神たちのpastiche
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私は総じてリベラルだけれど、保守的なところもある。<すごい>rightな人たちは仏教を異国の宗教と言い、廃仏毀釈思想を持っているだろうから、じゃあそれは一旦措いておいて、神社、そのたたずまいが大好きであり、ずっと守るべきものだと思う。特に、「村の鎮守の神様」とそのお社、杜(もり)というのは。
江戸時代末期とかに過激になった平田神道とか、明治からの国家神道とか、それらはまったく願い下げ。神道の融通無碍さを自ら壊す独り善がりでしかないと思っている。
大事なのは、村の安全、五穀豊穣などをささやかに願ってきたこの列島津々浦々の人々のこころなのだ。薄暗くはあるが、四囲がほぼ木々というところで、村人たちがたとえ贅沢な造りにはできなかったにせよ、精神的拠り所を求め、社を建て、守ってきたまさにこの伝統を保守したいと思うのだ。
そんなものがなくたって共同体のこころの拠り所は他にも造れるという向きもあるかもしれないが、なんだって誰だって尊いと思えば祀るこの列島人の八百万思想が私は楽しいし、それこそ尊いと思える。
狛江市の猪方に在る本当に小さな村の鎮守、白幡菅原神社は、ご祭神が菅原道真、だから天神様なのだが、相殿(あいどの)として源頼朝も祀る。となれば八幡信仰もあるわけだ。そして、驚くなかれ、Mick師匠が発見(!)されたのだが、世田谷と狛江などを領地とした彦根藩・井伊家を尊崇し、なんと井伊直弼も祀られているのだ。そしてよく資料を読むと、徳川光圀(=水戸の黄門様)も!おいおい、直弼さんは水戸藩出身者に暗殺されたんだぞ!
そしてこの神社は同じ狛江市の和泉伊豆美神社が管理しており、この和泉伊豆美神社は大國魂神、つまりは出雲の大国主を祀っている。
このはっきり言って無茶苦茶な祭り方、神様たちの入り組み方に、私はむしろ好感を持つ。
神たちのパスティーシュ、いいじゃないか。

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