ふるさとのこと
今は多くの地方自治体同様過疎の町である。1954年の町発足から4分の1ほどまで人口が減った。今は5千人を切っている。写真で分かるように、人通りなどほとんどない。
隣の喜多方のようなラーメンや蔵といった<売り>もない。やはり隣の柳津町の「赤べこ」や「粟饅頭」のような多くの県外人も知る、あるいは買いにくる特産品もない。そしてまたまた隣町の、会津若松と隣り合う人口減少のペースが比較的急激ではない会津坂下のようでもない。未来への道ははっきり塞がっている。
それでも、おととい掲げたU字工事やなすびのYouTubeビデオで紹介されているように移住してくれる人もいるにはいる。なすびさんのビデオに登場した町職員の、福島市から移住してきた女性などはモテモテだろう。交際を望む男性が殺到して困っているのでは?(笑)
Kと町中を歩いていて、あまりに久しぶりの帰郷だった彼は、「え〜、こんなに町が狭かったっけ!」と驚いていた。チビだった頃の相対的な町の大きさが、彼が最高身長時より4センチ縮んでも信じられないほどそれ以上の比率で縮んで見えたのだ。もちろん私も同様。しかし私は毎年帰っているから、その驚きもほぼなくなった。
故郷の良さは何だろう。私にとっては冬景色だ。もう何度も書いてきたが、雪道を踏みしめながら初詣だ。街中の熊野神社の、雪を暖かく照らす御灯明の光だ。
なのに、冬に帰ることはここ十数年、ない。

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