近所のなんだかいい感じのお家のフェンス際の景


 “The price good men pay for indifference to public affairs is to be ruled by evil men.”

「善良な人々が公共の問題に無関心であることで払う代償は、悪人によって支配されることだ。」

この言葉を発したのは、紀元前427年ギリシアに生まれたプラトンだ。
(早速余談になってしまうけれども、上の文で「人々」、「人」が男性manの複数形になって英訳されているのは、2,450年ほど前は「人」一般を「男」で表していたことに忠実だったからだろう。月面着陸のArmstrong船長も「人類」を無冠詞のmanと言っていたし、John LennonだってIMAGINEで「brotherhood of man」と言っているくらいであり、つい最近まで一般論で「人」とはmanやmenだったのだ。)

太古の昔から、公共精神を持たぬ者は一定数いて今に至るというのが人間社会というものの実像と言えよう。それでも市民全体の最大幸福を目指し行動する者たちが必ずいたし、いなかったらとっくに人類は滅亡していたろう。

トランプが今展開している新植民地主義に世界の公共心ある人々は断固反対し、少なくとも声を上げなければならない。

*

私のYouTubeではドリフや志村けんモノが多く勧められる。当然だ。私がよく見るからだ。しかし、行き過ぎた下ネタものについては到底喜べない。ユーモアの中、下半身のことについてのギャグはまさに下等な部類に入ると思う。幼稚園生であっても笑える類のなんら<ひねり>なきネタには全く感心しない。

志村さんはそんなに下に行かなくとも、すぐれたギャグが飛ばせた人だから、視聴率のためにできるだけ広汎な人々にウケようとしたのだろう。

先ほど見たものでは、例の「カラスの勝手でしょ」が出てきた。リアルタイムで今は亡き父が忌々しそうにこのギャグをまさに唾棄した。「あんな名曲をこんなふうに弄るとは!」と。

「かわい かわいと カラスは鳴くの」

この歌詞のところを、私はいつ歌ったのか、そのときたまらなくなって、母の胸の中に入りたくなった記憶がある。今でもこのところで涙腺が緩む。

志村さんを批判したくて書いているのではない。

“The reasonable man adapts himself to the world: the unreasonable one persists in trying to adapt the world to himself.  Therefore all progress depends on the unreasonable man.”


「理性的な人間は世界に適応する。非理性的な人間は世界を自分に適応させようとし続ける。したがって、すべての進歩は非理性的な人間にかかっている。」


これはバーナード・ショーの言葉。志村さんが全く新しいギャグ形態を日本のお笑い界にもたらしたのは間違いがない。多くは賞賛されるべき創造力の賜物だ。しかし、下ネタに行き過ぎたり、既存の歌の心ない改作をしたりしたのは汚点だ。特に「カラスの勝手でしょ」については、唱和したあの頃の子どもたちのこころに嫌な諧謔精神を少しであれ植え付けてしまったのは残念の一言だ。

コメント

このブログの人気の投稿

やるせない

SSブログにしてやられて、19年間のtextを失いました。(移行予告を軽視した私が悪い)

バンド内闘争