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生来の怠け者

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3日前だったかな、静かな夜明け。 * 東京はあったかいぞ、今窓開けていてTシャツ一枚でも寒くない。小春日和なんてもんじゃない。小夏日和だべ。 * Kが右足・右脚に痛みを抱えている。それでも遠い現場へ行って働いているから頭が下がる。持病(糖尿病と泌尿器の不全)も患いつつなのだ。じっとしているのが嫌な性分というのもあろうが、なにしろよく動いている。体が悲鳴を上げているじゃないかと思うのだけれど。 前に書いたかもしれないが、今私の知己2人が深刻と言える病に罹患してしまっている。そういう歳だと言ってしまえばその通りだけれど、その2人とも勤勉な人間で、だから仕事上でいろいろとストレスを抱えてしまうのではないかと推察するのだ。 私は生来の怠け者。だから病からfreeだとは言えるはずもないけれど、ストレスが両者に比べ圧倒的に少ないのだけは確か。 高校時代の卒業の一言で私は「俺、できれば一生散歩して暮らしたい」と書いた人間だ。

あらまあ、11月も明日までかい

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  今日、日の出ちょっと過ぎのNHK技研遊歩道。ちょい右に傾いてて失礼。 おとといだったか、小田急の立ち食い蕎麦屋である箱根そばに入ったら、掲示でおにぎりの販売を当分見合わせるとのこと。びっくり。「企業努力ではもうどうにもならない」と書いてあったはずで、米の高騰で110円ではやっていけないということだった。だったら130円とかにしたらとは思ったけれど、蕎麦とうどんの価格を最近数回上げてきた中でいきなりおにぎりもまた上げたら客に申し訳ないということでワンクッション置いたということか。 米の高騰は、生産者がその労働対価として正当に報われての結果なら納得するけれど、この国ではそんな美しいストーリーだけではあるまいとしか言いようがない。中間搾取している者が絶対いると思っている。 * 今日は義父の娘の仕事の関係で町田方面へクルマで彼女を送った。久しぶりの津久井道、aka神奈川県道世田谷町田線をひたすら西進。柿生あたりで必ず渋滞するのは全く昔通り。工事ももう何年もずっとやっているのに進捗しているとは思えず。 反対方向も渋滞しているので同じ道を使う気が失せて、横浜市青葉区の方から国道246号に入って行った。大して混まずに大正解。 世田道(せたどう=世田谷通り)の延長である津久井道、もっともっと整備されないと本当にまずいんじゃないの?246ほどになんなさいとは言わないけれど、直接の都心方面への道が片側1車線の朝昼夕渋滞道路だけでは、いかに新百合ヶ丘とかが拓けていてもツライよね。 で、ガソリンの暫定税率分もなくなって、ますます道路整備へ金が回せなくなるんじゃないの?どっから穴埋め分調達するの?防衛費から?そりゃいいね!(空想) * 今日はGeorge Harrisonの命日。 今Beatles全曲で最も再生されているのがHere Comes the Sunだという統計結果を耳にした。奇跡的な曲だよね、それはもうリアルタイムで感じたよ、小6だか中1のとき。 George, I miss you!

Paul Simonのすごさ

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  昨日の、ちょいと寒々しいご近所の景。 https://www.youtube.com/watch?v=noWYa_1zDrM この訳詩、いいわ。Simon & Garfunkel の A Hazy Shade of Winter です。写真の道を歩きながら、この歌を頭の中で歌っていました。 昨日誕生日を迎えたStickが「転石会」のLINEスレで祝福のことばに答え、 <『まだまだこれから…』っと思い続けてxx歳の誕生日を迎えましたが、変わらず『まだまだこれから…』っと思っております。今後もよろしくお願い致します🙇‍♂️> と(一部改変)。 いいね。こうじゃなきゃね、いくつになろうが。 とは云え、6年人生を先行する私は、老境に在ってもう齷齪(あくせく)したくないという気分が支配的なのは疑いなくて、本当、一応彼の音楽上の相棒の一人である者として彼には申し訳ない。 「まだまだこれから」とは思わないけれど、「まだできるかも」とは思う。その消極さ加減でどれほどのことができるか分からない。 Time, time, time See what's become of me While I looked around for my possibilities I was so hard to please  But look around Leaves are brown And the sky is a hazy shade of winter  時よ、時、時よ 僕がどうなったか見てくれ 自分の可能性を求めて見回しているうちに 僕はとても気難しくなっていた それでも辺りを見る 葉は茶色くなって 冬の薄靄の空 (MNEMO訳) すごい歌詞だよなあ。Paul Simonは本当に天才だ。1966年に書いたというから、彼はまだ24, 5歳だった。なんという老成!おらはこの歳でやっとPaul Simonの24, 5歳の境地に追いついた!(?)

Stickおめでとう!

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昨日砧公園内のfoliagesです。 今日はスティック(杉山靖幸)のお誕生日。 彼と出会って44年になります。国分寺のスタジオででした。功くんの仲立ちがあってのこと。当時私はEUROXから逃走したばかり、ちょうどこの時季だったなあ。彼は関根くん、治雄ちゃんらがEUROXの前に活動していたTAOのことも、またEUROXのことも知っていて、そこから<こぼれてきた>私と快く奏で合いをしてくれるようになりました。当時彼はxx歳で初々しかった。そして今でも彼は本当に信じ難いほど外見が若いんですよ。羨ましい。 彼はだから常緑のスギ山ですな。昨日あげたヌマスギではない。メタセコイヤでもない。Evergreenなdrummerです。私はdeciduous、落葉性のsingerです。  

もうほんとに引退で

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  写真は世田谷区大蔵の仙川河岸段丘上で先ほど撮ったもの。中央奥の茶色の葉をつけた樹木はヌマスギで、別名落羽松(らくうしょう)。スギ亜科で、落葉針葉樹。メタセコイアと近縁だ。 * 昨夜からもう5、6時間かけて高3の先週分復習テストを作っていた。もう本当に消耗する。そしてこれから今日の授業の準備、2時間はかかるか。それで本番2時間半。時給換算したらおそらくエラいことになる。ほとんど老化防止のためのボランティアだ。 もう今年度でこの「バイト」も終わりにしたい。小遣いが減るけれど、しかたない。あまりに割が合わない。3年間がんばってきた高3が卒業となった時点で一応長きに渡った英語指導をやめようと思う(ただし、割りに合う条件だったならその限りでない。笑)。 さて、準備、準備。 はあ。

Tea for 祖母・橋本家の血縁者たち

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世田谷の砧地域に住んでいることの特権がひとつあるとすれば、世の中連休でどこの紅葉スポットも人混みになる中、確かにここも平日の数倍の人出となっても、こうしてしんみりした初冬の景を撮れる砧公園が地域内にあることだ。 * 私は2000年の初冬以来、インフルエンザやひどい風邪にかかっていない。これらに含めていいかよく分からないが、Covid-19にも罹患しなかった。医者嫌いの私だ、予防接種などしていない。ではなぜ四半世紀もの間それらを患わずに済んだのかを考えると、全くの素人判断だし、根拠などほとんど示せないけれど、お茶を普段よく飲むこと、冬季にはミカンを毎日食べていること、葱が好きなこと、寒くても却って散歩が気持ちよく(暑くならずに、という意味)できるから適度に歩くことという4つの理由が考えられると思うのだ。おそらくその1つや2つだけでは効果は薄弱だろう。4つが合わさってはじめて抵抗力が養われるのだと思う。はい、思うだけ。真実は分からない。 * お茶については旧ブログでも書いたが、父の実家は手広くいろいろなものを商った「時計店」だったけれども、そのうちお茶も「根本園」と称して売っていた。祖父は私が4歳の時に亡くなっているのでほとんど記憶にないが、81歳まで生きた祖母は毎日何度も茶を飲んでいた。父は87歳まで生き、やはり茶が好きだった。 祖母は店舗の奥、戸のない四畳半くらいの座敷で長火鉢の前に座り、客に「おあえなはんしょ(いらっしゃいませ)」と言い、上客なら「お茶飲まんしょ」と勧めた。 祖母は旧姓橋本で、今は福島県伊達市の一部になっている霊山町で生まれ育った。数年前その祖母の兄弟がなんと岩手県に広大な土地と家屋を持っていて、その直接の子孫の宮城県在住の人が「時効により」相続したが、処分したいとのことで、どういうことか詳しくないが、その処分にあたり法定相続人としての権利が多数の血縁者に発生し、私にも弁護士から相続の可否を尋ねる書類が来たのだった。そこは一関市に属するところで、土地が2991平方メートル、建物面積が合計285平方メートルというが、ストリートビューだと里山ありの典型的な日本の農村である。 なにより興味深かったのは、祖母やその親兄弟姉妹の血脈がしっかりと各所で受け継がれていることだった。福島県北部から宮城や岩手にまで北上して行った遠縁がいたのだなあ、と。 「多数の血縁...

なんだかよくわからないMNEMO幸福論

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朝からネットにつながらない事態が続いていた。義父の娘が奮闘し、対処開始2時間(!)ほどで復旧した。ケータイでつなげることもできたが、やめておいた。 * いい天気で、砧公園もスーパーも人でいっぱい、世田谷通りも環8も混雑、渋滞。 いわゆる首都圏、つまり東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県の1都3県の総人口は、2025年11月時点で約 3,684万人であり、その総面積は13,564平方キロ、日本の国土のわずか3.6%の面積に、それだけの人が住んでいる(全国人口の約30%)ことになる。首都圏全体の平均人口密度は約2,716人/km²、東京都単独では6,380人/km²、23区部分(人口は約960万人)だけに絞ると約15,700人/km²と、その密度、世界でも比肩しうるところはほとんどないのではないか。 (ちなみに先々週木金曜とおじゃました長野県池田町は、人口 9,041人 、面積 40.16 km² であり、密度は約225.1人/km² だ。23区はゆえ、池田町のほぼ70倍の密度となる。池田町はコンパクトな町だから、さほどの密度の低さではない。北隣の大町市の人口密度は44.6人/km² となる。23区の352分の1だ。) そんなところではいい意味でも悪い意味でも人間的と考えられることのおそらくすべてが現象する。足立区で恐ろしいクルマの暴走事故だか事件だかが起こったという。今のところ11人の方がケガをされ、お2人が重体とのことだ。痛ましい。 運転手は逃走したというから、その時点で事件、犯罪だ。こういうことが地方の町や村、中小の都市で起こるかと問えば、まずないとしか言えまい。「八つ墓村」のようなことがあったではないかと言われればそうだが、その村落にしてみれば1万年に1回もないようなことだったはずだ。一方、無差別殺人は大都市ではそう珍しいことではない。 とすると、大都会は怖いところだということになる。全くそうだ。数日前、赤坂のライブハウス前で殺人未遂事件があったが、殺人事件はどこででも起こりうるだろうけれど、大都会と田舎ではその発生率に雲泥の差があるに違いない。 多くの人間がクロスする、出会う場所というのは、特に若者には心躍るものがあるだろうけれど、その分会わなくてもよかった人間にも出会ってしまう確率が高くなってしまう。 私がお教えしている大町市の高2男子X君は、修学旅行で東京に来...