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1月, 2026の投稿を表示しています

正月尽随想

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  真紅の木瓜の花 前にも書いたかもしれないが、成城1丁目の7-11、深夜早朝シフトの店員はとてもハンサムな南アジアないし中東系の若者で、日本語も態度もすばらしい。私がもし彼ほどに若い頃彼のお国と言わずともどこか外国でコンビニ店員を勤められたかと問えば、ただただ首を振るだけだ。 こういう優秀な外国人をも含めて十把一絡げで排斥しようという「日本人」に心底絶望する。この手の者は日本版ICEができるなら志願するんだろう。 * https://www.youtube.com/watch?v=809SkMvOPUE 歩きながら久しぶりに3代目三遊亭金馬さんの落語をいくつも聴いた。1963年(昭和38年)に他界された、昭和の名人の一人。いくつかの演目では志ん生も文楽も圓生も小さんも敵わない。江戸(!実際はすでに東京市だが)本所の生まれ育ち、下町の江戸っ子とはこういう人だったのだという、無形文化財のような人だった。 上の「浮世床」では、子どもたちの爆笑が何度も聞こえる。おそらく1960年前後の高座であって、もし亡くなる年あたりのものなら、「38豪雪」の年、私は幼稚園生であって、かすかに記憶が残る。金馬さんの咄を聴いていると、幼い頃の冬の記憶が蘇るのだ。 私の家の前は老舗の旅館で、あの頃、冬は雪国全体が除雪のしようがなくなって国道すらストップが当たり前、旅館の駐車スペースが意味がなくなってただの広場となった。そこにカマクラを造らせてもらったものだ。私は幼すぎてその<造成>の有力な人手にはなれなかったが、十能(じゅうのう=小さな和式シャベル)で壁を叩いて雪を固めたりはした。兄や姉たち、その友人たちが頑丈に、また細部まで、仕上げてくれた。灯明が点るまさに暖色の内部はひたすら美しかった。 変な懐古趣味で語るのではないつもりだ。あの頃のほとんどの大人たちは、戦争に辟易した人たちばかりだった。どれほど平和が大切かを身に染みて知る大人たちの子どもとして平和は当たり前になった。すばらしい時代だったと思う。そしてその子どもたちの中から、戦争が再びできる国にすることを当たり前と言う大人へと育っていく者が出てきた。全体主義、独裁国家の脅威を声高に言い、自らも自由のない国へと変えようとする絶対矛盾を抱える国にこれからますますなっていくのか。

「傘寿?気分は当年とって30」と洒落られるか

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  仙川のほとり、大蔵のはけ * 東京8区(港区と渋谷区)で自民党公認の「裏金議員」Mが、「外国人の方、増えてきています。私たちの生活のエリアまで入ってきている。そういうことに対する不安や戸惑い」と街頭演説で言った。外国人嫌悪=xenophobiaを訴えればトレンドに乗ると思っているんだろう。 アホか。 港区と渋谷区に住む外国人はセレブが多く、高額納税者の半分が外国人だという。きっと8区に限らず一般論として言ったとか釈明するんだろうけれど、そのMが不安や戸惑いを覚えるほどに外国人を入れたのはどの政権だったのか。裏金を申告せずに自分の口座に入れて「管理していた」Mにこそ不安どころか絶望、戸惑いどころか怒りしか感じないが、どうしてくれる? おいらは東京6区に住み、確かにここも外国人が多い。明らかに外国出身者がコンビニで昼も夜も早朝も働き、飲食店でもせっせと接客し、また工事現場で肉体労働をしている。一体この方々がいなくてどう経済が回るというのか?それがダメなら、そんな国にしたのはどの政権だったのか?民主党の「子ども手当」法案が可決されるとき、「愚か者め!」となじったのは誰だった?少子化になんらの有効な手立てを打てずにきたのは何党の政権だった? * 昨日のMooさんの傘寿コメントが身につまされるものだった。私の近未来の思いがすでに述べられている、という感じ。きっとMooさんの感懐は私の80歳時の感懐だ。 https://moo-new.hatenablog.com/ 問題は、私が傘寿まで生きていられるか、だ。 * おととい高3の授業が終了した。本当に久しぶりの1月末までの高3授業だった。高3クラスではここ十年ほど推薦試験で早々合格を決める生徒ばかりだったのだ。共通テストの英語がどういうものかを私も十分学習できた。しかし、もう結構だ。来月からは週2コマ、いよいよ私の音楽的、詩的表現活動を本格化させるぞ! 有言不実行になりませぬように! アホか。

祝お誕生日 越中人Moo殿

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写真は成城4丁目 今日はMooさんの<格別の>お誕生日です。おめでとうございます! 80年前の立春ちょっと前にMooさんは富山で生まれたのですね。まだ富山は雪深かったことでしょう。新潟も日本海に面した県都ですが、雪は少ない。雪雲がぶつかる山がだいぶ東に離れているからです。ところが富山はすぐ(?)東に3,000メートル級の「屏風」が立っている。それはもう新潟の東部の山は比較にならない標高です。日本海からの雲はそこで雪を降らせるけれど、高い雲は易々と會津にも流入する。ゆえに我が故郷はそれでそれなりの豪雪地帯になってしまうのです。 富山です、富山の話。 富山にはG String時代、FMとやま様のご厚意で番組を持たせていただき、2年間毎月通いました。番組名は「G線上のエチュード(越中人)」でした。冬にももちろん行き、積雪30センチは超えるような日も経験しました。しかし厭うことなし。雪国生まれの私には懐かしくうれしいことでした。 その後も旅行で富山に行き、都合30回は行っている。會津、東京西部に次ぎ、第三の故郷と言いたいくらいですが、まあ、それは今や大袈裟だ。番組終了時には本当にそう思って、泣きました。 Mooさんとの<なれ初め>は過日書いたのでここでは省略。 最近ナチスドイツの擡頭についての連載もあり、Mooさんの表現活動は衰えるところなし。どうぞまたますますお元気でいろいろとご教示ください。

月を見つけられたらすごい

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オリオンもね! 昨夜も午前0時を回ってから独りリサイタル。目的は声帯がOKかどうか、世界のポップス、ロックのすばらしい歌手たちの声域や歌い回しにまだ伍するだけの能力があるかどうかを確かめること。まあ、85点くらい。 * れいわ新選組って、日本の数ある政党の中、一番rockしてるよね。まあ、消費税廃止なんて絵空事と笑われているけれど、戦争が現に行われ、また世界中きな臭い中8ビートでPeace & Loveを愚直に歌うバンドみたいなもんで。 自民党?まあ、昔は歌のうまい人もたくさんいた演歌歌手集団、あるいはコーラスグループって感じだけれど、今はもう音程も調子もバラバラで。 国民民主?きれいな女性が前面に立つ、今時の女子グループの10年後版みたいな。 中道?ソフト・ロックのグループと御詠歌朗唱集団がくっついた、みたいな。むろんソフトであったとはいえロック・スピリットは霧消したね。 参政、保守とかは、怖くって書けませ〜ん! 共産党、なんと言われようと正統なクラシック音楽を死守。一糸乱れぬアンサンブルはお見事だし、それは日々の努力・活動の賜物、立派だなと思うけれど、若者にはまあウケないだろうね。 どこも帯に短し襷に長しでして。それでいいんでしょうね。どこかだけが突出しているなんて、ロクなことになりません。

なるようになるが、独りではならない

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右上の枝かなんか、トリミングすればよかった。 * Mooさんが、養老孟司さんの現下の境涯「なるようになる」について、まだその著作を読む前のこととしつつ、ご自分も同じ思いであることを書かれていた。その思いは、投げやりになっているというのではなくて、<「 今日をよりよく生きようと努力すれば、明日にはそれに見合う何かかが待っている」というのに近いのではないだろうか>と推しはかっておられた。 Que sera sera− Whatever will be will be Mooさんも養老さんもこの歌を口ずさんだろうし、私も。談志師匠なら「人生なりゆき」と言った。 古事記なら「なるようになって」ではないが、「なりなりて」だ。この「なりなりて」はなり余るところができたイザナギが、なりあわざるところがあったイザナミと<つながって>creationが起こった、と。異なるものどうしの融合あって、ものが生まれる。 「なるようになる」と言いつつ、ことは、ものは、決して独りではならない。花が咲けば独りで咲いたようで、むろん土、養分、水、日光などなしではあり得ぬことだったわけだ。 なるようになるー さまざまな要因があって、である。その要因の影響が良くも悪くも。 「 今日をよりよく生きようと努力すれば、明日にはそれに見合う何かかが待っている」というMooさんの言葉を借りれば、「よりよく生きようと」すること自体が必ず他に影響し、逆に他から影響を受けるのであって、「よく生き」ているならおそらく他によい影響を与え、他からよい影響を受けやすいと言えるのだろう。

うつつを抜かせぬ日々到来か

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成城1丁目、仙川のほとり、なんの変哲もない景だけれど。 * 世の中、入ってくる情報のほとんどが私にとっておぞましい、あるいは興味がないものばかりで、本当に世の中と自分の世界を遮断したほうが身のためだとすら思う。そうしろよ、と言われてしまうのがオチだけれど。 しかし、この今の趨勢で世が変化していくのなら、娘や孫たちがかわいそうすぎると思って、隠居生活満喫だなどとはやはり言っていられない。 では、どうするのか。 * 昨日久しぶりに庭にジョウビタキがやってきた。メスは数回目撃したが、オスは2回目かな。見慣れた鳥たちとは全然違う興奮とうれしさをもたらしてくれる。 上はWikiからの転載だが、家の庭でとまるのはハナミズキの木。止まり木としていい感じなのだろう。もっともよくとまるのはヒヨドリ。そこで様子を見てから、2メートルほど離れたピラカンサの実を食しに行くのだ。次にムクドリ。 こんなことを観察している爺の、心の安寧を感じる時間と回数が減り、そんなことでうつつを抜かしている場合かと思ってしまう今日この頃が疎ましい。

浅瀬仇波

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  笑おう。我らが偉大な米大統領府が上のコラージュ写真を全世界に発信した。「え!今度はドンちゃん、南極に野心か!?」と私は目を疑った。すると雪原の向こうにあるのはグリーンランドの自治領旗・・・あ、北極圏にペンギンがいると思ったわけだ。さすが。 するとEast Clintwoodというアカウント名の人による上の絵がすぐ現れた。なんというセンス!え?解説要る?ドンちゃんが今度はEUの一国オーストリアを狙うんじゃないかと勝手に推測。とすると米大統領府はこんな絵を発信するのでは、というもので、きっとドンちゃん政権の彼ら彼女らはオーストリアとオーストラリアを混同する、と嘲っているのだ。 * 「私でいいか」で800億円使い真冬、受験シーズン、予算編成の時期に選挙。呆れてものが言えない。これはこの美しい国、Nipponのこと。 * カナダ首相や、EU委員会委員長の演説に、人類はまだ終わっていないと感じたものだ。二人ともすさまじいほどの勉強家だ。真のエリートだ。灘中が入試国語でガザにまつわる詩を扱った。こういうことでエリートに必要なIQとEQを測る灘中の先生方に敬意を表するものだ。 今そのどっちも並以下のリーダーがどこにおいても多くないか。

What's gonna happen in the US over the next few weeks?

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故郷の冬景色。 福テレ・空ネットを見ていて、佐渡島が雪雲東進を遮って、會津の北西部に当たる我が故郷や喜多方市山間に降る雪の量を南會津に比べて少なくしているという事実を知った。そうなのだ、尾瀬に面する檜枝岐などの會津南部の豪雪は確かに少なくとも本州随一クラスであり、我が故郷はそこまでひどくはない。雪雲を運ぶ大陸からの風が正確に西風ならば、佐渡の山にブロックされ、そこから真東に当たる我が故郷へは部分的にしか雪雲が来ないのだ。 * トランプの醜悪な人格崩壊はいよいよ最終段階に入った。NATOそしてEUという同盟国、友好国を軽んじるDAVOS会議などでのスピーチの後、とうとうアフガン戦争を同盟国として戦ったイギリス軍(など)を臆病者だったと言わんばかりに揶揄したのだ。従軍したハリー王子も抑えた表現ながらトランプの暴言を非難した。 トランプはベトナム戦争で徴兵される可能性があったが、5回も兵役に就くのを免れている。そんな者に貶められたイギリス軍兵士たちと犠牲となった兵士の家族は激怒している。 本当に信じがたい。なんでアメリカの多数があんな俗物の極みのような人間を再度大統領になど選んだのか。 その誤ちが正されるのは確実だが、それがどのような態様のものになるか。怖い。 

狛江の小さなケーキ屋閉店を惜しむ

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  とある衆議院議員選挙候補予定者が、「雲上( or 外)蒼天」という句をtweetに書いていた。この句は将棋の藤井名人・竜王も揮毫に用いるもので、出典は漢籍からということではないようだ。困難を突き抜ければすばらしい境地がひらけている、というような意味のものだ。Every cloud has a silver liningという英語のことわざに近いような、そうでもないような。 私は雲も青空に全く劣らず好きなので、雲にネガティヴな意味合いを重ねている比喩はどうも好きになれない。 将棋と云えば、加藤一二三さんが亡くなられた。きっと葬儀は紀尾井町のイグナチオ教会で挙行されるのだろう。加藤さんとは半世紀前にその近くで偶然すれ違い、サインをいただいたことがある。当時は氏が中原名人や米長さんと鎬を削っている頃で、私は中原ファンだったがゆえ、「神武以来の天才棋士」と言われた加藤さんではあったが、ファンだったわけではない。気難しい人かと恐れたが、やさしく「直観精読」という句と共にサインを書いてくださった。合掌。 * 狛江市の住宅地にポツンと在った、6平方メートルあるかどうかの小さな小さなケーキ屋さんが昨年末を以て店を閉じたという。名は「ロアール」で、これまで十数 回その安価でおいしいケーキを買ってきたのだった。数年前までイチゴ・ショートケーキを290円で売っていたりして、どうやって利益を出しているのだろうとこっちが心配になるほどだった。最近でも300円台で売っていたはずで、私こそ頭を下げて店を出た。 ご主人が80歳になったがゆえとのことらしいのだけれど、原材料費の高騰も当然閉店理由のひとつだったろう。 私の愛する、根川通りの金木犀並木(というほどでもないが)の近くに店舗があって、秋にその金木犀に挨拶に行く帰りにはほぼ必ず寄っていたのだが。 寂しい。

大寒雑記(治雄ちゃん、1日遅れながらおめでとう)

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  今日、NHK技研遊歩道の山茶花。 * アメリカもそうだけれど、日本でも遅くとも前世紀末辺りから不勉強者跳梁の時代に入ったと言っていいだろう。「不勉強者」をもっと過激に言うことはできるけれど、それは控える。菅野完氏のように精神医療に携わる人たちなら激怒する禁止用語を公に用いて痛罵することを私はしない。「そう言いたいくせに」と言われても、そういう物言いをしないことこそが、彼が蔑んでやまない不勉強者と自分を分けることのひとつだと私は思うから。 不勉強はまず歴史認識で見られる。いくら「歴史」 を表す英語がstoryと同語源であっても、あまりに事実に基づかない「物語」を多くが信じだし、語り始めた。非常に危険なことである。 私がもし戦前や戦中に物心ついていたのなら、欧米列強が世界を恣にしていて、それは人種差別思想(白人至上主義)に基づいており、「有色人種」国の日本はそれに抗する戦争をせねばならない、あるいはしているのだと言われたら、納得するところがあったろう。しかし、それでも戦争はしてはならないと思ったに違いないのだ。戦力、国力の差があまりにありすぎることをきっと調べただろうからだ。 欧米列強が世界秩序を恣意的に組んで良いなどという間違った思想は必ず破綻することを見切って、漸進的に、まさにすでに1920年代からガンディーがしたような方法で、抵抗し、新しいパラダイムを切り開いていくよりないと結論したと思う。さらに、自分たちの抵抗ばかりか、欧米列強国の中にも連帯する人々が出てくることをきっと強く希望し、そのように運動せねばならないと志したろう。 これ以上のことを書くとあまりに長くなるからやめておこう。 * 昨日は岡野治雄氏、「治雄ちゃん」のお誕生日だった。私の知る中、もっともrock musicianと思える畏友、どうか新たな一年を健やかに楽しく生きてください!

山本太郎は日本史上最高の政治家だ

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  昨夜、砧公園でソロ・リサイタルを行った。聴衆はゼロ、いいや、紅梅が聴いてくれていた。声はまだ出るようだ。 * Kが整形外科系の痛みに襲われているのに、無理して遠い現場へ出かけ、働いている。全てを公助に頼らない、頼りたくないと言う彼の心意気には本当に頭が下がる。 「いや、生きているだけでいいんですよ、公助に頼ってください」と言う山本太郎が血液のがんの兆候があって、参議院議員を辞めた。彼の会見をYouTubeで見ていてただ涙が出てしかたがなかった。 3.11の大震災、原発事故以来、彼はずっと被災者に、弱者にまさに<寄り添って>きた。名誉欲、立身出世欲だけの政治屋がよく言う「〜に寄り添う」という言葉は山本太郎以外に使ってはならないと思うほど彼は被災者や弱者の身近にいて、声をかけ、作業をし、援助をしてきた。 彼は今の日本の宝だ。 きっと復帰してくれますように! 追記 今山本太郎の快復を賭けて、勝率5割の将棋ソフトと対戦。振り駒で後手番となり、それでは勝率は4割を切るので不安になったが、快勝した!

信念

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  影絵のような多摩川の鷺たち。もう15年近く前のもの。 * 「中道」という言葉が例の政党合併で人口に膾炙している。元々お釈迦さまが「 苦行と快楽の二辺を離れる、不苦不楽の八正道」を説かれたときの言葉だ。日蓮宗はさらにこれを「 その場に最も適した選択をすること」と解釈しているという。つまり選択は臨機応変的であり、可逆的でもあっていいわけだ。なるほどね。これを今回公明党さんは立憲民主との合同・合併の原理としたわけか。 しかし世は一貫しない人を謗る。「鵺(ぬえ)のようだ」と言われてうれしい人はいまい。 かく言う私は信念が一貫しているか、してきたか。そもそも信念とは何か。私なら絶対平和主義だと言えるけれど、世の邪悪からなにかしら害をこうむって、反撃ないし報復を絶対にしないでいられるかと問われると覚束ない。 私にとってはそれぐらいのものだ。 それでも、その「世の邪悪」がなければいいのだから、と思い直す。人間の悪魔的側面が全人類的に除去される日を夢見る。そんな日が来るはずはないと思いながらも、そう願って歌うしかない、表現するしかないということだ。

大寒前雑記

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  昨日書いた銚子あるいは旭の海岸ではないけれど。銀の波がたつ九十九里浜。 * Mooさんが書いておられるように、野田<前>立憲民主党党首が言う「 右派・左派を問わず急進的な言説が目立ち始め」って、左派の急進的言説って何?本当に訳わからん。事例をひとつも示さずに勝手なことを言うのはいけないよ。 * 今日娘と孫たちに昼間会ってきました。自分でも笑えるほどトロトロになった「おじいちゃん」に終始しました。 * Twitterでは中学生や高校生などによる暴力行為、傷害事件のビデオが次から次へとアップロードされている状態。こういうのは昔からあったに違いないけれど、どうして撮影して公にするのか、さっぱり分からず、暴力行為そのものと同じほど重大な現代少年の病理を孕んでいると思う。 * 明日大寒から長期にわたり寒気が日本列島に襲来するらしい。どうぞみなさまお気をつけて。

愛(かな)し

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  Kにだけ学びに歳は関係ないと言ったのではもちろんありません。教養としての知識を得ることばかりでなく、何かしらのふとした気づきも学びです。私も常日頃心がけています。 いつあの世へ呼ばれるかわかったものではない、世界中に今ある命。その時まで、学ぶことで、そしてその学びを藝に活かすことで、きっと何かしら将来の<功徳>があると信じています。というか、藝に活かせたことこそ功徳なのですが、それは今生での、というわけでしょう。 * Johnの Because (Beatlesの事実上最後のアルバム Abbey Road に収録)は多くのコーラスグループにカヴァーされていますが、 https://www.youtube.com/watch?v=dYhxrIoOY6Q&list=RDdYhxrIoOY6Q&start_radio=1 のを聴いて、この方たちのアプローチにはもちろんのこと、やはりBeatlesの<ホンモノ>の凄まじく<美しい哀しさ>にあらためて震撼し、涙しました。 Because the sky is blue    It makes me cry この最後のヴァースの歌詞で思い出す青い空は、なぜでしょう、銚子の空です。その南、旭の海岸で見た空です。狛江の多摩川のでも、成城の野川のでも、故郷會津の空でもなくて。 以前にも書きましたが、「かなし」という和語に当てられた漢字の多いこと。その中に、「愛し」という宛てがある。 青空を見て、愛(かな)しくて、涙をこぼす。 ですから上で書いた「凄まじく美しい哀しさ」とは「 凄まじく美しい愛しさ」と記したい<今の>私です。

こころあるふるまい

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  夕暮れ前に散歩に出て、いつも歩くところを歩いて、またいろいろ考えて。 すれ違う人たち、みなさんそれぞれ生きていらっしゃる。ほぼ全員に帰るところがあり、これから夕餉なのだ。中には、米が高すぎる、なんでも値上がりだ、本当に辛いと思いながら家路につく人もいるし、物価高など痛くも痒くもなく、今晩は高級レストランや鮨屋で食事だという人もいる。帰っても独り、今朝だか昨夜だか作った味濃い何かしらの料理を温め直しておかずにし古古米を食べる人は、土曜だから許せと発泡酒を食前にいただく。家のローンから何から月々の支払いになんら憂いもなく、それらをマイナスしても潤沢な家計で魚沼産コシヒカリをミネラルウォーターで炊いて、子どもたちに滋養豊富で彩り豊かなディナーを出す家も。 いろいろだ。 どんな家庭の人も、独居の人も、どうか<こころある>ふるまいで外を歩いてほしい。赤信号を守ってほしい、自転車を、タバコを右手、スマートフォンを左手に手離し運転しないでほしい、逆行をしないでほしい、なぜだかきつい表情で通りすぎないでほしい・・・美しい冬の夕焼けにほんの瞬間でもいい、見惚れてほしい。

Kよ、you're not too old to learn

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故郷、西會津。 昨日夕暮れ前、Kと久しぶりに会った。安曇野への旅以来だった。 私には彼に言いたいことがあった。しかし、彼からアプローチがない限りは黙していようと思っていたのだ。そうしたらだいぶ時間が経ってしまった。 彼が会おうと言ってきたのは、たまたま彼のその日限りの現場が世田谷区岡本の某所だったからで、帰りしな私と食事でもということだったのだ。 彼は総じて健康そうではあったけれど、骨格のところどころに歪みなどが生じていて、それは以前から抱えていた問題ではあったが、深刻の度を深めているように私には見えた。歩き方など、もうすでにかなりの老体のそれである。 私が言いたいこと・・・少しずつつ開陳していたら、Kはある人からの手紙を私に見せた。それは彼のYouTubeにおけるVlogのファンが彼にくれたもので、なんとその人とは偶然も偶然、Kが赴いた北区の現場で出会い、翌日同じ現場でその方が手渡してくれたものだと言うのだ。 もっと驚くべきことがあった。それはその方の手紙の内容が私がKに言いたかったことと同趣旨だったことだ。身体を労り、自分を、自分の好きなことを大切にして、creativeに残りの人生を生きていってほしい、ということだ。 だからもっと彼には勉強してほしいと私は思う。彼は生来頭のいい男なのだ。しかし早くに父親を亡くし、売り酒屋を経営するお母さんの手ひとつで育てられた。頭が良く、器用で、運動能力も優れており、彼は小学校(私のとは別の学校)では中心人物、児童会会長にもなった。地頭の良さは中学まではなんとか彼を学業面で支えたし、なにしろ生徒会の会長にも、県大会まで出場するバレーボール部のキャプテンにもなって、誰からも好かれ、あるいは後輩などから慕われる存在だった。 何より彼は人付き合いがいい男だった。もちろん今でも。「Kさん」、「Kくん」、「Kちゃん」、「K」といろいろなところからお呼びがかかる人気者で、その人気に可能な限り応えてきた。 しかし、もう習い性となって久しすぎるけれど、それでもKよ、自分の時間をもっと持ち、もっと有用に使ってほしいのだ。持ち前の美術センスを主に磨き、来し方を振り返りながらも今に生じた想いを作品として投影してほしいのだ。そのために、勉強し、作品のモチーフを見つけてほしい。 そんなことを彼に話した。 レストランを出ると、もうとっぷり暮れていた。食事...

小正月雑記

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  狛江市元和泉の多摩川。 * 昨日は共通テスト前最後の高3との勉強。午前中に新勝寺の学業成就御守りを速達で生徒さんらに送った。今日着くだろう。 生徒さんらが信仰に関してどういう立場なのかは知らないし、訊くのも失礼だから、ただ、「宗旨が違うというようなことで押しつけになってしまうのは本意ではありません。私も何も成田山新勝寺・真言宗を宗旨としているわけではありません。お守りは、ただ『I'm with you』という気持ちの表れだと思ってください。試験では全力が尽くせるかどうか、それだけなのであって、そのとき平常心が何より必要で、少しでも過剰な緊張をほぐすものになればと思ってお送りしたのです」と告げたのだった。 * 久米宏さんが81歳、肺がんで亡くなったそうで、私は特に彼のファンだったわけではないけれど、彼の死でなんだか一時代の終わりを感じた口だ。「不偏不党」という無理難題を背負わされたテレビ、しかも民放で、 反戦平和の立場で 多大な影響力を持った人がこれでほぼいなくなったという思いだ。 しかし現下のアメリカで、つまり反対者にいつ撃たれても不思議ではない国で、Jimmy KimmelやStephen Colbert、Seth Meyersなどが為政者がおかしければおかしいと今も歯に衣着せずに批判し、揶揄している。日本ではどうだろう、膳場貴子さんや小川彩佳さんくらいか?地上波民放は全く見ないので、もっといるかもしれないが。 * 昨日本当に珍しくKから食事の誘いをもらった。いつも誘ってきたのは私だから。今日彼は私の住むところに近い現場に出るというのだ。かなり久しぶりに彼と会う。

私は美を追求する共同体にいる、いたい

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今日は幼馴染Xくんのお誕生日だ。ある事情で今回はことさらめでたいと思っている。ずっとずっと元気でいてほしい。 * “I am a typical loner in my daily life... my awareness of belonging to the invisible community of those who strive for truth, beauty, and justice has prevented me from feelings of isolation.” — Albert Einstein 「私は日常生活において典型的な孤独者です…真実、美、そして正義を追求する人々の目に見えない共同体に属しているという意識が、私を孤独感から守ってくれています。」 — アルバート・アインシュタイン この「目に見えない共同体」というのが卓抜な表現だなあ。 * 昨日仕事を終えて点けたBS4Kで、たまたま「ブッシュ・ミート」食拡散による新病原ウイルス発生の恐れを警告する番組を途中から見ることになった。熱帯雨林に生息するサルなども含む動物を食べる行為は昔からもちろんあったが、その「ブッシュ・ミート」が開発による道路建設のせいで広がり、その肉や血液に含まれている未知のウイルスが人に感染するように変異する可能性が高まってしまったのだ。 酪農や畜産業がない熱帯雨林近辺でブッシュ・ミートが珍重されるのはある程度しかたがないことだろう。それでも何らかの手を打たないと、Covid-19のようなパンデミックの再来はほとんど確実だ。 番組では、その熱帯雨林(カメルーン南東部だった)などでその「手を打」っている京大と東大の研究者が紹介された。この人たちもアインシュタインの言う「 人々の目に見えない共同体に属している」真実追求者なのだ。 昨日のJungの謂う「知らない仲間」、今日はEinsteinの謂う「目に見えない共同体」・・・別にテーマを持って書いたわけではないのに・・・シンクロにして!

知らない仲間

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  "No matter how isolated you are and how lonely you feel, if you do your work truly and conscientiously, unknown allies will come and seek you." 「 どんなに孤立し、孤独を感じていても、真摯に、誠実に仕事をしていれば、知らない仲間があなたを探しにやって来るでしょう。」 Carl Jungの言葉だ。 ちょい待ち。別にわては孤立し孤独になってなんぞおりまへんで。それに、最前書きましたように、たとえ孤立・孤独ということになったとしても、それは人間(じんかん)においてのことでっしゃろ。耳にタコであい済まないことではございますがな、わてには花鳥風月がいっつもついてまんねや。 Jungな。彼の著作は一冊だけあんのんかな。「シンクロニシティー」がちょいと流行する寸前読んでたんですわ。 「知らない仲間」ちゅうのは、でもな、人間(にんげん)のことばかりやのうて、例えばなぜか懐いてくる野良ネコでも、ちょいと悩みがあって空を見上げようとしたら木の枝にヒョイととまってこっちの機嫌を伺ってくれる メジロとかエナガとかも立派に「allies」でおます。 「真摯」「誠実」におのれの仕事をしているかどうかについては、へぇ、そうでんな、やる以上はプロ意識持ってやってまんなあ。むろんパーフェクトな仕事をしているか問われたら「とても、とても」と答えるよりありまへんけどな。 The PoliceのStingが「Synchronicity I」でシンクロニシティーを「A connecting principle」と歌ってまんねんけど、「つながる原理」だんな。「我」が宇宙とつながっている、宇宙の存在原理と触れ合っているという感覚だんな。 MNEMOさん、ヤバい! あんなあ。「知らない仲間が」「探しにやって来」てくれたと「Almost imperceptible(ほぼ知覚不能、by Sting)」な シンクロニシティーを「知覚した!」と勘違いであれ思える人間じゃなきゃ、歌、歌えまへんて!

Singers and Poets, Get Over It!

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品の良さ、雅さを持つようになるため人は生きているのではないか、などと今思っている。 私がその資質を持ったかどうかは最終的には他者に判断してもらうしかないが、花鳥風月を愛する人なら、少なくとも、雅量ありやなしやの最初の関門はくぐっているだろう。 次の関門は、花鳥風月を<歌えるか>であろう。歌うとは、singingと詩(散文詩含む)、短歌、俳句を生み出すことだ。最難関は、それらが宇宙の真実に到達し、そのgloryを伝えられているかだ。 雅量とは共感する力でもあり、それがない者がまちがってリーダーになどなったらその組織の終わりだし、超大国のリーダーだったなら世界の終わりでもありえよう。今その終わりが見えているように思えてならない。 歌うたいよ、詩人たちよ、勝て!

尊敬する人から「歌ってよ」

 本日2本目だけれど。 昨日がっちゃんから https://www.youtube.com/watch?v=Y_6xoeNeELo という発掘したビデオを紹介してもらいました。むろんG Stringの一員だった彼であり、自画自賛にはなるけれど、このバンドが高いクオリティーを真面目なリハーサルを重ねてつかんだことを評価するというコメントを彼は添えてくれたのです。 そして何よりうれしいのは、「ライブやりましょう〜!!」という結語でした。 過日書いたとおり、私は現役のプロ・ギタリストである嘉多山信くんを尊敬しています。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%89%E5%A4%9A%E5%B1%B1%E4%BF%A1 そして彼の十代からの相棒で、現役プロ・ドラマー杉山靖幸(スティック)のことも。むろん凄腕のプレイヤー、ミュージシャンとして、岡野治雄君や関根安里くんも尊敬しています。そのうちの一人から、「ライブやろう=MNEMOの歌が聴きたい」と言われたら、本当にね、シンガー冥利に尽きるでしょう。 がっちゃんはそうやって私を鼓舞してくれます。 ありがたいの一言であり、「いいっすね!」とG String時代の言語で返事したのでした。

まあだだよ、まだ

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今YouTubeでは角川が黒澤明監督最後の作品『まあだだよ』を無料公開している。 内田百閒のような教師生活を送れる人など滅多にいるものではない。なぜそんなにも教え子たちから愛されるのかは、教職を辞して後の彼らとの語らい、ふるまいから分かるというようなことだが、実際の内田はドイツ語教師としては二流以下だったようだ。漱石門下の帝大卒業生だけれども、法政大学ではドイツ語教師として不真面目な面が指弾され、 いわゆる「法政騒動」の発端になったという。 その内田の不真面目を批判したのが語学の天才関口存男(つぎお)教授で、「 存男」の音読みをドイツ語「sondern」にかけた通称を持っていた。「sondern」とは、「〜ではなく、むしろ」という接続詞だ。「ドイツ語教師は内田のような遊興に耽るようなダメ学者ではなくむしろxx君がふさわしい」などと、前者を否定し後者を推挙するパターンが多かった人なのだろう。(笑) そのダメ教師でもあるところが教え子たちに愛されたということか。ずっと同じ教科書しか使わず、しかも自分でも知らない単語がずっとあるままにしていたともいうのだ。 内田は教師を辞め、文筆で生活を立てた。同僚のできる教授たちから見れば失格教師だったが、さすがは漱石門下、というところだ。 映画としては、やはり松村達雄さんの演技が出色だったというのが一番。松村さんは本当に法政大学出身者だったんだと今になって知った。全体としての感想を書くのはここではやめておく。 角川と法政は近所同士。私も千代田区富士見町には縁があった。私が本当に一時だけ住んだところは今や飯田橋駅前の再開発で跡形もない。法政から上智大学へ向かってお濠端を市谷駅を右に見て歩いて行くと五番町で、ここで内田は「三畳御殿」を持った。さらに言うと、G Stringで再デビューする前、まず私に援助をしてくださったA氏が社長をつとめたFP社は六番町に在った。 これらは皆私が旧ブログでいろいろとまつわることを書いた「漱石テリトリー」の中の場所である。 懐かしい。

Where's the America I Found Great?

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  寒いね。昨日自転車乗りに出たら、なにしろ西風が強く、気温よりずっと寒く感じられ、いやはや喜多方でダイアモンドダストを経験した私ではあるが、予定の半分の時間で帰ってきた。写真は二子玉川の河川敷。東へ東へと流れる光る雲。 * Mooさんが、私の昨日の記事に「挑発」されて反応されている。 https://moo-new.hatenablog.com/ 笑う。「挑発」なんて全くそんなことではない。過日MooさんがHeinleinの小説のことを書いていたことすら忘却していたし、大体このドイツ系アメリカ人SF作家のことは全く知らないのだ。Webには名言を集めたサイトがいくつもあって、その中でよく見るものの中で昨日のHeinleinの言葉に出会った、ただそれだけのことだ。ちなみにその言葉は、 Stranger in a Strange Land という彼の著作物の中にあるらしい。 かつて、Mooさんの「お互い様」精神で私も救われたことがあった。事実上の経済援助を、私の拙い Harry Potter 解釈講義などでお返しするという1年ほどの期間があったのだ。それは氏の友情=愛の発露であったのは明白で、忘れられるものではない。 * 昨日はTwitterで涙を流した。ミネソタ州ミネアポリスで、トランプの「ゲシュタポ」ICEの冷血野郎になんら落ち度のないアメリカ人女性が撃たれ殺されてしまった事件の動画を見、記事を読んでだ。 アメリカは行き着くところまで行ってしまったと思う。この後は深刻な分断という状況から内戦へと発展するしかないという事態に至っているとしか思えない。 もちろんそういうことにならないようにと祈るけれど、あまりにも政権がひどすぎる。トランプの任期があと3年も残っているなんて信じられない。その3年のうちに、重大な衝突事案が発生するのではないか。ネットを通じての現状把握でしかないから、不確かな知見で物を語るなと言われるかもしれないが、しかしたとえアメリカに住んでいたとしても、全体の状況を把握することなど不可能なのだから、刻一刻上がってくるアメリカ各地から発せられるSNS上の情報が真実でないとは言えないのだし、それを基におぞましい予感を抱くのを禁じ得ない。

それが愛ですかね

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  我が故郷會津では決して見られない真冬の空と木々(砧公園にて) 昨日は高3への共通テスト対策授業があり、シャカリキに働いた(なおほとんどサービスである)。本番まであと十日というような、もう「追い込み期」とも言えぬほどの差し迫りの中、生徒さんばかりでなく私も全力だ。 * みなさんの中に「なぜ」を問わずに日々生きている人はいませんか。問うても答えは決まっているのだから、意味がないのでもう問うことはなくなった? 私の場合、例えば昨日、お金になどほとんどならない(時給で言ったら300円にもならない)のに<なぜ>私はこんなに仕事をしているのかと問いました。すると、ただもう、高1からずっと私を信頼してついてきてくれた高3生の為になりたいからという、それだけなのです。美しい話(?)ですが、本当です。 だれだって経済原理だけで動くことはない。「Time is money」などというセリフを功利主義的に解釈し徹底したら、どんなに空疎な、世知辛い、そして忙しない人生でしょう。損得を常に数字にする人生など実はほとんどだれも送ってはいないはずです。 "Love is that condition in which the happiness of another person is essential to your own." 「愛とは、他人の幸福が自分の幸福にとって不可欠である状態だ。」 ---ロバート・アンスン・ハインライン(Robert Anson Heinlein) アメリカのSF作家 もちろんその「他人」とは不特定多数ではなく、特定の他者である場合がほとんどで、もし際限なく他者の幸福を自分の幸福と不可分と見做せ、そしてそのように行動できたなら、もう聖性ないし神性を持つ人でしょう。 さてでは、<なぜ>その人を愛するのかと問われて、その人の幸福が私の幸福と不可分だからと答えたなら、自分の幸福のため他者を愛するのかとさらに問われてしまうかもしれません。私が幸せになりたいからその条件としてあなたに幸せになってほしい、というような解釈です。 率直に言ってそういうこともあるでしょうね。でも、<自分の幸せのために他者を幸せにする>のではなく<他者が幸せになっていると自分も幸せだ>というのが本当でしょう。「本当」とは、私の場合はそういうことだ、ということです。

2026 正月六日日記

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  昨日の砧公園。私の撮影位置から後ろに数十メートルで東名高速終点(用賀インター)付近だ。 * 今、世界のどこもかしこも何かしら異常を抱えているのかもしれないが、アメリカのひどさ加減にはもう絶望感しかない。先ほどTwitterで、銃乱射事件で頭と脚を撃たれたという女子大学生が脳死と判定され、結局臓器提供で生命維持装置を外されることになって、手術室に運ばれる際のビデオを見た。その通路の両側にその学生の友人知人らが大勢列をなしており、みな泣いているのだ。 犯人を除いて4人以上が銃撃で負傷または死亡した事件をmass shootingと規定する(GVA=Gun Violence Archiveによる定義)と、アメリカでは2025年で400件を超えている。1日1件という頻度さえ超えているのだ。こんな国、戦争しているところは除いて他にあるはずがないではないか。 命が日常的に軽く見られる社会になっている国が、最も高い頻度で戦争や戦闘行為をするのは当たり前だ。 脳死とされた女子学生を涙して見送る学生たちなどは、「こんな国、狂っている」と多くが思っているはずなのに、全くアメリカは変わらない。総体として変わる気がないのだ。 世界で最も豊かで先進的・開明的と思われてきた国が今こういうところに到達している。人類は戦争のない、核兵器のない世界を目指すのをあきらめてはならないけれど、少なくとも私がそういう世界の実現を見ることは全くなさそうだ。 * 今日は義母の命日である。 2013年のことだった。母校青山学院の駅伝応援に出て、さらに母校OGの散歩会(相当歩く)にも参加、疲れが溜まった中、入浴中ヒートショックで亡くなってしまった。 その後母校の駅伝チームは俄然実力をつけて先日もまた3連覇を果たし、通算9回の優勝を飾るという快挙を達成した。2015年に初優勝した(つまり過去11年で9回優勝)のだが、あとせめて2年存命であってほしかった。それでも先日も亡き義母は<あの世>で快哉を叫んだことだろう。
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近所のなんだかいい感じのお家のフェンス際の景   “The price good men pay for indifference to public affairs is to be ruled by evil men.” 「善良な人々が公共の問題に無関心であることで払う代償は、悪人によって支配されることだ。」 この言葉を発したのは、紀元前427年ギリシアに生まれたプラトンだ。 (早速余談になってしまうけれども、上の文で「人々」、「人」が男性manの複数形になって英訳されているのは、2,450年ほど前は「人」一般を「男」で表していたことに忠実だったからだろう。月面着陸のArmstrong船長も「人類」を無冠詞のmanと言っていたし、John Lennonだって IMAGINE で「brotherhood of man」と言っているくらいであり、つい最近まで一般論で「人」とはmanやmenだったのだ。) 太古の昔から、公共精神を持たぬ者は一定数いて今に至るというのが人間社会というものの実像と言えよう。それでも市民全体の最大幸福を目指し行動する者たちが必ずいたし、いなかったらとっくに人類は滅亡していたろう。 トランプが今展開している新植民地主義に世界の公共心ある人々は断固反対し、少なくとも声を上げなければならない。 * 私のYouTubeではドリフや志村けんモノが多く勧められる。当然だ。私がよく見るからだ。しかし、行き過ぎた下ネタものについては到底喜べない。ユーモアの中、下半身のことについてのギャグはまさに下等な部類に入ると思う。幼稚園生であっても笑える類のなんら<ひねり>なきネタには全く感心しない。 志村さんはそんなに下に行かなくとも、すぐれたギャグが飛ばせた人だから、視聴率のためにできるだけ広汎な人々にウケようとしたのだろう。 先ほど見たものでは、例の「カラスの勝手でしょ」が出てきた。リアルタイムで今は亡き父が忌々しそうにこのギャグをまさに唾棄した。「あんな名曲をこんなふうに弄るとは!」と。 「かわい かわいと カラスは鳴くの」 この歌詞のところを、私はいつ歌ったのか、そのときたまらなくなって、母の胸の中に入りたくなった記憶がある。今でもこのところで涙腺が緩む。 志村さんを批判したくて書いているのではない。 “The reasonable man ada...

2026年正月四日日記

トランプ政権の主権国家ベネズエラへの侵略、略奪というおよそ現代では信じられない蛮行に途方に暮れる思いだ。 アメリカの病は膏肓に入る。 昨日田中陽希さんの「グレート・トラバース」古道踏破の旅・第1弾を見てしみじみした。糸魚川からの塩の道が辿られた。池田町の風景も途中出てきた。日本海側の塩の道終点である塩尻を超え、今度は諏訪から遠州(静岡県)相良(現・牧之原市)への太平洋側の塩の道も。相良は義父の母方の出身地で、名波という姓の人が多いところ。あのジュビロ磐田で活躍し、今は日本代表コーチの名波浩は遠縁なのだ。 信州高遠藩の元「脇本陣」に宿泊し、そこの主人夫婦の心尽くしに例の如く陽希さんは涙する。高遠は會津藩初代藩主で、三代将軍家光の異母弟・保科正之の先任地だった。會津という御三家を除けば親藩最大の石高の領地に移って、保科は「高遠そば」を伝えた。これは辛味大根のおろし汁(または絞り汁)に焼き味噌を溶かして作る「辛つゆ(からつゆ)」をかけて食す蕎麦だ。醤油が普及する前の古い信州そばの原型を残した郷土料理で、なんと私の父方の祖父が大好物、というか、蕎麦ならこの高遠そばしか食べなかった。 山の道に点在する集落、そこに不便さをものともせず暮らすお年寄りたちと田中さんは言葉を交わす。古道上の3箇所でそれぞれそこに住まうお婆さんはみな気品ある顔立ちで驚いた。美しいお婆さんばかりだった。山中に庵を編んで(結んで)質素無比に暮らし、四季を愛で、この世から旅立つ日を泰然として迎える・・・まるで昔の歌人ではないか。 三が日の最後、良い番組を見たと喜んでいたら、クxトランプの乱行・暴挙だ。クx忌々しい!

私の大好きな時季が終わる

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  近所の、私が大好きな道、先日に続き上げます。 * 今朝未明は強烈に冷えました。むろん東京にしては、ということ。クルマは氷となったフロストに覆われて、きっとバッテリーは不活性の極みだったはず。氷点下2度というところだったか。 大晦日、北海道北見の「冨の介さ」は零下20度だと報告してくれたことは既に書きましたよね?レベルが違う。 「2日夜には東京も雪、積雪も」とのことでしたが、世田谷には降らなかったと言っていいと思います。降雪の跡はありませんでした。 * 年末年始休みは今日で終わり。なんと日曜から初仕事。 * 娘と孫たちとの「新年会」は明後日となりました。下の孫の胃腸炎が上の孫に伝染ったのです。今は小康を得ていて、明後日ならきっと大丈夫とのこと。 * 私の大好きな師走から正月までの日々が終わります。今年来年と同じようにその時季を迎えられるか・・・迎えたい。

もう全くプロではないが

東京はこれから雪になるかもしれないといふ。一寸前まで冬晴れ、しかも窓際の室内なら春を超えた温度になるやうな日差しが降り注いでゐて、「これで本当にこれから雪になるのかな」と訝つたものだ。 * 前稿で書いたN響やウィーン・フィルの演奏家たちのこと。ポカなど全く許されぬ技藝の世界に生きる人々への尊敬はやまない。「素人にも分かつてしまふポカなど絶対あり得ない、それがプロでせう。さういふところに至るまで、どれほど苦労してきたことか」とみなさんがさう言ふだらう。 プロとして人前で今も演奏してゐるスティックやがっちゃんの偉大さ、である。スティックなら「僕にはドラムスしかない」、がっちゃんなら「おいらにはギターしかない」と言ふに決まつてゐる。 翻つて私は聴衆の面前で歌ふことから長く離れてしまつてゐる。情けない限りだ。 Paul McCartneyが衰へぬライブ演奏への意欲で今年で84歳になるといふのに歌ひ続けてゐる。敬服する。けれど、あんな歌唱のqualityでは晩節を汚してゐると私は畏れ入りつつ言ふしかない。もう声帯がほとんど想ひに付いてこなくなつてゐるのだ。聴いてゐて痛々しく、私はさういふビデオに接するとすぐに止めてしまふ。 ああいふ超天才はただ歌ひ続けてゐるだけでshowになつてゐるのだと言はれればさうだらう。需要があるのだから、三流以下のシンガーなんかが文句をつけるのは不遜の極みだらう。それは分かりつつ、老ひに従ふのも立派なことではないか。だからさう言ふのだ、僭越を承知で。 況や雑音の塊のやうな素人の演奏など、子どもの楽団とかでなければいくら無料だらうが願ひ下げだ。 私は今年、去年に比ぶるべくもないほどには音楽活動により勤しむつもりだ。もう英語指導についてもそれに費やす時間を 確り 減らすことになつた。それで自分の「想ひが付いてこな」い歌唱になるのなら、潔く作品を断念するし、年相応の歌を探るよりないと思つてゐる。 まずは頑張つてみやう。

贅沢

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手前のがピンボケになったけれども・・・世田谷区桜新町長谷川町子邸近くの早咲き紅梅。他の箇所で定点観測している(誇張)蝋梅や真っ赤な木瓜がまだなのに、もう梅が。 サザエさんに因んでここに来たのではなく、深沢不動に振られ(初詣などを受け付けていなかった)、おととし行った用賀神社へやむなく(失礼)行く途中でこの紅梅に出会ったのだ。その用賀神社、すさまじい人だかり、行列で、早々に退散した。それから昼は開いているかと喜多見不動堂へ行ったが、門は施錠されていて驚くわ、情けなく思うわで、ここからも早々に退散。 * YouTubeでは世田谷区長の保坂展人さんが伊藤王座・叡王と師匠宮田利男八段を相手に新春座談会の様子を上げていた。「世田谷生まれ育ちで、世田谷で将棋道場に通った伊藤さんを区としても応援したい」との趣旨であった。企画はいいのだけれど、録画したのがだいぶ古く、非常に不満だった。藤井さんから王座を奪取したのが去年10月28日なのに、この「新春」対談ではまだ「伊藤叡王」と呼び、「王座戦の最中」と言ってしまっている。 Wikiなどに記載されていなかった「弦巻小学校、弦巻中学校卒業」がとうとう明かされた。私の推理通りだった。ここは宮田八段の三軒茶屋将棋倶楽部にほど近いけれど、小学生だった「たっくん」にはちょいとご足労であって、ETVの「カラフル」で取材された彼がチビちゃんだった時のバスでの通いも頷けた。 https://www.youtube.com/watch?v=MTE64C_OX3w * 帰宅してからは元日の晩餐準備で義父の娘は大忙し。義父から築地での買い物資金をたっぷりいただいていたものだから、大晦日晩餐に引き続き本当に申し訳ないほどのご馳走となった。  大晦日の晩餐ではETVでの「第9」、昨日の元日晩餐ではやはりETVでのウィーン・フィル「ニューイヤー・コンサート」がBGMであった。何も高尚ぶっているのではない。クラシック音楽が大好きな義父、今も母校のOGオーケストラで演奏しているその娘、そしてロック人間ながら音楽人としてclassicsにも興味ある私には<当たり前>のことなのだ。優れた技なくばとても入れぬN響やウィーン・フィルの団員たちのすばらしい演奏を聴けるなど、こんな贅沢でありがたいひとときはない。

元日徒然記

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  謹賀新年 昨日大晦日の午後、寸暇を縫って(大袈裟か)我が典型的pottering courseを走り、<諸風景>に一年の<ご愛顧>を感謝したのだった。写真は二子玉川の、野川が多摩川に合流する辺りの景。 * 砧地区にはいくつか神社仏閣がある。土地の神様、仏様なのだからそこへ詣でるのが常道だけれど、成城4丁目(ここも大きく言えば砧地域)の喜多見不動さまが我が<定祈祷所>だったが、昨日書いたような事情ゆえ、困っている。お不動様つながりで、目黒へ行ったのが一昨年だったか。しかしここはちょっと遠すぎた。深沢不動がより近い。ここにするか。 喜多見不動は今成城4丁目の所在となっているけれど、そこは小田急の線路脇、国分寺崖線を上り切ったところに在る。建てられた明治初期、喜多見村だった。やはり喜多見村内だった野原を切り拓いて造成した成城の住宅地には不動堂以外ひとつとして神社仏閣はない。 砧4丁目にはこれは由緒正しい三峯神社がある。昔なら大蔵地区山野の鎮守様だった。「砧」という地名は比較的新しく、江戸期は少なくともなかった。明治期喜多見村・大蔵村・宇奈根村・岡本村・鎌田村の5村が合併したときに、狛江や調布という近隣の村名が特産だった布作りに因むものだったから、当時の有識者がそれに合わせて、布を叩く「砧(きぬた)」で符牒を合わせたのだ。 砧がそれまでの山野(やまの)と呼ばれた地区の名となったのは戦後のことである。今の砧は大蔵村の北半分というようなところの呼称となった。小田急線で駅が在る場所が砧8丁目なのに「祖師ヶ谷大蔵」という駅名になってしまったのは、千歳村の南の大字下祖師谷が駅に北に隣接していてすんなり「祖師谷」が採用、南の砧をそのままカップリングするかと思いきや、明治期の大蔵村をも含む大きな地域の村名だった砧が、今や旧大蔵村の一部・山野(やまの)の地名に取って代わったという経緯である以上、<上位の>「大蔵」の名を立てたということらしい(調べた上での私の推測)。 上のことは旧ブログに書いたはず。消えてしまったので再び書いた。近隣の人以外、本当にどうでもいいことであって、すみません! * 義父の娘の雑煮は実にうまい!毎年楽しみであり、今年もすばらしい出来だ。お屠蘇はMooさんからいただいた富山銘酒立山。夜は昨夜同様義父を招いて元日のご馳走だ。そのときの酒は會津ほまれと決めてい...