鵲の橋


 

写真は大昔撮った花巻を流れる北上川の、宮沢賢治さん命名の「イギリス海岸」。オニグルミの木がたくさん生えているのは、賢治さんが生きられた大正昭和の頃と同じ。

その大正や昭和初期は、ほとんど日本全国どこででも晴れた夜は満天の星空だったはず。賢治さんもこの「イギリス海岸」で数え切れぬほどの回数、星見をしたことだろう。

今日は新暦の七夕。旧暦で今日は五月二十二日。旧暦の七夕は今年は八月十九日だ。この時期に七夕を迎えてしまう最大のデメリットは、多くが曇天や雨天の夜となってしまうこと、すなわち肝心の星がかなりの確率で見られないということ。


「人間には、自分は時空をはみ出している存在だという感受性を持っているか、自分とは時空の中の物体だと思っているか、この二種類しかいない」

大峯顯先生がフィヒテのことばをご自分で翻案されたものだ。それを受けて、

「私はその二種類を、詩人であるか詩人でないかという仕方で分けました」

と池田晶子さんが応じている。(『君自身に還れ』2007年刊 本願寺出版社 p18)

そしてこの本が出版されてすぐに池田さんは星になられた。


今晩も星は見られそうにない。彦星も織姫も東京の地上からは雲に覆われて見えない。

アルタイル(=牽牛=彦星)とヴェガ(=織女=織姫)は互いに14〜15光年ほど離れているし、天の川を渡って年に一度の逢瀬を楽しむには、光速を超える旅をしなければいけない。しかしそんな<不粋>なことを言わず、そして雲の遥か上でのその二つの星のrendez-vousを想像することができるのが人間というものだ。

もし雨の夜となったら、カササギが天の川に橋を架けて、愛し合う二人を逢わせてくれているのだと想像しよう。

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