生徒の興味をひく授業
昨日はKとかなり長く一緒にいて、食事もし、さまざまなことを語り合った。そんな彼は今日中野の自宅から横浜市西区の現場へと向かう。なんという遠距離。彼が工事関係者から好かれ、信頼されているからこそ、つまり引く手数多ということ。それでも体調万全とは言えぬわけで、無理はするなと言うしかない。
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「女王の教室」最終回で「仰げば尊し」が歌われた。私も中学の卒業式で歌ったけれど、「今こそ別れめ」のところの「め」について何も知らぬままだった。中学の国語の先生も全く触れなかった。今なら「こそ」という係助詞が「別れむ」にある助動詞「む」を已然形するからのことと知っている。「<こそ>已然、<や・か・ぞ(ぅ)・なむ>は連体形」と自ら五七五にして覚えたのはなんと私が塾で国語を担当させられたときだった。意味は中学生当時でも類推していた通り「今こそ別れましょう」ということだが。
こんなことをなぜ今書くのかというと、教師という人は、折りに触れ生徒に何かしら彼ら彼女らが既知としていることに関連づけて教えるべきポイントを解説すべきだ、ということを「今こそ言はめ」と思ったからだ。それにより少しでも生徒の興味を惹きつけられるではないか。
「仰げば尊し」を歌わせられる。ではその歌詞に中学国語の古文の分野で教えられるポイントが実際に使われていることを一言でも触れてくれていたら、なんと以降の歌唱の出来ばえにも影響することも十分ありうる。なぜ「今こそ別れむ」ではなく「今こそ別れめ」なのか。その「め」のところを納得しての[me:]は知らぬままの[me:]とはきっと違う響きになるはずだ。
こういうことは他の教科にももちろん言える。私は数学の教師には全く恵まれなかったと思っている。もちろん自分の頭の悪さを自覚した上で言っている。実際生活で使う加減乗除以外のことを知る・学ぶのがなぜ必要で、またそういう算数を超えた数学という教科の諸分野のおもしろみを、そしてそうした数学の概念を考えついた偉人たちのことをも教えてくれていたなら、と悔しく思う。
今まだ英語をお教えしている私は、できる限りそのことに留意して今日も・・・。
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