A Bit of a Surprise



砧公園内、我が「哲学の道」。ハハハ、哲学、そんなはずはない。ま、もちろん色んなこと考えて歩く逕であるのは間違いない。

YouTubeの哲学系チャンネルのKant倫理学を語るショート・ビデオを見た。ゲストで出演したKant研究者の某氏は、なぜKantを研究するようになったのか、そのきっかけ的な小学生の頃の経験を語り出す。

氏はある日留守番をしていて、台所で蒸気噴き出す電気釜を見て「爆発する!」と焦り、結局コードを引き抜いて問題を<解決した>。その後両親が戻ってきて、母親は米が無駄になったと彼を叱ったが、父親は彼女を諌め、息子は「善いことをしようとした」のだと言ってくれたと言う。その経験がその後の学問の道を決定づけた。ショートだから詳細は知らないが、ホストの一人がその話を聴いていて涙するのだった。

いい話だ。私もショートではない本編のを視聴していたなら「いいお父さんだな」ともらい泣きしたかもしれない・・・いや、しなかったろう。

その某氏は、その感動的エピソードを語り出したときに、「小学生3年生か4年生のときに、家で<お>留守番をしていた」と言ったのだ。私はこの「お」に戸惑ってしまい、氏はなぜ自分の家のこと、自分のことなのに「お」を「留守番」の頭に付けたのかと考え始めてしまい、感動的であるはずのその後の話が上の空状態で集中して聴けなくなったからだ。

*

昨日Kと待ち合わせた京王線桜上水駅。そのすぐ東には某・高校が在る。そこはNew York在住の「やす」さんの母校であり、私は当然彼女のことを思い出した。

Kと別れて帰宅すると、なんとそのやすさんが急遽帰国(来日?)しており、多摩川へ行ってきた、Kさんと食事していたんだね、時間がないから少しの時間でも会えたらと思ったけれど、今回は見送るというLINEメッセージが。ちょっと驚いた。

やすさんは高3の時に私と一緒に英語を勉強したのだった。高2終わりまで圧倒的に少ない勉強量だった。第一志望を塾の受付で口にすると応対した国語科の講師に再考を促されているのを私はそばで聴いていた。後彼女の英語担当となって、「あの講師の言うことなんか聞かなくていい。第一志望、突破しようじゃないか」と励まし、それから彼女は猛烈に勉強に勤しむようになって10ヶ月後にはその第一志望に合格したのだった。

しかしその10ヶ月はもちろん過酷で、私の英語クラスでは明朗で人気者になったやすさんも不安に苛まれる時があった。私はやすさんも含め、そういう生徒さんら(下北沢や明大前近辺に住む子女たち)に「よかったら多摩川へ行ってごらん」と勧めたのだった。「大きな、広い空を見るべきだ」と。

そう、先日ここに書いた、「ほんたうの空」がない高円寺から狛江へと私が遁走した経験からのアドバイスだった。

やすさんはその後新進気鋭の写真家として成功し、渡米、New Yorkで暮らしている。東京に戻ると毎回と言っていいほど多摩川を訪れるのだ。

いい話で、涙が出る。

てへ。

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