What Is Time? (Not "What time is it?")

 涼しゅうござる。



先ほど、成城3丁目から撮った、東京がとうとうまごうことなき秋の朝を迎えたという一枚。

*

「動的平衡」の福岡伸一先生が、日本で2番目のノーベル賞受賞者(物理学賞)朝永振一郎博士の「物理学の“自然”というのは自然をたわめた(=無理やりそのように看做した)不自然な作りものだ」という言葉をとらえて、物理学ばかりか科学とは分解・部分的な、解析的な、また静止的な解釈行為であるという論を述べられている。朝永氏は続けて、「一度この作りものを通って、それからまた自然にもどるのが学問の本質そのものだろう」と書かれていたそうだ。

福岡博士は「パラパラアニメ」を例えに使う。アニメで「自然」な動きに見えるには1秒間に24フレーム(24コマ)の静止画が「パラパラ」されれば十分だ。しかし、1コマと次のコマの間にはしっかり<時間がある>。詰まっているはずだ。1秒24コマで自然な動きを表現しているのだからその捨てられた時間は不必要なのか、あるいは、本当にその動きは「自然」なのか。

この話で私が思い出すのは、昔のブログにも書いたけれど、中1の頃だったか、例えば0と1の間には<無量大数と言うべきほどの>分数・小数が詰まっている、すなわち実質的に(?)♾️があると解釈できたときに面食らって、「ああ、俺は数学はダメかもしれない」と早々に観念したことだ。

その早々な「観念」は、その1年前、つまり小6のとき、今は亡きクラスメートの笠間浩介くんと天文写真を見せ合う一時期があって、ある夜に消灯してから無限宇宙のことを考えだし、眠れなくなったことがあったからなのだ。


中島義道先生の『時間論』でも再読してみようか。途中で頭が痛くなってそのままにしてもう20年は経ったか。

時間て何だ?

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