上高田の夜は更けて
「おお、夕焼け空、きれいだ!」 Kが叫びました。「ほんとだ。」「居酒屋が開いてるか見てくるな。」 Kが自転車で一足先に中野区上高田3丁目の交差点近くにある二人お気に入りの店へ向かったところで、私が撮った一枚です。さて、Kくんはどこにいるでしょう?タンポポの綿毛のようなものがどこかに見えたら、それが彼の頭部です。(笑)
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中野区「上高田」、新宿区「高田馬場」、豊島区「高田」、文京区「高田老松町」はもともと江戸時代以前には「高田村」という広い一村だったという。Kが住む上高田はその旧高田村の西端に当たる。中では高田馬場が全国的に有名で、三代将軍家光が馬場をそこに作ったがための名称である。
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Kは昨日も炎天下の労働の後に私に会ってくれたわけで、本当に気の毒なことでした。しかし元気がないようでもなかったので、話に付き合ってもらいました。その話の内容のサマリー的なものは昨日のblogに掲げてあります。
腰を下ろした座敷は実に大衆的無比なオープン型の1畳半というようなところ、しかし傍にTVがあって、バレーボールの日伊戦が放送されていました。K君は中学時代バレーボール部のキャプテン、セッターでした。そして生徒会の会長でもあった。
その彼はどなたかとは全く違って<本当に>リウマチでサポーターを痛々しく両手に巻いて、立ち上がって店内を歩けば、3年前亡くなったお母様と同じような格好になる。中1から彼を知っている私にしてみれば諸行無常感を募らせる瞬間でしたが、なあに、彼から見たら私も同じようにあの中1の頃の私などほぼどこにも見出しようがないのです。
「ああ、あと何回おめ(=君)とこうしてサシで飲めっかな。」
思わずそんなことを言ってしまいました。

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