梅雨寒の朝に


起きたらやっぱり雨。さすがにカッパを着てあるいは傘をさして歩く気にはなれなかった。そんなもんで、こうやって朝も早よからブログ更新。

今朝ははっきり梅雨寒。この「梅雨寒」は比較的新しい季題ということで、芭蕉や蕪村、一茶などによるこれを用いた句はない。ならば私がー

梅雨寒や 布団を抱きて 夢覚めぬ

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YouTubeでまず関東の歴史を辿るうちに古河公方と堀越公方のことを解説するものを見て、鎌倉公方成立に遡ったり、逆に永享の乱に進んだりしているうちに、やはりどうしても西日本の戦と言っていい応仁の乱に来てしまった。

日本史を学んだ人なら分かるだろうけれど、この応仁の乱ほど複雑な背景と進展ぶりを持つ出来事は珍しいと言っていい。私は受験生の頃、この乱のことは「試験には出ない。出たらもうあきらめる」という姿勢で本番に臨んだ。つまり不勉強のままにしたのだ。そして幸い、私が受けたどの大学もこの乱について出題しなかった!

しかしまあ、人間とはいかに貪欲であることかと呆れる。なにしろ出世欲・名誉欲、そして体面保持のために、どれほど愚かになれば気が済むんだと言いたくなる。

・・・今の宰相さまもちっとも変わらないね。

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「嘉吉の乱」はかなりドラマティックだ。これをクライマックスにする大河ドラマを作ったらよかろうに。「籤引将軍」こと室町幕府第六代将軍足利義教が、赤松満祐の屋敷において「結城合戦(これは関東・茨城での戦い)」勝利を祝う場での猿楽鑑賞中、そのホストたる赤松の家臣らが乱入、義教は首を刎ねられるのだ。義教による「万人恐怖」の横暴の果てであった。

もう「何度やったの」と呆れるばかりの信長、秀吉、家康モノから離れなよ、と言いたい。特に秀吉モノには辟易。彼という人間が大嫌いだからだ。

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