もう全くプロではないが
東京はこれから雪になるかもしれないといふ。一寸前まで冬晴れ、しかも窓際の室内なら春を超えた温度になるやうな日差しが降り注いでいて、「これで本当にこれから雪になるのかな」と訝つたものだ。
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前稿で書いたN響やウィーン・フィルの演奏家たちのこと。ポカなど全く許されぬ技藝の世界に生きる人々への尊敬はやまない。「素人にも分かつてしまふポカなど絶対あり得ない、それがプロでせう。さういふところに至るまで、どれほど苦労してきたことか」とみなさんがさう言ふだらう。
プロとして人前で今も演奏してゐるスティックやがっちゃんの偉大さ、である。スティックなら「僕にはドラムスしかない」、がっちゃんなら「おいらにはギターしかない」と言ふに決まつてゐる。
翻つて私は聴衆の面前で歌ふことから長く離れてしまつてゐる。情けない限りだ。
Paul McCartneyが衰へぬライブ演奏への意欲で今年で84歳になるといふのに歌ひ続けてゐる。敬服する。けれど、あんな歌唱のqualityでは晩節を汚してゐると私は畏れ入りつつ言ふしかない。もう声帯がほとんど想ひに付いてこなくなつてゐるのだ。聴いてゐて痛々しく、私はさういふビデオに接するとすぐに止めてしまふ。
ああいふ超天才はただ歌ひ続けてゐるだけでshowになつてゐるのだと言はれればさうだらう。需要があるのだから、三流以下のシンガーなんかが文句をつけるのは不遜の極みだらう。それは分かりつつ、老ひに従ふのも立派なことではないか。だからさう言ふのだ、僭越を承知で。
況や雑音の塊のやうな素人の演奏など、子どもの楽団とかでなければいくら無料だらうが願ひ下げだ。
私は今年、去年に比ぶるべくもないほどには音楽活動により勤しむつもりだ。もう英語指導についてもそれに費やす時間を確り減らすことになつた。それで自分の「想ひが付いてこな」い歌唱になるのなら、潔く作品を断念するし、年相応の歌を探るよりないと思つてゐる。
まずは頑張つてみやう。
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