遵法は捕まりたくないから(ソクラテスは偉大だった)
写真は向かいのNさんの玄関先にある「ゴーヤ・カーテン」。さっきまた緑(あお)いのをいただいた。このゴーヤ、最初知ったときはあのツブツブが気持ち悪く、また強烈に苦いと知って敬遠したものだ。しかし沖縄料理ゴーヤ・チャンプルーのうまさに驚き、以来見た目は今でも苦手だが、苦さは堪能できるほどには味覚が大人になった。
熟した種子らしきものを見せていただいたが、真っ赤でこれまたちょっと不気味。果肉が黄色くて、まるで楳図かずお的、あるいは草間彌生的原色世界。これは特に北の人間には超エキゾチックな野菜だとあらためて思った。
ゴーヤ・カーテンと言えば、安曇野のMooさん宅のそれだ。きっと毎日のように食卓にのっていよう。
厨出で友は葱抜く
朝餉かな
は、昔そのMooさん宅で詠んだ句。ゴーヤでは作りにくい。沖縄の人は朝からゴーヤを食べるのかなあ。その沖縄、県知事選。貴重な自然を、人間を、守っていく人が当選しますように!
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今晩はKが私の誕生日を祝ってくれる。いわきで功くんたちと我が誕生日の先月(!)30日公演をしてきての2日遅れだが、厚意がうれしい。前回の食事のとき同様、私がクルマで彼の家の近くまで行き、お気に入りの某大衆酒場で落ち合う。帰りは義父の娘が仕事帰り合流してくれて、私を送ってくれるという寸法だ。この厚意もありがたい。
さて、私は酒飲みのように思われるだろうが、今まで何度か書いてきたように、晩酌は3日に一遍ほどだし、それも缶ビール250ml一本で十分なのだ。Kと呑むときなどは生ビール1杯とお銚子が1本というくらい、決して酩酊などしない。泥酔する飲み方など30歳代でとっくに卒業している。(例外は16年前くらいにMick師と飲んで、尾籠な話ながらトイレから出られなくなるほど悪酔いしたこと。)
酒は味、である。また雰囲気である。量ではない。
そんな飲み方でも、自転車でKとの酒のある会合の場に行くことは法改正でもうできなくなった。そんなことで捕まってたまるか、と思うからだ。疑いをかけられるのも嫌なので、上で今回のKとの会合への行き帰りの仕方も完全に遵法であることをくどくどしく(?)書いた。(笑)

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