I don't want a tiger cub anymore
今朝も空全面に雲、雨は降っていないが、散歩には到底誘われない。運動と割り切って、この後歩こうか。
写真は3日前の夜明け、成城学園の近くで撮った。
*
https://www.youtube.com/watch?v=lv1N_ZcAw70&t=2868s
YouTubeの登山モノでなんとも珍しく餓鬼岳が紹介されていた。畏友・幸夫ちゃんが憤る呼称「北アルプス」の一座だ(なお私も好きではない)。その言い方をしなければ、常念山脈と後立山連峰(今度はこの名称をMooさんが感心していない・笑)の中間に位置する2,600m級の山だ。
いわゆる「二百名山」のひとつだから、それなりの認知度があろう。「グレ・トラ」の田中陽希さんが登った回を昔見たが、相当に経路状況は厳しいようだった。そして上の動画でも、「(ほぼ隣り合うと言っていい、人気の)燕岳の3倍厳しい」と発信者が言っている。
私がなぜ餓鬼岳にこう反応するかと言うと、Mooさん邸の西デッキから正面方向にかなり目立つ山で、これまで7、8回お邪魔して眺めた山々の中でも、名前の恐ろしさも相まって印象に残っていたからだ。
昨年10月にMoo邸にお邪魔した際に撮った長野県北安曇郡池田町および安曇野市の景。山塊の右端の山が餓鬼岳だ。
さて、私は登山好きとかということは1ナノメートルもない。むしろ「君子(!)危うきに近寄らず(後に初出のフレーズを紹介する)」タイプであって、登山などしたいとはまず思わない。いや、多摩川から見える奥多摩や山梨の山々のうち、大菩薩嶺辺りのなら行ってもいいかな、逆方向から東京を眺めてみたいかな、などとは思ったことがある。しかしそう思ってからも10年近く経とうとしている。
山登りが好きな方々は、登坂の苦労や危険を乗り越え、そのプロセス中のことをむしろ楽しみ、最後にご褒美たる山頂の景色に接して生の実感を得るのだろう。そのこと自体は分かる気がする。「神の視座」を我がものにしたかのような高揚感、である。ケチをつけられるはずがない。
しかしその「神の視座」への到達のため、やり過ぎることが起きてしまうものだ。いや、自分では超慎重に上り下りしても、自然がその慎みに必ず応えてくれるわけではない。ピオレドール賞(フランス語:Piolet d'Or、「金のピッケル」)を獲得した例えば<最高峰>の日本人登山家3人が後に遭難し亡くなっている。技術は正に最高峰級なのに、結局予測不能の状況下、つまり予測不能の自然の中で<やり過ぎ>てしまうことがある。
そんなこと、つまりやり過ぎが生じて生命の危機を迎えるのは何も登山だけについてのことではない。しかし、人間がする非生産活動のうち、登山ほどリスクが大きい、頻繁であるものはないのではないか。しかも今の日本ではクライマーのうち特に中高年者が非常に多いのも気懸りだ。
むろんそういう危険を承知で山に登る自由を否定したりはしない。けれども厄介なのは、一旦事あれば救助や捜索に他者をかなりの数巻き込むことだ。二次的な遭難があったら、目も当てられない。
私とKは、先日も書いたように、高1だったか高2だったかのとき、学校行事で磐梯山に登った。天候に恵まれたから良かったが、もし局所的に天気が急変していたり、噴火などが起こっていたりしたら大事が発生していたかもしれない、いや、していたろう。「予測不能だった、不可抗力だった」というのは根本的に言い訳にしかならないだろう。「精神力鍛錬」という目的は空しいお題目になる。
Mooさんのお宅の近くと言っていい大町岳陽高校の生徒たちは、なんと燕岳(2,763m「二百名山」)・常念岳(2,857m「百名山」)・唐松岳(2,696m「三百名山」)・爺ヶ岳(2,670m「三百名山」)などに学校行事として登る。なんとその伝統の起源は明治36年(1903年)で、旧制松本中学大町分校の頃だそう。以来一貫して続いたわけではないが、123年の歴史であり、その間驚くべきことに死亡事故はなかったそうだ。なんという強運!
しかしその本校だった松本中学の後身松本深志高校の1967年における西穂高岳登山で11名が落雷で死亡した事故は悲惨なものだった。以降その高校を含め多くの学校で「学年登山」は廃止されたのだ。
それでも登る・・・。 自由だ。どうぞ、である。山登りの快楽を否定など誰もできない。しかし例えば餓鬼岳は私には永遠に遠くから望むものだ。その頂上から眺めはどうだろう、立ってみたいと思わないでもない。けれど、やはり「君子はあやうきにのぞまず」だ。これは実は漢籍からのフレーズではない。江戸時代中期の洒落本『魂胆惣勘定』(1754年)からのものだそうだ。その反対の格言「虎穴に入らずんば虎子を得ず」は『後漢書』の班超伝によるものだそうだ。
私はもう「虎の子」は要らない。


コメント
コメントを投稿