俳句のひとつも詠んでみろ


昨日の日没、世田谷区大蔵と砧の境、世田谷通りを跨ぐ橋からの一枚。富士山の少し南に日は沈む。見惚れる人が他に2人。品のいいお婆さんが、私の「あのクレーンがなきゃなあ」という声に反応して「そうですねぇ」と話しかけてきた。「お婆さん」と言いつつ、私のほんの数年先輩でしかなかろうから、最初から「ほぼ同輩の女性」と書けばいいのか。(笑)義父の娘は、「クレーンはそれはそれでいい景色を成している」と言った。そういう感覚もあるね。

 



そして反対方向、つまり東に向くとほぼまん丸な月が。与謝蕪村の名句「(菜の花や)月は東に日は西に」を先取りした景となった。

この蕪村の名句は、まず柿本人麻呂の「東の野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば月傾きぬ」の半日逆のバージョンと言える。また、丹後(今の京都府北部)民謡に「月は東に昴(すばる)は西に」というフレーズがあって、摂津(今の大阪府と兵庫県が重なるところ)出身の蕪村さんは詩歌の大先輩である人麻呂さんの和歌はもちろん、さらにきっとこの江戸時代編纂の民謡集「山家鳥虫歌」に収められた句も知っていたはずなのだ。というのは、丹後には「与謝」という名の村在り、蕪村さんの母方の出身地とかとも言われており、それゆえ「与謝」を名乗ったのだから。母の故郷の歌をきっと知っていたはずだ。

この「月は東に昴は西に」の後「いとし殿御(とのご)は真ん中に」という歌詞が続く。そうなるとなるほど西に在るのは「日」ではなく「昴」でなくてはならない。日は暮れていなければならない。春、夜の帳がすっかり下りれば、西の山(中国山地東端)の端に見えるのは愛らしい<すばる>。そして対置される東の光の主は柔らかい白色の月でなければね。

東の月と西の昴の間のちょうど真ん中に愛しい人がいる・・・

かういふ歌心、詩心こそが<一部>が大好きでやたら尊がる「日本人」といふ人たちのこころなのだ。詩歌のひとつも作れず、汚いことばばかり遣ふやうな者が「日本人」を語るといふこれ以上ない皮肉。

コメント