神仏


 

満々と水を湛える多摩川。撮ったのはおとといだったか。

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YouTubeで三峯神社がパワー・スポットとかと言うビデオを奨められ、あっという間に弾いた。三峯様になんらの興味もないというわけではない。しかし自分や家族・友人などの無病息災以外の現世利益を求めに行けというような趣旨の寺社参詣の薦めには全く関心がない。いや、無病息災だって、そんな毎年毎年毎度毎度祈って不死を願うかのような<醜態>は晒したくない。何事もほどほどを願うものだ。

神社にまつわるビデオが多く「おすすめ」に出てきたのは、この五月だったかに行った鹿島神宮、香取神宮、そして息栖神社という水郷地帯の三社についてあるビデオを少しだけ見たからだ。なにしろ延喜式で「神宮」と記載されたのがこの鹿島と香取、そして伊勢である。伊勢は措くとして、なぜ東国は常陸と下総の二社が神宮として数ある神社の中最重視されたか。

私は何にも頼らずに推論した。きっと藤原氏の計らいだ、と。延喜式は905年に藤原時平が編纂を命じ、927年忠平が完成させたとされる。藤原氏の氏神はタケミカヅチとフツヌシで、それぞれ鹿島神宮と香取神宮の祭神だ。『大鏡』には藤原氏の祖の鎌足は常陸の出であるとの記述がある。それが正しいという根拠はないが、「国譲り」の英雄の二神を氏神と戴き、しかも祖はそのゆかりの「香取海」周辺の出身とすることの意味は藤原氏には大きかったはずだ。

ま、素人の暴論だけどね。

まあ、なにしろご利益ちょうだいと寺社巡りするのはいかがなものか。私にとって神や仏は「part of everything」の象徴ということであり、存在が存在する不思議の意匠なのだ。

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