蝉聲(せんせい)


 

先ほど撮った砧公園バードサンクチュアリ、東の空

*

昨日夕方やはり砧公園へ行き、南端の木立でとうとうヒグラシの初音(私にとって)を耳にした。ありがたい。そう、ありがたいのだ。また聞けたのだから。



ヒグラシの聲が遠く聞こえるその木立


昔、旧ブログで「日本の霊性と蝉」と題して一文を書いたことがあった。歌人河野裕子のことを書いたが、そこで引いてはいないけれど、彼女の死期迫る中の短歌、

八月に私は死ぬのか朝夕のわかちもわかぬ蝉の声降る

がある。痛々しく、切なく、哀しい。

彼女は1946年生まれ、がんに罹り、64歳で逝った。蝉は彼女にとって生涯にわたる主要な歌のモチーフだった。遺歌集の名はずばり『蝉声(せんせい)』だ。

上の歌からずっと遡って、子を産んだ時も、彼女は

しんしんとひとすぢ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ

と歌っている。


私が去年九月初旬に帰郷した際、我が家の菩提寺墓所は蝉の声がしていなかったと思うのだが、どうであったか。初秋とは云え、暑い中の墓参りには(その日は確かに非常に暑かった)私としては絶対降っていてほしかった蝉時雨を浴びることがなかった失望感のようなものを覚えた記憶がある。

旧ブログ以来何度も掲げる、我が父と私の合作の句、

蜩の聲止みてより風一陣

「蜩」は「ひぐらし」である。父母そして長兄が眠る墓で蝉の聲を聞くことなく去年の墓参は終わった。不思議な気持ちだった。

この八月、また墓参をするけれど、どうだろうか、蝉は鳴いてくれるか。

「蝉はこの世とあの世が互いに貫入するところで鳴く」というのが、私の持論だ。

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