父の誕生日 〜今年<はじめ>父の遺稿が本になっていた

日本では観測・統計開始以来もっとも暑い夏になったし、そして最も暑い年になりそうだ。自転車乗りを今朝もしてきたが、帰ってくればもうとてもTシャツなど着たままではいられない。シャワーを浴び、エアコンが効いた部屋でさらに扇風機に当たる。

*

今日は父の誕生日で、存命なら101歳だった。初秋生まれということで、私もそうであるからということでもあるまいが、父と趣味が一番合うのは兄姉弟の中私だろう。




先日帰郷して嫂が父著作の本をくれた。『会津野沢宿 御本陣物語 松平容保 野沢の十三日間』で、出版者として長谷沼清吉さんが名を連ねる。この方、生前の父と親交があって、父の「助言と指導があったから」自らも「山村の暮らしをテーマに三冊出版している」と言う。ある日嫂に父の遺稿があれば見せてほしいと依頼、後にこの本になる原稿を読み、「これは多くの人に読んで頂くべき」ものとしてぜひ出版させてほしいとなって、今年1月にそれが実現したのだ。

読んでいて驚いたのだけれど、新選組を抱え、京都守護職を担った會津藩最後の藩主松平容保が、鳥羽伏見以来京都を追われ、また将軍徳川慶喜にも梯子を外され、朝敵とされながら領国に帰っていた1868年(慶応4年)の8月1日、父の(私の)故郷越後街道(會津街道)野沢宿に「出馬」し、13日間も逗留したというのだ(喜多方私立図書館蔵の『容保公野沢駅出馬記録』に基づく事実らしい)。會津若松城(鶴ヶ城)陥落は9月22日だから鳥羽伏見が1月に始まって7ヶ月目、戊辰戦争も最末期の話だ。

もちろん「物語」であるから父の潤色脚色は大いにありつつも、骨格部分は史実に基づいている。四六版125ページの小品であるが、おもしろい。この本を世に送り出して下さった長谷沼さんに心から感謝したい。

コメント

このブログの人気の投稿

やるせない

SSブログにしてやられて、19年間のtextを失いました。(移行予告を軽視した私が悪い)

バンド内闘争