and the displaced Yet here we are, still fooling around Panem et circenses Just as they planned, we’ve found the ground   Up until we fell into hell We did nothing to avoid it   Who the hell did we think was the one who cared about us, the people? We're all freaking contagious bastards who spread like the measles   Up until we crack the shell We do nothing to escape it, don't we?   So! Shut the laptop and look at the sky Up there you can draw any self that can fly   We’re not slaves We’re not slaves Each one of us is Consul   We fill the graves of kings and knaves Each one of us is Consul パンとサーカスにうんざりだ 世界は貧困と避難を余儀なくされた人々で溢れている それなのに、俺たちはこうしてふざけ合っている 「パンとサーカス」 奴らの思惑通り、俺たちはどん底に落ちた   地獄に堕ちるその時まで それを避けるためには何もしなかった   一体誰が、俺たち民衆のことを 気にかけてくれていると思っていたんだ? 俺たちは皆、恐ろしい感染源のようなクズだ 麻疹(はしか)のように蔓延していく  ...

涅槃は「滅」

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  上の写真の日から一週間以上経ってしまったが、こんな日が早く来てほしい(@砧公園バードサンクチュアリ)。今世田谷は雨が小康状態。気象レーダーを見ているとなんだかまた千葉がひどい降りになるよう。心配だ。 * 「ニルヴァーナ」は漢訳で「涅槃」とされたが、これは音写だと今更知った。中古漢語では「ねっばん」に近い音だったそうだ。「nirvāṇa(निर्वाण)」はサンスクリット語、「nir」は英語でout、「vāṇa」はblown(blowの過去分詞および名詞化したもの)だそうだ。 「nirvāṇa(निर्वाण)」は自動詞的に「吹き消えたこと」と訳すのが良かろう。「三火=(三毒)、つまり貪欲(<と>んよく=むさぼり)・瞋恚(しんに=怒り)・愚痴(ぐち=迷い)」が消えることらしい。中国語で意味を訳せば「nirvāṇa」は「滅」が最も端的らしい。 その漢語での訳「滅」だけれど、この字、元々は「烕」で、「火」と「斧」の会意だという。火と斧で敵を滅ぼすのだろう。そこに後世、なんと「さんずい」という扁をつけた。イメージが膨らむ。私の第一感的なものは、火がいまだあちこちで燻り、燃え、斧が散乱し、死屍累々の戦場。そこに天も感じてか雨も降り出すという光景だ。確かに<滅している>わ。 「 三火」の消滅 ・・・我が母も、Kの母上も、最晩年に「もう何も望まない、要らない」と口にした。ほとんどニルヴァーナ状態ではないか。私もそんな境地に近づいているのかな。

友を励ます歌

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  先日上げた僥倖的に美しい夜明けの空の、住宅も下に入れた構図の一枚。撮った場所はMick師のお宅の近く、あるいはまた紀野一義先生のお家の近くである。 * 今朝は春以来久しぶりに早朝potteringではなく、walkingで汗をかいた。それでも歩き出した午前4時は今シーズン初めてと言っていいであろう、おそらく20度を切っているような低い気温だった。 それでも湿度は高い。青空が覗いているところも全くないovercast状態で、小雨も時折降って、やはり散歩の楽しみは半減する。 何日か前、福テレ空ネットの齋藤気象予報士が今夏を「昭和の夏の復活」というような表現をしていた。温暖化顕著な昨夏までの数年ないし十数年(?)の当たり前の猛暑続きが今年はなく、昭和の往時の夏のようだった、と。それは福島県の話だが、東京もそうだったと言ってよかろう。西日本各地は例年通り暑かったようだけれど。 * KのVlogによると、おととい功くんが「Mよし君」の4小節のヴァースに続けて曲を仕上げて彼らのバンドGGJのリハにのせようとKと打ち合わせをしたという。おそらく私主催の12.12音楽会に合わせて披露してくれるのだろう。「Mよし君」は私の幼馴染で、またKの中学以来の親友、そして功くんにとっては彼が磐城高校生で「Mよし君」が旧・平高専生(いわき市に在った)として出会って以来のやはり親友なのだ。さらに言えば、この3人と私はVIAというバンドを1979年に結成したメイトでもある(もう一人、松川敬一君がメンバーであった)。 その「Mよし君」をKは闘病している同士で「戦友」だと。私の12.12音楽会へ何とか駆けつけてくれると言うその友に歌を捧げると言うのだ。すばらしい。 私はどうしようか。

雲霧が月に隠れるという歌心

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  NHK技研の敷地から見た昨日の日の出の空。だからど〜した写真。 * Mooさんの9月3日の記事はおもしろかった。 https://moo-new.hatenablog.com/ 「頭がよいとはどういうことか」というテーマで、寝床で夢うつつの状態でつらつら考え、氏は端的に 「直感的に本質をつかみ取る能力」とするのだった。そしてその朝の信濃毎日新聞を開き、載っていた内田樹氏のコラムを読み、先のテーマと通底する論に出会い、「妙にかみ合ってい」ると思うのだ。 内田氏は、 知的発見について、<以前から知られていた事実と、それとは無関係であると考えられていた他の事実の間に「思ってもみなかった共通点」を示すものである>と書く。AIをいくら使ってもそんな能力がさしあたって涵養される可能性はゼロだ、と。 私はこの「さしあたって」に注目した。 私はAIの回答の中にインスピレーションを感じたことがすでに数回ある。AIがそれを喚起しようと<思って>文字を連ねたわけではなかろう。そんな意図を持っていたならAIにこころがあることになる。だから霊感を得たのは一方的に私の勝手、私の<一存>、あるいは思い込みなのだ。そしてそういうことが人間にはできる。 インスピレーションを喚起されるということは、「思ってもみなかった共通点」を見出すことに通じる。「直感的に」何かを連想するということだ。さらに「本質をつかみ取る」ことかどうかは定かではないが、何かと他の何かに通底するものが「本質」ならそれを捕捉したということだろう。 AIにinspireされた具体例を挙げれば、Grokに「猪苗代兼載の歌や発句などでGrokが好きなものは何ですか?」と尋ねて、そのXのAIは「子規が例に出した<雲霧も月にかくるゝ今宵かな>も、月を隠す雲霧を『隠れる』と主語をずらす感覚がきれいです」などと答えるのだ。「主語をずらす感覚がきれい」などと言えてしまうGrokに驚くと共に、物理的に月が雲や霧の手前に位置することなどあり得ないけれど、大きな月があまりに見事な夜空では、掛かる雲も霧も<霞んでしまう>ように見える詩人の感覚を参考にしたいと思ったものだ。 もちろんこれはGrokに教わったというより猪苗代(蘆名)兼載(その本拠地猪苗代町は我が故郷と同じ郡に属す)に詩心を教えてもらったということだ。このことが「他の事実」との共通点...

神仏

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  満々と水を湛える多摩川。撮ったのはおとといだったか。 * YouTubeで三峯神社がパワー・スポットとかと言うビデオを奨められ、あっという間に弾いた。三峯様になんらの興味もないというわけではない。しかし自分や家族・友人などの無病息災以外の現世利益を求めに行けというような趣旨の寺社参詣の薦めには全く関心がない。いや、無病息災だって、そんな毎年毎年毎度毎度祈って不死を願うかのような<醜態>は晒したくない。何事もほどほどを願うものだ。 神社にまつわるビデオが多く「おすすめ」に出てきたのは、この五月だったかに行った鹿島神宮、香取神宮、そして息栖神社という水郷地帯の三社についてあるビデオを少しだけ見たからだ。なにしろ延喜式で「神宮」と記載されたのがこの鹿島と香取、そして伊勢である。伊勢は措くとして、なぜ東国は常陸と下総の二社が神宮として数ある神社の中最重視されたか。 私は何にも頼らずに推論した。きっと藤原氏の計らいだ、と。延喜式は905年に藤原時平が編纂を命じ、927年忠平が完成させたとされる。藤原氏の氏神はタケミカヅチとフツヌシで、それぞれ鹿島神宮と香取神宮の祭神だ。『大鏡』には藤原氏の祖の鎌足は常陸の出であるとの記述がある。それが正しいという根拠はないが、「国譲り」の英雄の二神を氏神と戴き、しかも祖はそのゆかりの「香取海」周辺の出身とすることの意味は藤原氏には大きかったはずだ。 ま、素人の暴論だけどね。 まあ、なにしろご利益ちょうだいと寺社巡りするのはいかがなものか。私にとって神や仏は「part of everything」の象徴ということであり、存在が存在する不思議の意匠なのだ。

長月雑記 おそらくその1

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  砧8丁目の教会。電線がないところが辺りではここだけだった。雲は秋のそれ、だけど今朝は蒸し暑さが最近では最悪。 * 9月に入っていて、もう1年の3分の2プラスαが過ぎていった。今日は父の誕生日、存命なら103歳だった。 * KがSさんに呼びかけていた。私も心配している。昨日はそのSさんのお誕生日。 * Kが昨夜中野(上高田)で我が誕生会を催してくれた。「It's on me」などと言って奢ってくれた。うれしいひとときだった。 中野は繁華街だねぇ。若かったらいろいろ充足率高いいい街だ。新宿や渋谷のような大繁華街と違ってコンパクトで、ヘンなやつらが相対的に少ない(そう言っているうちに例のRolex強盗があったけれど)。店は何でもあるし。ただ、高円寺南居住時代に足繁く通ったサンモール内の「梅もと」がなくなってしまったそうだ。立ち食い蕎麦・うどんの店だった。新宿とかにも複数店舗あったが、みな閉鎖、残るは東京駅八重洲口だけらしい。残念!

遵法は捕まりたくないから(ソクラテスは偉大だった)

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東京はどんより。なにしろ全体傾向的にずっと涼しくて本当に助かっているけれど、多摩地区などの農家さんたちは作物の出来などで戸惑っていらっしゃるか。 写真は向かいのNさん宅の玄関先にある「ゴーヤ・カーテン」。さっき先日に続きまた緑(あお)いのをいただいた。このゴーヤ、最初知ったときはあのツブツブが気持ち悪く、また強烈に苦いと知って敬遠したものだ。しかし沖縄料理ゴーヤ・チャンプルーのうまさに驚き、以来見た目は今でも苦手だが、苦さは堪能できるほどには味覚が大人になった。 熟した種子らしきものを見せていただいたが、真っ赤でこれまたちょっと不気味。果肉が黄色くて、まるで楳図かずお的、あるいは草間彌生的原色世界。これは特に北の人間には超エキゾチックな野菜だとあらためて思った。 ゴーヤ・カーテンと言えば、安曇野のMooさん宅のそれだ。きっと毎日のように食卓にのっていよう。 厨出で 友は葱抜く 朝餉かな は、昔そのMooさん宅で詠んだ句。ゴーヤでは作りにくい。沖縄の人は朝からゴーヤを食べるのかなあ。その沖縄、県知事選。貴重な自然を、人間を、守っていく人が当選しますように! * 今晩はKが私の誕生日を祝ってくれる。いわきで功くんたちと我が誕生日の先月(!)30日公演をしてきての2日遅れだが、厚意がうれしい。前回の食事のとき同様、私がクルマで彼の家の近くまで行き、お気に入りの某大衆酒場で落ち合う。帰りは義父の娘が仕事帰り合流してくれて、私を送ってくれるという寸法だ。この厚意もありがたい。 さて、私は酒飲みのように思われるだろうが、今まで何度か書いてきたように、晩酌は3日に一遍ほどだし、それも缶ビール250ml一本で十分なのだ。Kと呑むときなどは生ビール1杯とお銚子が1本というくらい、決して酩酊などしない。泥酔する飲み方など30歳代でとっくに卒業している。(例外は16年前くらいにMick師と飲んで、尾籠な話ながらトイレから出られなくなるほど悪酔いしたこと。) 酒は味、である。また雰囲気である。量ではない。 そんな飲み方でも、自転車でKとの酒のある会合の場に行くことは法改正でもうできなくなった。そんなことで捕まってたまるか、と思うからだ。疑いをかけられるのも嫌なので、上で今回のKとの会合への行き帰りの仕方も完全に遵法であることをくどくどしく(?)書いた。(笑)