我が歌は祈り
誰も座っていない椅子やテーブルがポツンとあるのが好きだ。@砧公園
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Mooさんがすさまじい(?)勢いでブログを更新されている。その記事の中、反戦の詩についてのもので私は少し考えさせられた。
私の新曲の歌詞は世界の現状批判なのだけれど、そんなのを歌ったところでほとんど何らの違いを世界にもたらすことはない。その行為はほぼ純粋な自己満足だ。「MNEMOらしいな」と言ってくれる人は本当にわずかだ。それでも歌うのは、自己満足のためとは記したけれど、正確に言えば<祈り>なのだ。祈りに何の意味があるのかと問われても答えようがない。この世の摂理との個人的対話だ。それでどうなるかは知らない。
トランプとその政権の酷さ加減にはMooさんの言われる通り私はもう慣れっこになってしまっている。と言うよりは、もうウンザリで、見聞きしたくないのだ。あんな人物をまだ大統領として戴いているアメリカという国にほぼ絶望している。絶望してはいけない、for the betterで変化を望まなければ、アクションを起こさねばとも思うけれど、彼の国のことに一体どんなことがこんなちっぽけな私という人間にできるだろう。
祈るだけだ。
歌で祈る。
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私の夏休みは今日で終了。特に何にもしなかったなあ。
もうツクツクボウシもとっくに鳴いている。福島市は去年に比べ猛暑日が3分の1にまで減っているとのことだ。齋藤気象予報士は今夏を「アブノーマルな夏」とずっと言ってきたけれど、数字で裏付けられた。残暑厳しいのは確かながら、それでも近年の夏とははっきり違うのを私も感じている。今朝のpotteringも大汗をかかずに済んだ。
狛江の、子猫チロの眠る多摩川の川原を通った。命日は10月8日。去年オリオンの三つ星を擬して線香を3本供えた。その思い出が近すぎて絶句した。なんという光陰の矢の速さ。本当に時間がないんだなあとまたまた、そしてさらにひしひしと感じさせられた。

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