なぜか「狛江」という字に心惹かれて




1時間くらい前(午前5時半くらい)の東の空。東の空を電線と建物に邪魔されず撮れる地点は、近隣では川崎市多摩区ということになる。「近隣」と言っても自転車で20数分はかかるけれど。逆に西の空は成城の国分寺崖線の端ということになる。

狛江・和泉多摩川の川原は西の空がバッチリ、そして東の空を撮りたければ数百メートルの多摩水道橋を渡ればいいので、恵まれたところなのだ。しかし、恵まれているところには必ずそれを相殺しかねない潜在的デメリットがある。そう、狛江の場合は水害だ。

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もう古い話だから書くけれど、狛江と縁を持ったのは大学時代、後輩が川崎市の丘陵地帯に住んでいて、なんと自分専用のクルマ(Nissan Leopard)を持っていて、彼とよくミニ・ツーリングをしたのだが、彼の家から東京都内へ入るとき多摩水道橋を毎回渡り、その橋の東京側終点に「狛江市」と標識があって、その「狛江」の文字になぜかとても心惹かれたのだ。本当に<なぜか>なのだ。

数年後、Mick師に聴いていただくことになるデモテープの録音で、なるべく安くてそれなりに録れるところを探したら、狛江市の某スタジオを音楽雑誌か何かの小さな広告で発見、当時住んでいた杉並区高円寺南からK、功くん、松川くん、そしてKMくんと後に彼の妻になるKKさんとで出発、その狛江のスタジオ近辺のたたずまいにまた惹かれたのだった。

そして1985年、EUROXを脱退して私は塾で英語を教え出す。そのとき迷わず狛江市内の塾に応募し、そのまま狛江市猪方2丁目に暮らし始めたのだった。

私はまごうことなき田舎者、練馬区桜台、羽沢、世田谷区八幡山、杉並区高円寺南に暮らしてきたが、狛江の品の良い田舎ぶりに親近感を持った。そして何より広い空だ。新宿から電車でわずか20分ほどなのに、多摩川の河川敷が360度ほぼ邪魔物なしの空を見せてくれた。どれほど心開かれたことか。

今は世田谷西南部、多摩川が削った段丘の上の方で暮らしている。狛江市はまさに近隣、いつでも行ける。上述した4箇所での10年、都心で暮らした5年、<私の東京>は断然34年暮らしてきた<多摩川のほとり>なのだ。

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