神様の趣向 & 父の遺稿が本となる
昨夜、高2の生徒さんらを遠隔授業で教えていると、彼らの映像が突如激しくガタガタと揺れ出した。地震慣れはある程度している彼らも青い顔になっているのが分かった。そう、大町市の生徒さんらなのだ。ズバリ震源地直上であって、余震も考えられるから、その時点で授業を打ち切った。
Mooさん宅も震源に近いので、すぐにお見舞いの電話をしたけれど、多くの人が同様に心配されたようで、応対に大忙しの様子、かえって私からの電話などおじゃまだったかもしれない。特に異状はなかったようで、安堵した。
笑い話だが、その高2の2人の生徒さんたち・・・高1からお教えしているのだが、私の毎回の復習テスト(The Review Test)でいずれの生徒さんもこれまでの1年間に55点が最高で、合格の60点に未だかつて到達したことがなかった。ところが昨夜はとうとう1人が60点で合格、「やったね!」と喜び合っていたら直後に震度5弱。あまりの珍事に「地震でも起こるんじゃない?」などと私は軽口を叩いてはいなかったのだが、神様はなかなかの趣向を見せてくださった。
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姉とその娘(つまり我が姪)たちが會津へ帰省し、家の墓ばかりでなく親戚の3家の墓所にも花と線香を手向けた。10年ぶりだったそうで、心から霊に詫びたと。実家では嫂が1冊の本を持ってきて、父の遺稿が篤志家長谷沼清吉さんの肝煎りで刊行されたのだという。
故郷に新郷という名の地区があり、国際芸術村という施設がある。
ここへの県内外からの訪問者が多くなり、「その方々に町の理解を深めてもらうため、町内の人が出版した本があればと」長谷沼さんは「思い」、「そこで故根本一さん宅を訪れ」私(MNEMO)の嫂に「お願いしたら」「『会津野沢宿 野沢宿御本陣物語〜松平容保 野沢の十三日間』の原稿を手渡された」という。「これは多くの人に読んで頂くべきと思い承諾を得、出版することにした」と。
「私(長谷沼さん)も郷土史には関心があり、山村の暮らしをテーマに三冊出版している。これも根本さんの指導や助言があったからである」。「『事実をありのままに、拡大解釈しないように』とのひと言を今でも忘れず心掛けている。根本さんに感謝を申し上げます」と長谷沼さんは<あとがき>に書かれている。
父が亡くなって14年、書き溜めていたものが発掘され、出版していただくという栄誉を得た。息子としてうれしくないはずがない。感激である。
その本は私の手許にはない。「あとがき」は姉が写真で送ってくれたのだ。父がその『野沢宿御本陣物語』で何を書いたのか、読むのが楽しみだ。ちなみに松平容保とは會津藩最後の藩主である。この容保の子孫が今や徳川宗家の18代と19代当主となっている。はい、家康のDNAはきれいになくなっています(笑)。
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