問いに愛される人


人間、いつでもどん底に突き落とされうるよね。もちろんそんなときでも泰然としていられる人もいるだろうけれど、そんな人は万に一人もいないだろうな。

私は今さしたる悩みもなしに暮らしているけれど、人生で最悪レベルのことがいつ降りかかってきてもおかしくはないと覚悟はしている。覚悟はしているけれど、できればそういうことが延期に次ぐ延期になってくれればと願わないはずもない。

写真は大昔多摩川で撮った空。二度と再現されることのない、掛け値なしにたった一度だけの空。空ばかりじゃない。どんな事象も全く同じに起こることは二度とない。個々の人間も、二度とこの地球上に現れないし、今この二度と繰り返されない瞬間を生きている。

そしていつかそのいのちも尽きる。尽きるとき、この写真の空のような心持ちでいたいなあ。闇ありての光。しかし光をやはり闇よりは愛したい自分。その光に吸い込まれて往きたい。


今朝起きて、家の塀の前の掃きそうじ。お勤めの男女がおびただしく通る。私立の小中高生がほぼ通り終わると、今度は近くの公立小学校と中学校の児童生徒が通る。みんな、「なぜ毎日こんなことをしているんだろう」というような表情はしていない。ただ、当たり前に自分がしなければならないと信じることをしている。主に<生きていくために>そうしているはずだ。そしてなぜ生きていくのかという根本的な問いはさしあたりしないままに。

先ほど若い郵便局員(日本郵政グループ職員)が書留を配達に来てくれた。ハキハキとした口調で、とても清々しい青年だった。仕事に誇りを持っていること、やり甲斐を感じていることがはっきり分かるような、そんな態度の。

「君は、この世のどんな偉い肩書きの人であろうが、億万長者であろうが、少なくともその人たちと全く寸分違わず立派だよ。その人々がそんなことで鼻高々になっている者たちだとしたら、君の方がよほど神仏に愛される人さ。神仏という表現がもし違うなら、<なぜ生きるのか>という問いに愛される人と言うか。『問いに愛される』って変かな。でもまあ、僕はそう言うしかないかな、今のところ。」

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